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36. 出発

 ハレーブまでの道行きはその大半が鉄道での移動になる。

 出発の際の荘厳な馬車は実際のところ、駅までしか乗らない。つまり半分パレードのようなもので、護衛の騎士たちも半分はさくらだ。

「ただの見栄にいくらかけるつもりなのでしょうか」

 リタは思わず呟く。

 馬車から降りて自分たちを見送る群衆を見ると、この短期間でこれだけの人とものを集めるためにどれだけの資金が投入されたのかと思う。

「ご自分のご成婚のお祝いにそのようなことをおっしゃらないでください」

 ミアがたしなめるように言う。

「聖王国は……見栄くらいしかないから……」

 勇者パーティーの少女がポツリと言う。

 クリスが苦笑する。

「それを君が言うの、エーリカ」

「私だから言っても許される」

「そりゃそうかもしれないけど」

 ロティト枢機卿の娘であるエーリカの言い分は正しい。

 聖王国は特に国土が広いというわけでもなく、農業や工業が盛んというわけでもない。

 宗教と、貿易で経済を支えている。

 聖地巡礼のために、昔から現在まで街道や、鉄道などの各種交通網の整備が他国に比べて圧倒的に進んでおり、人類国家群のほぼ中心位置に存在するため、各国をつなぐハブとしても機能しているのだ。

「鉄道がこの国からなら大抵の国につながっているから、その利便性は推して知るべし、といったところだな」

 ジェラルドと名乗った男が、付け加えるように言う。

「しかし、王族の専用列車ってのはちょっと楽しみだな」

 ケイアス・オムニキスが頭の上で腕を組みながら気楽そうに言う。

 まるで物見遊山でも行くような気楽さだ。

「一応私達はリタリア王女殿下の護衛も兼ねているのだから、その気楽さはどうかと思うけど」

「いくらなんでも、こんなところでどんぱち始めるアホはいねえよ、クリス」

 そう言ってクリスと勇者が笑っている。

 胸がモヤッとする。

 ――というか、クリスは私にまず何か言うことはないのですかっ。

 という気持ちはひとまず胸のうちに留めておく。後で覚悟しろ。

 遠くで警笛の音がする。

 リタは二人から視線を外して、そちらを見る。

「あ、あれが、王族専用車両のティアルメダ号ですか!」

 ココと呼ばれていた少女が、歓声を上げていた。何か琴線に触れるものがあったらしい。

 車両は聖王国を象徴するように、白で統一されている。

「白磁なわけはありませんから、どうやってあそこまで白く塗装しているのでしょうか」

 少女は光の塔の俊才らしい疑問を呟いていた。

 汽車は黒煙を吐き出しながら、駅の構内に入ってくる。

 駅の外から歓声が聞こえる。最初から構内に止めておかないのはなぜかと思ったが、これもデモンストレーションらしい。

「いくらなんでも欲張りすぎでしょう」

 一度にあれもこれもとやりすぎな気もする。

 そこまで聖王国の権威を主張しておきたいのだろうか。

 ――そもそも、今回のリタの婚姻自体そういう側面が強いのだから、当然といえば当然の流れかもしれなかった。

 汽車が止まり、促されるようにして汽車に乗り込もうとする。

「王女殿下、手を」

 一歩先を歩いていた勇者が、そう言って差し出された手を差し出す。

「オムニキスの勇者と王女殿下の仲は良好だという、退屈なアピールにご協力願えませんか」

 そう言って苦笑する。

 リタもオムニキスの勇者の微妙な立場を察しているから、黙って手を取る。

 そして、そのまま車両の高い段差を登る。

 思えば、一ヶ月前はクリスにこうして手を取って汽車に乗せてもらったのだ。

 あのときは上手く乗れなくて、クリスに抱きとめてもらったのだった――

「クリスでなくて、申し訳ないのですが」

 勇者がリタの表情を見てそんなことを言う。

「な、何を言うのですか」

 ケイアスは軽く笑ったままリタの言葉に返事をしない。

 心を見透かされているようで気に入らなかった。

「殿下、手を振ってください」

 ケイアスに促されるまま、二人でこちらを見ている民衆に向かって手を振る。

 二十秒くらい手を振った後、勇者に背を押されて車両の中に入る。

 車両の内装は、廊下に絨毯が引かれ、座席は革張りのソファが両脇に設えられていた。

「すげえ」

 勇者が、さっさと口調を戻していた。まだリタがそばにいるのに切り替えが早すぎた。

 ミアがその様子に眉を潜めていた。

「こちらは談話室になります」

 廊下の奥から歩いてきた男が帽子を取りながら叩頭する。

「車掌を務めさせていただきます、ボルトイドと申します。約三日間の旅程となりますが、どうぞ宜しくお願い致します」

 そう言って帽子をかぶり直す。

「皆様を客室にご案内させていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか」

「頼みます」

 この分なら客室の質にも十分に期待できそうだった。



「こちらの車両が客室になります。こちらを殿下とお付きの女性の方が、向こうの車両を勇者様を始めとした男性の方が使われるのがよろしいかと」

 車掌がそう言う。

 多分、普段はこうして男女に分けているのだろう。女性の王族にしても大抵は同性の護衛をつけるから、特に問題ないのだ。

 ただ、

「いえ、ケイアス様たちにもこちらの車両に乗っていただきたいと思います」

 ミアの反対ですと言いたそうな視線を無視する。旅をしてきたリタにとってはかなり今更の話だった。

 それに、

「最高の護衛を側から離すほうが不合理です。それに勇者ですから、当然紳士だと信じています」

 そう言って勇者を見る。

 照れ隠しなのか、ケイアスは頭をかいている。

「そこまで言われたら、まあ、引き下がれねえな」

 そう言って、彼の仲間を振り返る。

「一応確認というか、今更すぎるから意味あるかわからん確認だが、それでいいか?」

 クリスも含め全員が微妙な笑みを浮かべている。

 それこそリタとは比較にならないほど寝食をともにしていたのだから、それくらいどうとも思わないのだろう。

「まあ、いちおう男女で部屋は分けておこう」

 クリスが付け足すように言う。流石にそれはまずいらしかった。

 ――クリスは当然女性と一緒に寝るのだろう。

 なにかそれは納得が行かなかった。

 いや、それしかないことはわかっている。だが、クリスは元男だし、何ていうか、

「姫様、どうされましたか」

 ミアが荷物を持って、割り当てられた部屋に入ろうとしていた。

「いえ、何でもありません」

 首を振って、室内に入る。

 王族専用と言われればうなずくしかない豪奢な内装にも、感心している余裕がないことを自覚する。

 クリスの存在が気にかかって仕方がなかった。

 ――私に会いに来たって言ったくせに。

 その様子をまるで見せないのは何なのか。

 クリスと一緒いれる時間もそうはない。

 もしかして、クリスはこの期に及んで気が引けているのではないかと思う。

「意気地なし」

GWに注文していたキーボードが今日ようやく到着したため、早速組み立てて、この話を書きました。

自作キーボードは最高だぜ!

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