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35. 出立の前

「愚か愚かとは思っていたが……」

 イブライムが頭痛をこらえるように頭を抑えていた。

「自殺しようとするか普通」

「いえ、あの、はい……」

 リタも流石に言い返せなかった。

 メイドのミアも顔をうつむかせて立っていた。

「ごめんなさい」

「いえ、私は良いのですが……」

 ミアの声音に微妙な気遣いが見えた。

 そっと耳打ちされる。

「――応援していますよ!」

 リタの目が死んだ。

 いや本当にどこまで聞かれていたんだろうか。

 というか、こういうことを言われるということはつまり、

「そういうのじゃありませんっ」

「はい、ミアは分かっております」

 ものすごい笑顔だった。

「全然そういうことに興味がなさそうだった姫様が大きくなって……」

 よよよ、と泣くフリまでしている。

 絶対に分かっていなかった。

「クリスは女性ですよ」

 言ってしまってから、さっきから自分が悩んでいた内容と矛盾することに気づく。

 クリスを女性と認めるなら、裸を見せたことを気にする必要はなかった。

 ミアが少し驚いた顔をしている。

「え、姫様は女性が好みだったのですか……。それで男性に興味を持たれなかったのですね」

「そういうことではなく……」

 どうしてもリタが恋をしているということにしたいようだった。

 そういうのではない、と思う。

 リタは異性愛者だ。恋をしたことはないが多分そうだ。

 多分。

 ……ちょっと自信がなくなってきた。

「私にとってクリスは姉というか、友人というかそういうもので」

「そうですねーそうですねー」

 子供のようになだめられていた。

 何を言っても照れ隠しだと思われてしまうようだった。

 相手にすると更にからかわれそうだったので、話を変える。

「お兄様の用は何でしょうか」

「お前の出立が一週間後に決まった」

 イブライムが感慨もなく言う。

 ミアの方が取り乱していた。

「早すぎます! 姫様はまだ戻られて幾日も経っていないではありませんか」

「メイドが意見を挟むことではない」

 リタも早すぎるとは思った。

「何を焦っていらっしゃるのですか」

「貴様の考えすぎだ」

「イーディズィの勇者まで使って私を連れ戻しておいて、考えすぎということはないでしょう」

 優秀な兄にしては歯切れの悪い回答だった。

 いつもならはっきりとした理由を言って、リタのことを説き伏せてしまうはずだった。

「西方はそれほど余裕がないのですか」

「貴様が知る必要はない」

 そう言って会話を打ち切られてしまう。

「婚姻を対外的に公にすると騒ぎとなりすぎるため、まずは使節団としてハレーブに行ってもらう。その護衛も今選んでいるところだ。西方へのデモンストレーションでもあるから、それなりの者を付ける予定だ」

 イブライムがリタから視線を外す。

「ミア、貴様はどうする」

 ミアはリタの専属のメイドというわけではない。どちらかと言えば、その家族付きという形で、イブライムや両親の世話をすることもあった。

 それを、こうして聞くということは、リタのお付きとしてミアを連れて行っても良いということだ。

 それをミアの意思に任せるあたり、イブライムもミアには気を使うようだった。

「わたくしは、リタリア様に御同道させていただこうかと存じます」

「そうか」

 イブライムが背を向けて部屋を出ようとする。

「出立の準備をしておけ。――女性は何かと準備がいるのだろう」

 ぱたん、と扉が閉まる。

 ミアがはあ、とため息をついた。

「表向き使節団と言っても実質的には婚礼か婚約なのでしょう。準備というものがどれほど必要か分かっていらっしゃるのでしょうか。全く殿方というものは」

 呆れたように言う。

「せめて一月。本来なら半年から一年は必要だと言うのに」

 ミアの物言いが年に似合わずひどく所帯じみて見えて、少し笑ってしまう。

 きっ、とにらみつけるようにミアがリタを見る。

「姫様、貴女の婚礼のことなのですよ。ご自分のことなのですから、真剣に考えてください」

「私が出る幕などありませんよ。周りのものがよくやってくれるでしょう」

「そうではありません、」

 ミアの目がいつになく真剣だった。

「想われている方がいらっしゃるのでしょう。あと一週間しかないのですよ。これで良いのですか」

 それは勘違い、と言いかけてやめる。

 ミアが言いたいのは多分そういうことではない。

「良いのですよ。私の人生とはそういう使われ方をするものだったのでしょう」

「旅に出られる前の姫様はそんな弱気ではありませんでした」

 ミアは旅に出るときに色々と助けてくれた。彼女自身もリタの心意気を買ってくれていたのだ。

「今ならまだ逃げられます。わたくしも微力ながらお手伝いできます」

「滅多なことを言うものではありません」

 ミアの言葉を制す。

 逃げる、という選択肢はないに等しい。

 結局、勇者の次元術式でどんな距離も追いつかれてしまうからだ。

「なら、せめてお会いしておきたい方に、会っておきましょう」

「そんな人はいませんよ」

 言ってしまってから、ずきりと胸を痛みがさす。

 クリスの顔がよぎった。

「それに、もしいたとしても、会うことは出来ません」

 今会えば未練や後悔を残してしまいそうだった。

 クリスもきっと、このままリタと会わないほうが幸せだった。

 この感情に結論を付けないまま、忘れてしまったほうがきっと良いのだと思った。

「姫様……」

 結局気遣わせてしまうこの感情が呪わしかった。

 未練も、後悔も、どこかへ捨ててしまえるなら、喜んで捨ててやりたかった。



「準備はいいか」

「はい、お兄様」

 大慌てて出立の準備をする周りに振り回されているだけで、一週間はあっという間に過ぎ去ってしまっていた。

 かつて一人でイーツクに旅立ったときとは違う、豪奢な馬車に、多数の付き人と護衛が揃っていた。

 だがあのときのような高揚感はない。

「行くぞ」

 西方への使節団派遣だから、相応の儀式が必要となる。

 今回の使節派遣の背景と、供回りや、支援いただいた信徒たちへの説明と感謝の字句を述べる必要があった。

 まず兄が壇上に立つ。

 実質的な司会者だ。

 そして演説するのはリタだった。

 兄の合図で、壇上へ向かって歩く。

 壇上に立つと、教えられた通り、まず自分を見上げている者たちを見渡した。

 ――何か見覚えのあるものを見た気がした。

 気のせいだと思って、話し出す。

 演説は滞りなく終わった。兄も満足げに頷いている。

 予定なら、このまま壇上から引くはずだったが、兄が待てと合図していた。

「さらに今回の使節だが、勇者が同道してくれる運びとなった」

 会場がざわめいた。

 リタも聞いていないことで、思わず兄を見る。

 落ち着けと、手で制された。

 舞台の袖から、黒い髪の男が剣を下げて現れた。

「ご紹介に預かりました、ケイアス・オムニキスです」

 オムニキスの勇者、その人だった。

「あー、俺、いや私は勇者の中では若輩ではありますが、西方への支援のため御同道させていただくこととなりました。これもそこにおられるイブライム王子やリタリア王女、ロティト枢機卿のご協力の賜であります。当然、皆様のご支援あってのことですが」

 会場が少し盛り上がった。

 どうもこの勇者はユーモアもあるらしい。

「どういうことですか」

 小声で兄に聞く。

「ゴリ押された」

 苦々しげに兄が言う。

 オムニキスの勇者が使節団に付いてくる意味が分からない。

 勇者が言う。

「私は、この西方遠征の成果を持って、オムニキス家の復興を宣言することでしょう!」

 会場は大盛りあがりだった。

 事実上内定していたオムニキス家の復興を西方への支援にかこつけて、大掛かりなデモンストレーションにされていた。

「ロティト枢機卿はやり手ですね」

「オムニキスとその勇者は扱いが難しかったから早めに支持者を作りたいのだろう」

 勇者自身が異国人で、身元もよくわからないから、敬遠されがちな状態をなんとかしたいのだとは理解した。

「あとはロレットのやつが……」

「イーディズィですか?」

「なんでもない、気にするな」

 兄はまた不機嫌そうだった。 

「そしてこちらが私の仲間です」

 ケイアスの声とともに壇上に上がってくる四つの人影がある。

 30代くらいの男と、少女が二人と、灰色の髪の女性、

「え」

 いや、ケイアスが現れた時点で少し予想はしていた。

 というか、兄はゴリ押されたといった。

 それはつまり、

「いやまさか」

 自分の考えを切って捨てる。

 クリスが自分に会いに来るためだけに、勇者に頼み込んだとかそういう考えは自意識過剰もいいところだった。

 拍手が湧いた。

 見ると勇者が話を終えて、壇上から降りるところだった。

 さっき見た灰色の髪の女性が他の人から少し外れてリタの方に歩いてきた。

 すれ違いざまに囁かれる。

「リタに会いたくて来てしまいました」

 な、

 振り返ると、もう背中しか見えなかった。

 まさか。

 顔が熱い。

 胸が痛いほど高鳴っていた。

「ひ、」

 もう見えない背中に向かって呟く。

「人たらし……」

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