33. グッデイトゥダイ
「聖都って、いやでもそうか」
ロレットが現れたときも次元術式を用いていた。
冗談のような話ではあるが、聖剣の膨大な魔力を思えば、聖都からエルフの森まで空間ごとつないでしまうことも可能かもしれなかった。
「ロレットさんは勇者の中では一番魔法が使えるからな」
ケイアスが言う。
「さん付けなんだ」
「先輩だぞ。それくらいはつける」
ケイアスが照れたように言う。
クリスのロレットに対する印象と、ケイアスの思うロレットは随分と違うようだった。
クリスが生きていることと言い、残忍な人柄ではないのかもしれない。
「ケイ、僕と一緒にいた他の人はどうなったか知ってる?」
ケイアスが切ってくれた果物を口に運びながら言う。
二重の意味で不安だった。
まずは、自分が気絶した後の皆の状況。
そしてもう一つは、自分が今ここにいることの意味だった。
「皆無事だよ。それは保証する」
「そっか」
ほっと息をつく。問題は、
「リタって子がいたと思うんだけど、彼女は?」
「リタリア王女な」
ケイアスが苦い顔をする。
「イブライム王子に連れて行かれたよ。今頃は王宮にいるだろう」
ため息をつく。
クリスの力不足が招いた結果でもあった。
一方で安心もしていた。リタに危害は加えられていなかったのだ。
「リタは元気そうだった?」
「あー身体は健康そうだった。ただ、落ち込んでたかな」
ふと気づいたようにケイアスが言う。
「っていうか、なんか親しげだな」
「それなりに長く一緒にいたから」
当然それだけではないが、それをケイアスに言うのは気が引けた。
大体、クリスはケイアスに逃げ出したこと謝れてもいない。
沈黙が降りる。
「「あの」」
被った。
「「そっちからどうぞ」」
二人して顔を見合わせる。
どちらからともなく吹き出した。
特に意味もないが笑えた。
ひとしきり笑った後に、ケイアスが真面目な顔をしてクリスに頭を下げた。
「すまなかった」
唐突だったので、困惑する。何に対する謝罪なのかもよくわからなかった。
「えっと、どうしたの急に」
「クリスの気持ちも考えずにあんなことを言ってしまった」
それで流石に気づいた。
ケイアスはクリスへ告白したことを言っているのだ。
「あー、うん。あれはちょっと驚いた、かな」
手で髪を巻きながら言う。こういうとき何を言えば正解なのかわからなかった。
慰めや同情は違う気がした。
「でも、ケイは僕のどこが良かったの?」
ただ、これだけは聞いておきたかった。
元男だと分かっている幼馴染が突然美人の女性になったからと言って、惚れたりするだろうか。
無理だろ。
というのがクリスの正直なところの感想だった。
「いや、えっと」
ケイアスがだいぶ言いにくそうにしていた。
「髪が、」
「え」
「髪が好みだった」
だいぶ上級者向けの回答が返ってきた。
「いやそれ美人だったからと対して変わらないんじゃあ……」
「嘘は言ってない!」
ケイアスが妙にムキになっていた。
髪、髪かあと思っていると、ベッドの脇に置かれた手鏡に自分の顔が映る。
「ああ……」
なんとなく言いにくそうにしていた理由に想像が付いてしまった。
「そんなにアメリアに似ていたかな」
もう顔もろくに思い出せない妹は、髪がクリスと同じで灰色だった。
ケイアスは一瞬驚いた顔をした後、諦めたような顔をする。
「あいつはそんなに美人じゃなかったよ」
「ひとの妹に失礼な」
「事実だろ、お前の妹なんだから」
まあ、そうだったかもしれない。
だが、思い出の中にあるアメリアは、とても可愛らしい女の子だった。
「だけど、まあ、そうだな。アメリアが生きていればこんな女性だったかもしれないと、思いはした」
ケイアスの口調には苦々しい後悔が滲んでいた。
「ただ、それをクリスに押し付けるのは間違っていた」
「うん」
頭を垂れるケイアスの頭を腕に抱く。
ケイアスが驚いたように身動ぎしたが、すぐに動かなくなった。
「でも、ケイがアメリアのことをそんなに思ってくれていて、僕は嬉しいよ。アメリアもきっとそうだ」
「そうかな」
「そうだよ」
ケイアスがクリスの言葉に何を思ったのかは分からない。
ただ、ケイアスが頭をあげようとするまで、こうしていてやろうと思った。
何分かして、ケイアスが言った。
「クリス、お前、いい匂いがするな」
「それは流石にセクハラだと思うんだけど」
抱いていた頭を離す。
ケイアスは素直に離れた。
「すげえ女らしくなってる」
その視線がクリスの胸の方に向いていた。
とりあえずケイアスの頭はしばき倒した。
クリスの服はすこし濡れていた。
「で、お前の方の話は何だったんだ」
頭を擦りながらケイアスが言う。
「えーっと、その」
今度はクリスの方が話しにくそうにしていた。
「もしかしてなんだけど、僕の事情ってみんなにバレた?」
ケイアスが一番最初に部屋に入ってきたときから、薄々想像していたことだった。
なぜなら、クリスがケイアスの関係者だと知らなければ、ケイアスに連絡の行きようがないからだ。
「それは、」
「ごめん、バレた!」
ぎょっとして声のした方を向く。
いつの間にか、神官服を着た少年が部屋の隅に立っていた。
「ロレットさん」
「い、いつからここにいたんですか」
イーディズィの勇者は、笑いながら答える。
「『夢、か』のあたりからかな」
「最初からじゃないですか!」
独り言すら聞かれていて最悪だった。プライバシーもへったくれもない。
「ははは、まあ大丈夫口は硬いから安心して」
「全然安心できない……」
目を話したすきに喋りだしそうだった。
「っていうか、バレたって」
「うん、君が元男だってことは皆知ってるよ」
思わずめまいがした。
こんなあっさりと、しかも自分の預かり知らぬところで暴露されるとは思っていなかった。
「あの、リタは……」
「リタリア王女のこと? 当然彼女も知ってるけど」
死のう。
窓の外を見るとよく晴れた空が覗いていた。
死ぬには良い日に思えた。
「おいおいおいおい、何窓開けてんだっつーかお前が二階から落ちたくらいで死ねるわけ無いだろ」
「ケイ、離してくれ、僕は生きてる価値なんてないんだ」
「はっはっは、そこまで取り乱されると責任感じるぞ」
元凶のロレットの顔がひきつっていた。
「すみません、取り乱しました」
時間がたって幾分冷静さを取り戻したクリスが、頭を下げた。
「というか、なぜ僕が元男だとバレたのですか」
そこがかなり疑問だった。
ロレットにしても直接の知り合いではないし、正体を探り当てることは普通できないはずだ。
「君が持ってた剣、僕と会うときも持ってたでしょ。それなりに良い剣だから持ってたら目立つよ」
「あ」
「腕も良かったしね」
ロレットに褒められても苦笑いしか返せない。
クリスは惨敗しているのだ。
「でも、ごめん。完全に思いつきだったんだ。バラす気はなかったんだよ」
勇者が、クリスに謝っていた。
「いえ、言っておかなかった私が悪いのです」
クリスの自業自得という側面も否定できなかった。
「リタに合わす顔がない」
そう言って顔を覆う。
彼女からどう思われているか考えると、不安で仕方がなかった。
「というか、もう会えないのか」
口にしてみると、身を切られる思いがした。
彼女と過ごした時間は短くても、いつの間にかかけがえのないものになっていた。
「王女に会いたい?」
ロレットがクリスの顔を覗き込んで言った。
「会いたいです」
「騙したって、責められるかもしれないのに?」
「そのことも含めて、話をしたいです」
躊躇なくいい切ることが出来た。
責められることが怖くても、それ以上にリタに会いたかった。
「んー、わかった。なんとかしよう」
ロレットがそんなことを言い出す意味がわからなかった。
「どうして親切にしてくれるんですか」
ロレットが苦笑する。
「一応責任は感じてるんだって。ホント」




