27. エルフの森3
「私の名前はリタリア・ディ・アダスン・アーリアと言います」
リタが言う。
夕食の後、皆が焚き火の前に集まっていた。
リタの言葉を聞いて三人の顔に驚きが走る。
「良いとこのお嬢様だとは思ってたけど、お姫様だったかー」
「黙っていてすみませんでした」
リタが頭を下げる。
「しかも大概やべえ、もとい最古の王家じゃないか」
アインの認識はさほど間違っていない。
これが小国の姫なら、驚くだけ驚いて終わっている。だが、聖王国は人類発祥の時から存在する由緒が正しすぎる王家だ。そんじょそこらの王族とは話が違う。
「聖王国はあなた一人を竜の元へ送り込んで何をしようとしているのだ」
「聖王国というか私の独断なのです」
リタが気まずそうに言う。
現実問題として、リタには支援者がいないため何もいえない。
リタが更に言葉を紡ぐ。
「戦争を止めたいのです」
そう言って、今までの経緯を三人に説明する。
話を聞き終わると、アインが呟いた。
「思ってたより話がでけえ」
随分と直截な感想にリタが苦笑する。
でけえ、で感想を済ませられてしまうアインは大物かも知れなかった。
一方で、ここで三人が離れてしまう可能性があった。
一介の冒険者が担うような話ではないからだ。
「それで、勝算はあるのか」
ナセルが問いかける。
「竜族もまたこの戦争をやめたがっているはずです。そもそも、人類と戦争をしている竜は少数派なのです」
竜族が一丸となって人類と戦争を始める可能性など、考えたくもなかった。
竜は一体一体が高位魔導師や達人とされる剣士に匹敵するか、それ以上だ。人類は負けはしなくても、その領土が焼け野原になっている可能性もあった。
「問題なのは、人類が竜との交渉の窓口をもっていないことです。だから、戦争も落とし所すら付けられません」
聖王国が推し進めてきた、人間以外の種族への排外主義のツケだった。
他種族との交渉を持つという前例が、ロクに存在しないのだ。
「それを言い訳にして、これ以上損害を出すわけにはいかないと私は考えています。戦争に勝つ以前に、人類国家同士で仲間割れを始めかねません」
教会もそのことを恐れているフシがある。
二振りの聖剣であるプラェージディアムとイーディズィが戦線に投入されていない理由は、人類諸国への牽制としたいからだ。
「改めて確認になりますが、戦いをするつもりはありません。ですが非常に危険な旅です。それでも付いてきてくださいますか」
アインが頭をかく。
「世のため人のため、ってのはガラじゃないが、今更放り出すつもりはないぞ」
「ウェハもいますしね」
思わず茶々を入れてしまっていた。当然アインがそれだけで付いてきているとは思っていない。だからこそ、そんな冗談が言えた。
「まあ、それは、大いなる判断材料だ」
アインが軽口に乗ってくれていた。
雰囲気が少し和らぐ。生死をかけた判断の前ではどうあっても、空気が重くなる。それが響けばリタの重荷にもなる。そうはしたくなかった。
「目的地は最初から聞いていたのだから、翻すつもりはない。結局、やることは変わらないだろう」
「あたしも、あんたたちだけで行かせるのはちょっと不安だわ」
ナセルとアリゼが気の良い返事をしてくれていた。
「だが、それよりも聞きたいことがある」
ナセルの目が怪しく輝く。
それは知的好奇心を隠せない学者の目だ。
「リタリア、貴女がシュペーラリアータの末裔とはどういう意味だ。いや、それ以上に魔力を持たないとはどういうことなのだ」
光の塔の魔導師からすれば当然の疑問ではあった。
エルフの言葉には、人が知らないことが多すぎた。
リタが言葉をつまらせる。質問されることが分かっていてもとっさに答えられないような質問なのだ。
少しの沈黙の後、ためらうようにリタが口を開く。
「聖王家や聖武家といった家は、聖剣の起動権を残すことが最大の目的である家々なのです」
クリス以外の面々が意味を測りかねたような顔をする。
聖王家は宗教の総本山という印象が強いため、聖剣の取り扱いは聖武家といった線引がされているという印象が強いのだ。
「聖剣は、血統によって使えるかどうかが決まるということか」
「概ねはそうです。ですから、大抵は聖四武家の中から勇者が選ばれていました」
アインは首をかしげている。
「だが、毎年、新たな勇者の選定の儀をやっているだろう。それで近年では庶民からオムニキスの担い手が現れたはずだ」
ケイアスの話題が出て、クリスの鼓動がはねる。
たまたま儀式に紛れ込んだケイアスが、聖剣に選ばれた時の衝撃は今でも忘れられない。
「厳密に言えば、聖剣を起動するために必要なのは血統ではないのです」
リタが息を吐く。
「その資格として最も重要なのは、魔力を持たないことです」
ナセルがわけがわからない、という顔をしている。
「この世界に、そんな人間がいるはずがない。動植物や、大気にさえ魔力は溶け込んでいるんだぞ」
「ですが、魔力は人間の生命活動に関わるものではないと、かつて結論が出たはずです。では、魔力がない人間がいても良いのではないですか」
リタの言葉にナセルが苦虫をつぶしたような表情になる。
「ハンツヴァイアーの論文か」
「聖王家と聖四武家は聖剣を使うために、魔力をもたないように子孫を残してきたのです」
ケイアスの血統主義という言葉がよぎる。
魔力を持たないということは、ほぼ特異体質だ。そんな人々がいるということすら聞いたことがなかった。
ただ、疑問がある。
「リタは魔法を使っていませんでしたか」
そもそもナセルとアリゼを治療したのはリタだ。魔法は、魔力が無ければ使えない。
「勇者がどうやって魔法を使っているか、疑問に思ったことはありませんか。勇者が使っているのは、自分の魔力ではないのですよ」
あ、と思わず声が出る。
聖剣は莫大な魔力を供給するがそれだけだ。魔法を編むのは勇者自身なのだから、自ずと結論は限られる。
「聖剣の権能ではなかったのか。外環境からの魔力補充による術式発動は、光の塔でも先年ようやく実用の目処が立ったところだぞ」
「聖王家は三千年まえから使用し、研究も行っていたというだけのことです」
リタの答えにナセルが本格的に顔をしかめていた。
なぜ公開しないという彼の心の声が聞こえるようだ。
「どうとでも使えて、悪用できてしまうので公開できないのです」
ナセルは鼻を鳴らす。
理由はあっても、魔導師としては知識の独占に見えて気に入らないのだろう。
「そうした経緯もあり、聖王家はかつてシュペーラリアータの血筋を取り込んだのでしょう。それがなぜかかの大老には分かったのだと思います」
「聖剣とはなんだ?」
ナセルがリタをみて言う。
「私の推論になりますが、剣というよりはむしろ生き物に近いなにか、だと思います。ただ、聖剣が何かと問われれて答えられる人間自体、恐らくほとんどいません」
「そうか」
ナセルはそれ以上話を聞けそうにないと分かると、考え事を始めてしまった。
クリスも、リタとナセルの話を聞いていて思うことがあった。
――では、聖剣に選ばれたケイアスは一体何なのだ?




