26. エルフの森2
ツェラに案内されて、森の中を行く。
ツェラが立ち止まると、あたりを指差して言う。
「このあたりならどこでも良い」
野営をするのが、ということだろう。
周りを見渡しても、ただの森だ。つまりいつもの野営と変わらない。
女性陣が微妙にうんざりした顔になる。
クリスにしても、一度沐浴くらいはしたかった。
「わからぬことはウェハに聞け」
そう言うとツェラは去ってしまう。エルフという種族は恐ろしくそっけない。
「やはり歓迎されていないのでしょうか」
リタが目を伏せる。
クリスにしても、敵意は感じなくとも同じように思う。
「一応は歓待の礼を取っているのだ」
ウェハが言う。少し申し訳無さそうな声色をしている。
「大老が挨拶をしたのみならず、神樹まで見せたことは我らなりの誠意なのだ」
なんというか人間と根本的に価値観が違っている。
人間の歓待といえば、宴席を開いて様々な人を呼び、美しい音楽や多様な食事を用意して延々と挨拶挨拶政治政治政治、
いや、うん、人間の方も大概である。
まあ、冗談はともかく、
「人間では歓迎となると、衣食住が主体となってしまうからでしょう」
ウェハの言葉を借りるように続ける。
「人は生きることに必死でした。つまり、食事や住居を提供することが、もてなすことで、歓待の態度なのだという文化が形成されました。しかし、ウェハの話ならエルフにはそれらにさほどの価値はないのです」
クリスはウェハから聞いた言葉を思い出しながら言葉を並べる。
エルフの森には住居はない。
そして食文化さえあるのかが怪しかった。エルフは戯れに食事をするような種族だからだ。
「エルフにとっての歓待とは、挨拶や、何か大切なものを晒すということだというのか」
「人も同じようなことをしますが、エルフは多分、その選択の幅がさほどないのです」
だからエルフは初対面のクリスたちに、わざわざ大老が出向いたり、神樹を見せたりした。
他に態度で示せるものがないのだ。
人間ならば衣食住でも良かったのに、それらが文化的に発達していないエルフでは選択肢がない。
「その考えはさほど外れてはいないだろう」
ウェハが息をつく。
その言葉で他の五人は納得したように、頷く。
文化が違う相手に、そのすれ違いを指摘しても意味がないことは全員が承知していた。
「安心しました。歓迎いただけているというなら、それは嬉しいことです」
リタが言う。その顔は嬉しそうに口が微笑を刻んでいる。
「野営の準備をしましょう」
クリスがそう言うと、めいめいが勝手に準備を始める。
もう慣れたものだった。
「ウェハ、火は使ってもよいのでしょうか」
「ああ、問題ない」
「狩猟も許可されていましたが、森を荒らされることに対する忌避感はないのでしょうか」
クリスは疑問をそのまま口にする。
普通、自分の森なら守ろうとするものだと思った。
火は火事の原因となり、部外者が好き勝手に狩猟すれば森は荒れる。
住居はなくとも、住む場所そのものへの執着くらいはあると思ったのだ。
「当然あるが、そなたの思うようなものではない。それはこの森を逃げ出さなければならないほどのもので、それ以外は魔法でどうにかすることができる」
人間よりも遥かに高度な魔法を使うエルフは、言葉通り問題そのものを強引に解決してしまえる。
例えば今ならば、クリスたちを消してしまえば問題も一緒に立ち消えになる。
「そうですか……」
ろくでもない考えを頭を振って追い出す。今、クリスたちを消す理由はエルフたちにはない。
同時に思う。
エルフたちは別に自然を愛しているというわけではないのだ。
人のように開拓して自然の形を変えないから、相対的に自然を愛しているように見えるだけだ。
「難しいわけだ」
人間は今まで一度も多種族との共生を夢見なかったわけではない。
だが、最も人に近そうなエルフですら価値観が隔絶していた。
「そうだね、難しい」
気がつけばアリゼがクリスの隣に立っていた。
適当に返事をする。
「明日、狩猟にでかけましょうか」
「いいね」
「今後のためにも食料は取っておきたいですから」
日がもうだいぶ傾いている。既に夕刻だった。
何をするにしても、今からではおそすぎた。
「ねえ、リタの事情、聞かせてくれるんだよね」
「やはりその話ですか」
アリゼの言葉に嘆息する。
大老の言葉が聞かれていないわけがなかったのだ。
そしてそこから何も連想しないわけもない。
「私からは話せません。リタの意思を尊重します」
「やっぱりクリスはなにか知ってるんだ」
「本当に少しだけですよ」
言いながら思い出す。
リタが悪夢をみたとき、ただ手を握ってやることしか出来なかった。
彼女が何に苦しみ、悩んでいるかなど自分は何も分かっていない。
「ともかく、リタをあまり追い詰めるような真似だけは、」
「夕食の後、話しましょうか」
クリスの言葉にかぶせるように少女の声が発せられる。
「リタ、良いのですか」
「クリス、貴方のときと同じです。これ以上黙っているのはむしろ信頼関係を損ないます」
リタはその年の頃にしては本当に冷静だ。
秘密を話すことは大概勇気がいるのに、判断を迷わない。
自分はどうだろうと振り返ると迷ってばかりで、未だ言い出せないでいる自分に失望する。
「へえ、度胸あるね、お嬢様」
「度胸くらいなければこんな所まで来ません」
「そりゃそうだ」
アリゼがリタを挑発しようとして、失敗していた。
「ここはまだ通過点です。本当の目的地はずっと先なのですから、アリゼたちにも知っていてほしいのです」
「信頼してくれたということ?」
「いいえ、私があなた達を信頼したいのです」
「そう」
アリゼが頬をかく。
リタに顔が見えないように、アリゼがそっぽを向いていた。
そのままぽつっと呟く。
「あんたたち、お似合いだよ。特に人をたらしこむのが上手いところが」
「私はクリスのようにたちは悪くありません!」
リタが人聞きが悪いというように憤慨す。
アリゼが笑う。
「いや、やっぱ似てるよ」




