表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/40

26. エルフの森2

 ツェラに案内されて、森の中を行く。

 ツェラが立ち止まると、あたりを指差して言う。

「このあたりならどこでも良い」

 野営をするのが、ということだろう。

 周りを見渡しても、ただの森だ。つまりいつもの野営と変わらない。

 女性陣が微妙にうんざりした顔になる。

 クリスにしても、一度沐浴くらいはしたかった。

「わからぬことはウェハに聞け」

 そう言うとツェラは去ってしまう。エルフという種族は恐ろしくそっけない。

「やはり歓迎されていないのでしょうか」

 リタが目を伏せる。

 クリスにしても、敵意は感じなくとも同じように思う。

「一応は歓待の礼を取っているのだ」

 ウェハが言う。少し申し訳無さそうな声色をしている。

「大老が挨拶をしたのみならず、神樹まで見せたことは我らなりの誠意なのだ」

 なんというか人間と根本的に価値観が違っている。

 人間の歓待といえば、宴席を開いて様々な人を呼び、美しい音楽や多様な食事を用意して延々と挨拶挨拶政治政治政治、

 いや、うん、人間の方も大概である。

 まあ、冗談はともかく、

「人間では歓迎となると、衣食住が主体となってしまうからでしょう」

 ウェハの言葉を借りるように続ける。

「人は生きることに必死でした。つまり、食事や住居を提供することが、もてなすことで、歓待の態度なのだという文化が形成されました。しかし、ウェハの話ならエルフにはそれらにさほどの価値はないのです」

 クリスはウェハから聞いた言葉を思い出しながら言葉を並べる。

 エルフの森には住居はない。

 そして食文化さえあるのかが怪しかった。エルフは戯れに食事をするような種族だからだ。

「エルフにとっての歓待とは、挨拶や、何か大切なものを晒すということだというのか」

「人も同じようなことをしますが、エルフは多分、その選択の幅がさほどないのです」

 だからエルフは初対面のクリスたちに、わざわざ大老が出向いたり、神樹を見せたりした。

 他に態度で示せるものがないのだ。

 人間ならば衣食住でも良かったのに、それらが文化的に発達していないエルフでは選択肢がない。

「その考えはさほど外れてはいないだろう」

 ウェハが息をつく。

 その言葉で他の五人は納得したように、頷く。

 文化が違う相手に、そのすれ違いを指摘しても意味がないことは全員が承知していた。

「安心しました。歓迎いただけているというなら、それは嬉しいことです」

 リタが言う。その顔は嬉しそうに口が微笑を刻んでいる。

「野営の準備をしましょう」

 クリスがそう言うと、めいめいが勝手に準備を始める。

 もう慣れたものだった。

「ウェハ、火は使ってもよいのでしょうか」

「ああ、問題ない」

「狩猟も許可されていましたが、森を荒らされることに対する忌避感はないのでしょうか」

 クリスは疑問をそのまま口にする。

 普通、自分の森なら守ろうとするものだと思った。

 火は火事の原因となり、部外者が好き勝手に狩猟すれば森は荒れる。

 住居はなくとも、住む場所そのものへの執着くらいはあると思ったのだ。

「当然あるが、そなたの思うようなものではない。それはこの森を逃げ出さなければならないほどのもので、それ以外は魔法でどうにかすることができる」

 人間よりも遥かに高度な魔法を使うエルフは、言葉通り問題そのものを強引に解決してしまえる。

 例えば今ならば、クリスたちを消してしまえば問題も一緒に立ち消えになる。

「そうですか……」

 ろくでもない考えを頭を振って追い出す。今、クリスたちを消す理由はエルフたちにはない。

 同時に思う。

 エルフたちは別に自然を愛しているというわけではないのだ。

 人のように開拓して自然の形を変えないから、相対的に自然を愛しているように見えるだけだ。

「難しいわけだ」

 人間は今まで一度も多種族との共生を夢見なかったわけではない。

 だが、最も人に近そうなエルフですら価値観が隔絶していた。

「そうだね、難しい」

 気がつけばアリゼがクリスの隣に立っていた。

 適当に返事をする。

「明日、狩猟にでかけましょうか」

「いいね」

「今後のためにも食料は取っておきたいですから」

 日がもうだいぶ傾いている。既に夕刻だった。

 何をするにしても、今からではおそすぎた。

「ねえ、リタの事情、聞かせてくれるんだよね」

「やはりその話ですか」

 アリゼの言葉に嘆息する。

 大老の言葉が聞かれていないわけがなかったのだ。

 そしてそこから何も連想しないわけもない。

「私からは話せません。リタの意思を尊重します」

「やっぱりクリスはなにか知ってるんだ」

「本当に少しだけですよ」

 言いながら思い出す。

 リタが悪夢をみたとき、ただ手を握ってやることしか出来なかった。

 彼女が何に苦しみ、悩んでいるかなど自分は何も分かっていない。

「ともかく、リタをあまり追い詰めるような真似だけは、」

「夕食の後、話しましょうか」

 クリスの言葉にかぶせるように少女の声が発せられる。

「リタ、良いのですか」

「クリス、貴方のときと同じです。これ以上黙っているのはむしろ信頼関係を損ないます」

 リタはその年の頃にしては本当に冷静だ。

 秘密を話すことは大概勇気がいるのに、判断を迷わない。

 自分はどうだろうと振り返ると迷ってばかりで、未だ言い出せないでいる自分に失望する。

「へえ、度胸あるね、お嬢様」

「度胸くらいなければこんな所まで来ません」

「そりゃそうだ」

 アリゼがリタを挑発しようとして、失敗していた。

「ここはまだ通過点です。本当の目的地はずっと先なのですから、アリゼたちにも知っていてほしいのです」

「信頼してくれたということ?」

「いいえ、私があなた達を信頼したいのです」

「そう」

 アリゼが頬をかく。

 リタに顔が見えないように、アリゼがそっぽを向いていた。

 そのままぽつっと呟く。

「あんたたち、お似合いだよ。特に人をたらしこむのが上手いところが」

「私はクリスのようにたちは悪くありません!」

 リタが人聞きが悪いというように憤慨す。

 アリゼが笑う。

「いや、やっぱ似てるよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ