24. クリスとアリゼの世間話
クリスの熱が引いたのは丸一日がたった後だった。
「ご迷惑をおかけしました」
全員の前でクリスは頭を下げる。クリスのために足止めを食らってしまっていたのだ。
「気になさらないでください」
リタが全員の言葉を代弁するように言った。めいめいがその言葉を肯定するように、うなずいたり微笑したりしている。
冒険者をやっていて、旅の途中で体調を崩すということは珍しくない。
それを一々咎めていては、仕事にならないことをそれぞれがよく分かっていた。
六人は再び歩き出す。
「ありがとうございました」
クリスはアリゼの側に寄るとそう言った。
「何が?」
「リタに取り次いでくれたのはアリゼですよね」
クリスは確信を持って言う。あのとき、それぞれの事情を聞いていたのはアリゼしかいない。
アリゼがクリスに視線をよこすことなく言う。
「だから?」
「リタと仲直りが出来ました。ありがとうございました」
クリスがそう言うと、アリゼが微妙な顔をクリスに向けていた。
「あのお嬢さんと付き合ってんの?」
「はい?」
アリゼの言葉を反芻する。付き合う。誰が、誰と。
「えっと、どういう意味でしょうか」
「いや、言葉のまんまだけど。あんたがあのお嬢さんと恋人同士なのかって聞いてる」
とっさにアリゼの言葉を飲み込めず固まる。二人の間を沈黙が流れる。
「どうしてそうなるんですか!?」
クリスは悲鳴のような声を上げる。思いの外大きな声になってしまったようで、先頭を行く二人を伺うように四人が見ている。
なんでもないです、と言いながらクリスは声を潜める。
「リタと恋人なんてことはありえません。私と彼女は出会ってまだ一ヶ月も経っていませんし、そもそも女同士ですよ」
いや、クリスの視点から見ればある意味男女の仲とも言える。
アリゼがクリスの言葉を聞いて、呆れたように言う。
「いや、冒険者やってたら出会って数日で恋人になってるやつも、同性同士で恋人になってるやつも見るでしょ」
言われて思い返す。
そう言われてみるとそんなものだったかもしれない。
冒険者という職業は、大抵がならず者の集まりなので教会の神聖騎士団などに比べて倫理観のハードルも低いのだ。
いや、待て、説得されそうになってどうする。
「でも、リタは冒険者ではありません。それに彼女は同性愛者ではありませんよ」
「んなもんどうやって分かるのよ。本人に聞いたの」
「聞いてはいませんが……」
ほらみなさい、とアリゼが言う。
そんな事言われても聞けるはずがない質問だった。だいたい、リタは聖王国の王女であり教会の信徒でもあるから、立場上同性愛者というのは許されないはずだった。
「というか、なぜそんな発想が出てくるんですか」
「女の勘」
便利すぎる言葉だが外れている。
クリスの顔を見てアリゼが少し笑う。
「というのは冗談で、二人の距離が近いからかな。女同士でも普通あんなにベタベタしないよ」
ウェハにもいちゃいちゃしている、と言われたことを思い出す。
確かに、距離が近い、かもしれない。
なぜだろう、と思う。付き合いが長いわけでも、相手のことをよく知っているわけでもない。
二人の間で劇的なことがあったわけでもない。
「何を悩んでるのか知らないけど、それは相性が良いってことでしょ。一緒にいて気持ちいいなら、付き合いの長さとか性別とか、そんなに問題かな」
「例えば、アリゼにとってのナセルのようにですか」
「ん……、まあそういうことになるかな」
鎌をかけてみたら、あっさりと肯定された。
アリゼは頬をかいている。
「あたしがナセルの世話を焼いているから、ナセルはあたしがいないと駄目って言われることがあるんだけど逆なんだよね。あたしの方がナセルがいないと駄目なんだよ」
アリゼの横顔が乙女のそれになっている。
「あたしはこんなだからさ。普通、光の塔の魔導師とじゃ全然釣り合わないんだよね。ただ幼馴染ってだけでナセルのそばにいる」
自嘲気味にアリゼが言う。
快活な彼女も、身近なことで悩むのだ。
「それこそ、ナセルにとっては問題ではないのではないですか」
クリスはアリゼの言葉をそのまま返す。
「ナセルはただ幼馴染というだけでそばに女性を侍らす様には見えません」
そうしたことにはむしろ一線を引くタイプに思える。不快だったら既に拒絶しているだろう。
そして女性関係を見せびらかして優越感を得るような人間でもないと思う。
「それに立場の釣り合いで人間関係を構築していたら、しんどすぎます」
クリスは素直に思ったことを言う。
勇者のパーティーにいると、権力に取り入りたい人間がそれなりによってくる。彼らは社会的立場を傘にきて、冒険者時代の交友関係よりも価値があると言ってきたが、そんなもの比べられるものではない。
そして、他者の交友関係に立場から口出しするような人間と、交友を築けるはずがない。
クリスの言葉を聞いて、アリゼがぽかんとしている。
「えっと、口説いてるの」
「そんなわけないでしょう」
アリゼの妄言を切って捨てる。
耐えられないというように、アリゼが吹き出す。
「なんで笑うんですか」
「いや、あのお嬢様があんたを気に入った理由はよくわかったよ」
アリゼはまだ笑っている。
トントン、と肩を突かれる。
振り返る。
ふくれっ面が目の前にある。
「楽しそうですね」
「リタ?」
「楽しそうですね」
「あの、怒ってますか」
「別に怒っていません」
嘘だ。絶対に怒っている。
と分かるのだが、それを指摘すると更にへそを曲げてしまいそうな気がする。
どうしたものかと途方に暮れる。
なぜリタが怒っているのかわからない。
それを見てアリゼがまた笑っている。笑いすぎだろ。
「別に取ったりしないから大丈夫だよ、お嬢様」
アリゼが笑いながらそんなことを言う。
リタが固まる。
「な、何を言うのですか」
「そういうところは、年相応で可愛いと思うよ。クリスもそう思うよね」
アリゼが目力で頷けと言ってくる。
よくわからないが、可愛いとは思う。なので頷きつつ言う。
「はい、少しむくれているリタも可愛いです」
口をパクパクしながら、リタが挙動不審になっている。
褒められ慣れてないのかもしれなかった。
アリゼが笑い声を引っ込めて、呆れた表情をしていた。
「人たらしと言うか、その顔で天然ジゴロはまずいでしょ……」
アリゼが小さく何かを呟いていた。
「そろそろつくぞ」
ウェハが会話の流れをぶった切るように言う。こちらの会話など気にしていない風だった。
「どこにですか」
リタがふくれっ面をやめてウェハに聞き返していた。
ウェハは不思議そうに返す。
「我らの森だが」
えっ、とウェハを除く五人が驚く。
今までそれらしいものや結界はなかったし、ウェハもそんな素振りはしていなかった。
「結界が気づかれてしまっては意味がないだろう。そこに何かあると言ってしまっているようなものだ」
そうはいっても、魔導師やクリスのような実力を持つ冒険者は大抵は気づく。
エルフの魔術が高度すぎて、違和感を持つことすら出来なかったのだ。
ウェハは誰にも聞かれない言葉で呟く。
「さて、人を招き入れるなど、何年ぶりなのだろうな」
思っていたより世間話が長くなりました。




