21. クリスの不調2
朝食を食べ終えると、クリスたちは再び歩き出す。
馬があればよかったが、迷いの森までの道の多くが鬱蒼とした樹海で馬に乗ってもさほど移動できないことで諦めた。
アインが不思議そうに口にする。
「なぜ、道がないんだ」
「エルフは道を隠してしまう、と言われている」
ナセルが答える。
ウェハは聞いているのか聞いていないのか、素知らぬ顔で先頭を歩いている。
「エルフは精霊から受け継いだ権能で自然と調和する。つまり彼らは生活の上で、自然を開拓する必要がない」
人は生きるために自然を開拓して、畑や街とする。それは自然のままでは人間が生活するには厳しすぎるからだ。
人の農耕はそもそも人口を増やすために発達した。
「そしてエルフが歩くたびにその道に草木が生えるから、その後には道が残らない。だから人が森で遭難する時の例えに、エルフに惑わされたというものがあったりする」
「悪意やいたずらでそのようなことをしているわけではない」
ウェハが口を開いた。気を悪くしたという風には聞こえない。
「人や動物が森を歩くとき、草木を踏み倒しそれが積み重なっていずれ道となる。それが我らにとっては逆になるというだけだ」
エルフという種族はその生活の痕跡を残さない。
それは厳密に言えば、人間からはそこに痕跡があるように見えないだけなのかもしれない。
「エルフにとってはここに道があり、そなたらを案内することができるというわけだ」
「迷いの森という由来も、単に人間が道がわからず迷っているだけということですか」
クリスは微妙過ぎる異名のつき方に呆れてしまう。
ただ、物事とは得てしてそのようなものかもしれなかった。
「いや、まあ、それだけではないのだがな……」
ウェハが言葉を濁す。古い異名だから、他に何かそうした名前がつく事情があったのかもしれなかった。
このあたりはそういう異名があるせいでそもそも人が立ち入らない。
さらに左手を見ればビテリアス山脈が見え、このあたりにも比較的急峻な地形が現れることがある。それもまた危険なのだ。
エルフの道案内が無ければまず踏破は難しい。
リタはそのあたりまで見越して、このルートを考えていたのだ。
つまりイーツクにいたときには、ホウロスでウェハを拾う算段だった。ビグナルディ親子を嵌める用意をしていたのは、更にその前からということになる。
分かってはいたが、リタは相当に準備をしていたのだ。
「敵わないな」
クリスは苦笑する。明らかに箱入り娘だが、無知ではなく、頭が回る少女だ。
ただそこまで出来ても、護衛を用立てる算段の方が難しかったというのが皮肉だった。
冒険者はもう少なく、不要に命を捨てようとするものは更に少ない。
軍や騎士団を頼るのは、政治の問題で難しかったのだろう。
わかりやすい悪人を裁くという政治的な利害一致者は見つけ出せても、少女の無謀な旅に武力を預けられる者はいなかったのだ。
「いい大人がもうちょっとなんとかしてやれなかったのか」
クリスは呟く。
単純にそれが大人の判断だとするなら、つまらない打算に思えた。
「クリス、どうしましたか」
リタがクリスの方を見ていた。
独り言を聞かれてしまったかと焦る。
「何でもありませんよ」
「そうですか?」
リタにじっと見つめられると、美少女すぎるので困る。慣れない。
本当のことを言うことにする。
「リタのことを考えていました」
「え、私ですか」
「感心していたのです」
反応がない。リタを見ると口をぱくぱくしている。
「みゃ、脈絡がなさすぎませんか」
「そうでしょうか」
クリスの中では筋が通っている。リタには伝わっていないだけで。
「たらし……」
「え、何ですか」
「何でもありませんっ。そうではなく、クリス、何か疲れていませんか」
言われて自分の状態を見直す。
筋力と体力が落ちている都合で身体強化の魔法を常時発動しているから、その分かつてよりは疲れやすくなっているとは思う。
恐らくそうした関係で、軽い頭痛と胃のあたりが少し重かった。
ただ、それも術式で緩和できるので大した問題ではないように思える。
「いえ、特に問題ない範囲だと思います」
「そうですか……。いえ、私の気のせいならいいのです」
「心配してくれてありがとうございます」
依頼主に心配をかけていることが申し訳なかった。
しかし、アリゼにリタと二人から体調を心配されている。自分がなにか気づいていないだけで、身体に変調をきたしているのだろうか。
「クリスはなんで剣を二本持ってるの」
アリゼが会話の間を見計らって、クリスに声をかける。
「身分証を見ても別に二刀流の流派じゃないし、ちょっと気になったんだよね」
「それは俺も聞きたいな」
アインがクリスを振り返って言う。
「そっちの剣の方が拵えが良いのに、翼亜竜のときも使っていなかっただろう」
流石によく見ている。
どう答えたものかと思案する。
もちろん正直に言うわけにはいかないのだが、さりとて適当なことを言えば疑われる。
「これは友人の形見なのです」
クリスは目を伏せながら言う。
まるきり嘘というわけでもない。男だった時のクリスの形見ではある。
返事がなくてつと顔を上げる。
リタが不安げにクリスを見ていた。
訪ねたアインやアリゼも気まずそうにしている。
「あー、もしかして、恋人、だったとか」
「え゛」
アリゼの予想外の言葉に返事が裏返る。
だが、冷静に考えれば女性が男物の剣を持っていて、形見と言われればそれを想像する。
クリスのような美人に恋人がいなかった、とするほうが難しい。
「あー、いえ、本当に友人なのですが」
フォローのために言ったはずなのに更に気まずい雰囲気となった。
無理して言い繕ったみたいな感じになっている。
「クリス……」
いやあのリタさん、そんな目をされても。
心配か、不安か、リタの瞳が揺れていた。
「大丈夫ですよ。慣れたとはいいませんが、もう過去のことです」
無理やり言葉をひねり出す。良心がきしむ。
ただ、クリスもかつて冒険の仲間を失ったことがある。
その痛みを久しぶりに思い返していた。
「はい……」
リタが視線を外して目を伏せる。
クリスの何気ない返答で、空気がひどく重かった。
「すみません、何か明るい話をしましょう」
クリスの言葉にアインが軽口を返す。
「じゃあ、俺が昔いたパーティーの笑い話でもしようか」
アインがクリスの提案に乗ってくれていた。彼も話を振ってしまったから、申し訳なく思っていたのだ。
それで歩きながら、アインの話を聞くことになった。




