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20. クリスの不調1

 冒険者の朝は早い。

 夜明け前には起き出して、朝食の準備を始める。

 大抵は当番で持ち回りだが、最近はクリスがもっぱら食事の準備をしていた。

 手をかざして昨日のうちに集めておいた薪に火を付ける。こうして魔法があることで、人は長い旅を続けることができる。

 そして魔法があることで人が独力ないし少人数で旅や冒険をすることが当たり前だったから、そうした方面にノウハウや技術も発達した。

 例えば道具にしても旅のときに持ち運ぶものは軽い方がいいから、天幕(テント)や鍋といったものは軽量化が進んでいた。

 クリスは鍋を火にかける。

 そうした技術の発展があるからこそ、こうして朝から簡単でも温かい朝食が用意できるようになっていた。

 鍋の中には昨日、狩ることの出来た動物の肉やそのあたりで取った草がごった煮になっている。それに塩味だけを付けた、本当に簡素なものだ。

 アインやナセル、アリゼがパーティーに加わってくれたことで、しばしば食料を確保するための狩りができる程度には余裕が出ていた。

「おはよ」

 アリゼが天幕から顔をのぞかせながらあくびをする。

「おはようございます。眠れましたか」

「んーやっぱちょっと狭いかも」

「すみません」

「ああ、違うの。文句とかじゃないから」

 単なる感想、とアリゼはその赤毛をかきあげながら言う。

 実際、天幕は男二人で一つ使っているのに対して、女性陣は四人で一つの天幕を使っていた。狭くて当然だった。

 クリスはクリスで当然男性側の天幕に行くなどと言えるはずもない。

 狭すぎる天幕で女性に囲まれるのはいかがなものかと一瞬考えたが、そもそもリタと一緒に風呂に入っている時点で今更だった。

 更に言えば、三日もすれば慣れてしまう。

 生活の一部となれば、ロマンを感じる余地もない。

「クリスは調子はどう?」

 アリゼは髪をとかしながら言う。

「大丈夫です。少し身体が重い気がしますがそれなりに冒険者をやっていて長いので、これくらいなら体調を崩すことはありませんよ」

「へえ」

 アリゼの何気ない相づちが少し引っかかった。

「何か気になることでもありましたか」

 クリスは何気なさを装って言う。

「んー、なんでもない」

 明らかになんでもないことはなさそうな雰囲気だったが、アリゼ自身がそう言うならそれ以上は踏み込めない。

 彼女はクリスたちに思うことがあるのかもしれなかった。

 だが、それがよくわからない。

 会話がぎこちないが、別に悪意を感じるわけでもない。

「美味しそうだね」

 アリゼが言う。話題をそらされたような気がしないでもない。

「もう少し煮たら、食べられます。アインとナセルを起こしてきてくれますか」

「分かった」

 そう言って、男性側の天幕へ歩いていく。

 クリスも、リタとウェハを起こすために天幕へ歩く。

 天幕を覗くとウェハの姿はなかった。またどこかに散歩でもしに行ったのかもしれなかった。

 リタの横まで這う。

 横向きに寝るその顔に金の髪がかかっていた。そっと指でどけてやる。

 リタの寝顔はまるで絵画に見る妖精のようだった。

 あんまり綺麗だから、起こすことがためらわれた。

「クリス……?」

 寝ぼけた顔でリタの手がクリスの服を掴んだ。見るとリタの顔に寝汗が浮かんでいる。

「どうしましたか」

 ハンカチを取り出して、リタの顔を拭ってやる。リタはクリスにされるままになっている。

「少し、怖い夢を見ました」

「もう少し、こうしていましょうか」

 リタの手を握る。

 クリスもかつては両親にこうしてもらったものだった。 

 リタは小さくクリスの手を握り返す。

「私には実の兄がいます」

 リタが呟くように言う。

「兄はとても優秀な人です。私はそうではなかったので、こうして無謀な旅に出ても気にかけられることもないのです」

「そんなことはありませんよ」

 リタをして優秀でないとする聖王家は何なんだ、と思う。

 血統の問題もあり親戚も多いのだろうが、少なくとも彼女はこの歳の頃では考えられないようなことをやっている。

 それは認められてもいいはずなのだ。

「貴方はよくやっています。他の方がなんと言おうとも、私はそのことをよく知っています」

 クリスの言葉がどれほどリタに届くかはわからない。

 けれど、言わなければ伝わらない。

 リタは寝ぼけ眼でぼんやりとクリスを見ている。

 まだ半分寝ているのかもしれなかった。

 彼女の頭を撫でる。

「そろそろ朝食です。きちんと起きたら、食べに来てください」

 そう言って天幕を出る。

 鍋をぐるぐると回していると、天幕の中からぽふぽふという音がする。

「リタ、起きましたか!」

 天幕の方に呼びかけてみる。

 返事がない。

 どうしたのだろう、と思っているとアリゼがアインとナセルを連れて出てきた。

 ナセルはアリゼに髪を櫛でとかされている。

「朝食はもう出来ているので、食べますか」

「あー、そうする」

 ナセルが眠そうに言う。

 お椀にスープをよそって渡す。

 ナセルは地べたに座って、黙々と食べ始める。

 アリゼが、もうっという顔をしている。

「おはようございます……」

 リタが天幕から出てきた。

「おはようございます」

 クリスはリタに返事をする。少しリタの顔が赤い気がする。

「体調は大丈夫ですか。顔が赤いように見えます」

「……大丈夫です。問題ありません」

 リタが気まずげに視線をそらす。

「本当ですか? 気にせず言ってください」

「以前から思っていましたが、クリスは人たらしと言われたことはありませんか」

「? いえ、ありませんが」

 リタがクリスの隣に座る。

「私も食べます。よそってください」

「食欲があるなら、問題なさそうですね。良かったです」

 リタが半眼でクリスを見ていた。

 そんな表情をされる理由がわからず、首をかしげてしまう。

 そうこうしているうちに、ウェハが木の実を抱えて戻ってきた。

 そうして、六人での朝食となった。

何編かに分けることにしました。

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