17. 翼亜竜との戦闘
よく間違えられるが、翼亜竜は三原種の『龍』の末裔であるとされる竜種とは全く系統が別の生物だ。
翼亜竜は鳥と祖先が同じくするため学術上は鳥の一種とも言えるが、その全翼が十メリと大型の鳥類の十倍以上になる。
巨大すぎるため、かつての人間が竜と間違えるのも道理だった。
「そうか」
頭上の翼亜竜を見て、クリスはつぶやく。目には理解。
「あの翼亜竜が現れたために、大芋虫が人里まで移動せざるを得なくなったのか」
どちらも生物としては巨大すぎ、単純に食料の問題でどちらかが場所を譲らなければならないことがある。
そして生きるか死ぬかの問題になれば、いくら危険でも食料を求めて人里まで下りてくる。
アインが頷きつつクリスの考え補強する。
「翼亜竜はその場の生態系に与える影響が大きすぎるため、数年ごとに住処を変えると言われている。恐らく、あの翼亜竜はこの地に数十年ぶりに帰ってきたのだろう。四十年も遡れば、カーナ村はまだ存在しない」
事情がわかってみればカーナ村を襲った悲劇は人の生活圏の広がりと、生物としての習性とのぶつかり合いというよくある出来事に過ぎない。
過ぎないが、人が死んでいてクリスたちも今危機にさらされている。
人が死ねば人間にとっては一大事なのだ。
「ところで、」
アインがつぶやく。
「こんなときに呑気に喋っていていいのか、美人なお嬢さん。あれ、まじ死ねるぞ。っつーかさっきまで死んでた」
「知っています。後、お世辞を言うくらいなら黙ってください」
クリスはバッサリと返事をする。
そんなことよりリタが気になった。リタが不用意に動こうとはしていないことに安心する。
一刻も早く彼女のもとに駆けつけたかった。
アインはまだしゃべる。
「世辞じゃねえぞ」
「ウェハ以外に目が入らないご様子だったのに、お世辞以外の何がありますか」
アインが黙る。
というかアインのことなどどうでもいい。
このままあの翼亜竜がどこかに行ってくれればそれでいいと願う。
もし戦ったとしてもクリスだけなら生き残れる。だが、リタが危険過ぎる。
翼亜竜が咆哮。
クリスたちに向かって滑空して下りてくる。
「くそっ」
悪態をつきながらクリスは走り出す。
せめてリタを戦いの場所から離したかった。
翼亜竜が木々をなぎ倒しながら着地。
リタが巻き込まれていないことにホッとするまもなく、クリスは翼亜竜に向けて《硝爆》の術式を発動。
近年開発されたこの術式は、《黒薬》の数倍の威力を持つ。
人間に向けて撃てば人体ごと吹き飛ぶ。
だが、
「効いてない」
上手く当てれば翼くらいは吹き飛ばせるはずの魔法が、表面の皮を剥いだ程度で止まっていた。
明らかに威力が落ちていた。
《蛙呪》によって身体が女性になった影響で魔力の運用が上手くいっていないのだ。
翼亜竜が再び咆哮。
クリスに向かって突進する。
翼亜竜と大型の鳥類を比較すると、全翼や体長がそれぞれ約十倍の長さとなっている。
大型の鳥類の体重が約一キログロムであることから、翼亜竜の体重を計算すると十の三乗で千倍され一トルトンと計算できる。
その体重では普通、空を飛ぶことはおろか自重で自身の身体が潰れる。
だがこの惑星の巨大生物たちは各種術式を恒常的に発動することで、身体を強化して人よりも早く走り、ジェット噴射で空をも飛ぶ。
そもそも人が使う魔法の大半が、他の生物が使用している魔法を解析し、人間が使えるように再開発したものなのだ。
翼亜竜が時速六十キロメリはありそうな速度で突っ込んでくる。
一トルトンはある質量にその速度で突っ込まれればまず死ぬ。
クリスは《噴出》の術式で横っ飛びに回避。
「いや、まじで死ぬ」
以前のクリスならまだなんとかなった。
勇者のパーティーでは翼亜竜程度は、自力でどうにかできないと付いていくことすらままならなかったのだ。
「とにかく動きを止める」
《鉄鎖》の術式を三重展開。
「一つで駄目なら、二つ三つと重ねるしかない」
今のクリスでは単発の威力が保証できないから数で押し切るしかないのだ。
翼亜竜に鉄の鎖が巻き付き、拘束。
更に、鎖を操作して首を締め上げる。
「魔物もまた、生物の延長線に過ぎない。異界から召喚される悪魔や異形のような、そもそもどうやったら死ぬのかすらわからない不死のものではないから、こうして搦手を取ることもできる」
どれほど巨大でも所詮生物で、首を締めて窒息させるか、頚椎を折れば死ぬ。
翼亜竜が苦しげな声を上げながら暴れる。
鉄の鎖が引きちぎられそうになっていた。翼亜竜が魔力を使って身体能力を更に強化しているのだ。
さらに翼亜竜の口内が発光。
術式が作動し、可燃性ガスが漏れる。
「まずっ、」
クリスは術式を中断して飛び退く。
《吐炎》の術式で生成された可燃性ガスが着火、火炎放射となってクリスがいた場所を通り過ぎていく。
金属が破砕された音が響く。翼亜竜の拘束が解けている。
怒りの咆哮とともにクリスに翼亜竜の尾が殺到。
《噴出》は間に合わないと判断して剣で受ける。
純粋な質量と速度で吹き飛ばされる。流しきれない。骨が何本かイッた感じがする。
受け身を取りながら地面に転がる。
「火事になるぞ、自分で自分の住処を焼いてどうする」
言いながらクリスは立ち上がる。
翼亜竜のブレスで森が延焼していた。
翼亜竜が再びクリスに突進、しようとして翼亜竜に魔法が直撃。
翼亜竜の意識がそちらに向く。
アインが剣を構えていた。
「おら爬虫類! 俺が相手だ!」
多分、クリス一人に戦わせているのが忍びなくて出てきたのだ。
思ったより義理堅い男だった。
そしてもうひとりいるなら、取れる戦術が変わる。
「アイン! 一分時間を稼いでください! 私がなんとかします!」
「分かった!」
さっきまでほぼ死人だった男に頼むのは忍びなかったが、時間がいる。
「ココから教えてもらっただけで、危険な上に成功するかわからないが使うしかない」
術式の展開を開始。
魔法的に隔離した結界の中で、魔法を更に発動。失敗が許されない魔法で、緊張で汗がでる。
術式が完成したのをみて、アインを追いかける翼亜竜に再び《鉄鎖》を発動。
今度はただ動きが止まればいい。
アインも《鉄鎖》を発動。
動きが止まったのを見て手元に置いていた術式を開放。
翼亜竜が苦しみだす。
「身体強化の術式で代謝が早くなっていれば、更に辛いはずだ」
無味無臭の神経ガスを精製する《壊霧》の術式は、呼吸からだけではなく皮膚からも吸収され神経を破壊する。
毒性が強すぎ、制御に失敗すると術者や周りの人間にも被害を及ぼすため使いたくなかったのだ。
というか、今も本当に制御できているかわからない。
無味無臭なので自分も毒を浴びているかもしれなかった。
翼亜竜の声と動きが急速に小さくなっていく。
とうとう翼亜竜が、どう、と倒れ伏す。
意識が完全に消えていることを確認して、慎重に術式を解除。
息をつく。脇腹が痛い。
「半端ねえな、あんた」
アインが近づいてくる。
顔には感嘆があった。
「一人で勝っちまった」
「いえ、貴方がいなければ危ないところでした」
本当にいきあたりばったりの戦闘で、危険な戦いだった。
リタたちが駆け寄って来ているのを見て安心する。
ふっと力が抜けた。
少し笑いながら、クリスは声を上げる。
「リタ! 大丈夫でしたか!」