16. 村の依頼
クリスたちは森、というよりは林を歩く。
村長によれば、半日歩いたところに大芋虫がいるという。最初のパーティーが決死で持ち帰った情報だった。
「ウェハはなぜ付いてきているのですか」
「村に残っても気まずいだけだ」
確かにエルフは普段見ることはないから、隠さないとやたらと注目を浴びてしまう。
そして屋内でも外套を着ていればただの不審者だ。
「それに目的は討伐ではないのだろう」
「二つのパーティーが全滅している案件をこのメンバーで受けようとは思いません。あくまで調査とまだ生きていれば救助です。ウェハが手伝ってくれるなら考えますが」
「それは無理だな」
ウェハの返答にクリスは肩をすくめる。
「リタは連れてきてよかったのか」
「依頼主のご希望なので……」
「私も治癒の魔法の心得はあります」
「まだ生きているかも微妙ですよ」
クリスとしてはリタには村に残っていてほしかったという気持ちはある。
わざわざ、危険に飛び込む理由はないのだ。
「村にいたからといって安全とは限りません。クリスの近くにいた方がいいと思ったのです」
正論といえば正論かもしれなかった。
ウェハを見る。彼女はリタの命が危なくなったとき助けてくれるだろうか。
「しかし、大芋虫がここまで村の近くまで来ているなど何があったのでしょうか」
リタが疑問の声を上げる。
「わかりません。魔物たちにとっても人里に近づくことは危険なので、わざわざ近づくことはしないはずですが」
「つまり、人里に近づかなければならない理由があったということでしょうか」
魔物とは大雑把に野生動物よりも強靭かつ、動物ほどの知性ではあるもののその生態に魔法を利用しているものを指す。
つまり行動原理は動物とさほど変わらないため、その行動には単純な理由があるはずだ。
既に二つのパーティーが壊滅していることといい、嫌な予感がする。
更に四時間程歩いていると急に視界がひらける。
木がなぎ倒されていた。
幹を見ると爪で引っ掻いたような大きな傷が付いている。
木のそばに人が倒れている。息がある。
「治癒を!」
リタが駆け寄って魔法をかけようとする。
それをウェハが押し止める。
「そなたは向こうの二人を。この者は私が治療しよう」
「手伝わないのではなかったのですか」
「討伐を手伝わないと言っただけで、傷つき倒れているものを前にして見捨てるほど私は冷血ではない」
ウェハが言いながら木のそばに倒れていた男の顔に手を添える。発光。
リタもさらに向こうで倒れていた男女を治療している。
クリスは周りを見渡す。
怪我をして息があるということは、戦闘があってからさほど時間が経っていないということだ。
魔物がまだ近くにいるかも知れなかった。
「なんとかなりそうです」
リタが額に汗を浮かべながら呟いた。
リタの治癒魔法の技術も相当なものだった。骨折すら治癒しているように見える。ただ、魔力の流れに違和感を覚える。
リタの魔法の使い方は、ケイアスの魔法の使い方に似ていた。
頭をかしげつつウェハを見る。
こちらはさらに高度な魔法だった。ほとんどの怪我を完全に治している。
「すさまじい」
思わず呟いていた。
彼女がいれば殉職する人間は激減するだろう。
それでなくても、魔法の仕組みを解析してみたかった。
ウェハに治療されていた男のまぶたが少し開く。
男の口から声が漏れる。
「女神が見える……俺は死んだのか……」
「誰が女神だ」
ウェハが苦笑するようにつぶやく。
その声を聞いて男が覚醒。飛び起きる。
男は確認するように自分の身体を触る。
「い、生きている、のか? 誰かは知らないが、」
男がウェハを見る。声が止まる。男の呼吸まで止まったように見える。
「どうした? どこかまだ悪いか?」
ウェハが声をかける。
男が呆然としたように言う。
「美しい……女神だ……」
「何?」
「貴方のお名前を教えていただけますか」
「? ウェハという」
「ウェハさん、とてもいいお名前ですね。俺はアインといいます。俺と結婚を前提にしたお付き合いをしていただけませんか」
ウェハの顔が固まる。クリスの顔も固まる。
唐突なプロポーズに頭がついていけない。
「そなたは錯乱しているようだ。今はそのような冗談を言っている場合ではない」
「いいえ、俺にとっては大事なことです」
至極真面目そうにアインと名乗った男が言う。
状況が状況だけにかなり残念に見える。
クリスが割って入る。
そんなことより聞きたいことがあった。
「ここで戦闘があったのですか? 大芋虫は討伐したのでしょうか?」
アインが今はじめてクリスの存在に気づいた、というような顔をしていた。
ウェハに見とれすぎだろ。
「いや、大芋虫は……まずい、早くここから離れろ」
アインが思い出したように立ち上がる。明らかに焦っていた。
「どうしたのですか? 大芋虫がそれほど脅威だったのでしょうか」
「違う、大芋虫は既に討伐した。まずいのは、」
頭上に影が差す。
三人が揃って空を見る。
クリスの顔がひきつる。
「なぜ、こんなところに、翼亜竜がいる」
巨大な翼を広げ、魔物では最高の生物のひとつがクリスたちを空から睥睨していた。