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15. カーナ村の事情

 ホウロスから更に北東を目指そうとすると、大抵は馬を借りることになる。

 自動車と呼ばれる、汽車のように早い個人用の乗り物があるという噂は聞いているものの、まず個人で持っているのは物好きと金持ちだけだ。

 馬宿で馬を二頭借りる。

「ここから二日行ったところの、カーナという村に預けてくれればいいから」

 そう言われ、クリスの前にリタを乗せ、ウェハとともに馬を駆る。

 カーナ村がここから北にある最後の人間の村だという。

「食料など、十分に準備はしたつもりですが、竜の国となると途中からは自給自足となるでしょうね」

 魔法があっても、快適な旅路とはいかないだろう。

 ココとエーリカに買ってもらった服は、聖都に送るしかなかった。まず冒険の途中で捨てることになるからだ。

 クリスはケイアスやジェラルドと何度もそうした冒険をしてきた。だが、人類未踏の地を行くのは初めてだ。

 どれほど準備をしても足りる気がしなかった。

「クリスを信じます」

「リタにクマや虫などが食べれますか」

「……がんばります」

 想像して嫌な気分になったというように、リタが顔をしかめている。

 ただ普通の箱入り娘なら、食べることを拒むだろう。リタがそうではないことが少し嬉しい。

「冗談です。本当に食べれないものがあったら言ってください。何よりも貴方の健康が第一です」

 言いながら髪を撫でる。少し甘いかなと思うが、厳しすぎるよりずっといい気がした。

 リタは、雇い主であって冒険者ではないのだ。

「本当ですか?」

「はい」

 リタが不安そうに問い返したのに対して、微笑んで見せる。

 リタが安心したように、クリスの身体に背を預ける。

「何をイチャついておる」

 ウェハが器用に馬の上で肘を付きながら、二人を見ていた。

 正気に返る。

「いいいい、イチャついてなんていませんよ!?」

 我ながら挙動不審すぎた。

 リタも恥ずかしいものを見られたと思ったのか、顔を赤らめている。

「ふん、私だって勉強しておるのだ。人はそういうのをイチャつくというのだろう。我らには生殖というものがないから性欲という概念がわからんが、子を作れぬ同性であっても性欲というのはあるのか」

「だから、イチャついてません!」

 クリスは必死に抗弁する。

 ウェハの物言いが率直すぎて、リタの顔が耳まで真っ赤になっていた。

 この話をこのままされるのはまずい。色々とまずい。

 そう思って、話題を逸らそうと頭を巡らす。

「ウェハはなぜホウロスの地下牢にいたのですか。貴方ならすぐに抜け出せたでしょう。それに、あまり人里に慣れていないような気がしますが、どれくらいの期間こちらにいるのですか」

 ウェハが気まずげに視線をそらした。

 ボソボソとなにか言っている。

「……ったのだ」

「なんですか?」

「――迷ったのだ」

「は?」

「だから、道に迷って、街から出られなくなったから、地下牢でおとなしくしていた!」

 思いがけない理由にリタと二人してポカンとなる。

 街の中で迷って行き先にたどり着けない、と言うならわかる。

 だが、街から出られないというのは意味がわからない。

 ウェハがやけくそ気味に言う。

「汝ら人間もときとして森で迷い遭難してしまうように、我らエルフにとって人の街とは、方向感覚が狂ってしまう迷路のようなものだ。魔力の流れなどが不自然で不均衡だから、どこに行けばいいのかわからなくなるのだ」

「えー」

「クリス、そなた、信じてないな」

「いえ、そんなことは、ええ、ありませんとも」

 嘘だ。単に目の前のエルフが異常な方向音痴なだけではないかと、心のどこかで疑っていた。

「ふん、たしかに私の言葉を証明する方法はないがな。だから、私は人里に降りてもなるべく街には近づかないようにしていたのだ」

 人里に慣れていないのはそのせいか。

 神秘的で恐れ多い印象だったウェハが、どんどんポンコツっぽく見えてくる。

 なんだろう、この妙な愛嬌のあるエルフは。

「まあ、他にも理由はあるが」

「他の理由ですか?」

「気にするな。今は関係がない」

 そう言って、馬に座り直す。

「では、人の生殖の話について詳しく聞こうか」

「もう迷子の話については触れませんから、それは勘弁してください」

「ささやかな復讐といったところだ」

 ウェハが小さく舌を出した。



 予定に大きな狂いもなく三人はカーナ村に着いた。

 村の入口で馬を降りると、村人が自然と集まってくる。

 旅人がそれほど珍しいのか、と思うがそれにしては雰囲気が変だ。

 村人の安堵の声や、女三人かという失望の声が聞こえるのだ。

 程なくして、村人の中から中央を割って四十か五十代くらいの男が、三人の前に現れる。

 男が会うなり頭を下げる。

「お待ちしておりました」

 まさかリタの正体がバレたのかとクリスは身を固くする。

 リタが一歩前に出て、男に返事をする。

「あの、私達はこの村には初めて来るのですが、どういうことでしょうか」

「――? ギルドの依頼でいらっしゃったのではないのですか?」

「依頼、ですか?」

 リタがクリスを見る。

 クリスは首を振る。依頼など受けていなかった。

 リタが申し訳無さそうに告げる。

「あの、人違いではないでしょうか。私達は更に北へ行くために、一時的にこの村を通っただけなのです」

「そんな」

 男の声には失望。

 村人たちも肩を落としている。

 ギルドは何をやっているんだ、とか、最近のギルドは対応がおそすぎる、という声が散見される。

 しまいにはその場で泣き出す女達が出てしまい、陰鬱な雰囲気がその場を支配する。

 クリスとリタは顔を見合わせる。ただ事ではない雰囲気だった。

「そなたらの好きにすれば良い」

 ウェハは我関せずとばかりに、ポリポリとどこかで取った草を食んでいる。このエルフはマイペースすぎる。

 こんな場所で足止めを食らっている場合ではない、という気持ちはある。

 だが一方で彼らの事情も聞かずに、見捨ててしまうことに強い抵抗を感じる。

 リタも同じだったようで、乞うようにクリスを見ている。

 クリスは無言で頷く。

「あの、よろしければ事情を聞かせていただけないでしょうか。何か力になれるかもしれません」



「最初は、村の家畜が襲われ、とうとう村の娘の一人が消えました」

 村長だという男の家に通され、三人は出されたお茶を前にして座っていた。

 村長の話が陰鬱に続けられる。

「すぐに村の男達が狩りに乗り出しましたが、全員が死亡か重症を負う事態となってしまいました。手に負えないと判断し、ギルドを通して冒険者に依頼を出したのが三週間前です」

 それで解決していれば今のような状況になっていないだろう。

 予想通り、ですが、と村長の言葉が続けられる。

「派遣された冒険者も全滅し、ギルドに再び依頼を出したのですが、未だに追加の人員が派遣されません。一体ホウロスのギルドは何をやっているのでしょうか」

 村長は首をふるばかりだ。

 一方でクリスとリタは気まずい気分になっていた。

 冒険者ギルドの対応が遅いのは、クリスとリタがホウロスでビグナルディを派手に捕まえたせいだ。

 あれで冒険者ギルドの関係者にも癒着が発覚し、ギルドの普段の運営が滞っているのだ。

 思わぬところに二人が蒔いた火種が飛び火していた。

 クリスは、少し気になったことを聞く。冒険者パーティーが全滅するほどの魔物が放置された割には、村自体には大きな被害がないように思える。

「二週間近く、どうしていたのですか」

「運良く通りがかったパーティーに討伐を依頼しました。今日で四日になりますが、いまだ帰ってきていないことを考えると、もう……」

 そう言って村長は首をふる。

 辺境の魔物、と侮るには被害が出すぎていた。

 軽々に討伐の依頼を受けては危険かもしれなかった。

 リタも考え込んでいる。

「私は付き合わぬぞ」

 ウェハが言う。村の空気もお構いなしだった。

「私が請け負ったのは道案内だけで、人と魔物のどちらにも肩入れは出来ぬ」

 調和を司るエルフらしい言葉だった。

 クリスはうなずく。もとよりウェハの力を借りるつもりはなかった。

 そっとリタに耳打ちする。

「私は大丈夫です。リタの思うように、返答ください」

 リタが少し目を見開く。

 そして小さく頷く。

 リタの口が開く。

「報酬と、より詳しい情報を教えていただけますか」

王道冒険モノの導入のようなものが書いてみたかったので満足です。

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