13. エルフとの邂逅
「手紙ですか?」
リタがクリスの手元を覗き込む。クリスの手には封筒が握られていた。
「はい。友人に近況を報告しようと思いまして」
昨日の夜に旅館でしたためた便箋には、クリスの近況と夜逃げについての謝罪がしたためてある。
やはり、ケイアスのことが気がかりだった。
あの告白で逃げてしまったことは失敗だったのではないかと今でも少し思うのだ。
――いや、でも、うーん。
考えるのをやめた。結論なんぞ出るわけがない。
「あ、リタのことは書いていませんよ」
「そのことは心配していませんよ」
リタに苦笑される。
リタがアーリア聖王国の王女だということは、当然ながら二人の秘密ということになっていた。
クリスは思案顔になる。
「リタに信頼されることは嬉しいのですが、大丈夫ですか。私と貴方はまだ出会って一週間も経っていないのですよ」
「では、タチリスの政治に介入できる正体不明の少女、とでもしておきますか? どちらにせよいずれバレるのでしたら、信頼関係のために私から話すべきだと思いました」
それに、とリタは続ける。
「これからエルフの方を迎えに行けば私の正体はほとんど暴かれたようなものです。他国の司法や警察権に介入しているのですから」
多少家柄の良い子女では出来ないことだった。
結局の所それができる人間ということで、自ずと絞れてしまうのだ。
ただ、クリスの懸念はそれだけではない。
「私のことを信頼した理由はなんですか。自分で言うのもなんですが、私は相当怪しく見えると思います」
「クリスが私のもとに訪れるタイミングは良すぎました。それに私の依頼をかなり簡単に引き受けたことから、私を監視もしくは護衛の依頼を誰かからを請け負った人間だとあたりを付けました。殺害の線は私を殺したところで何の利益もなく、聖王国を敵に回す理由がどこの派閥にもないため無視しました」
淡々とリタが事実を述べていく。
「そして、クリスがあまりにも私の正体について知らないようだったことと、無警戒に聖王国発行の身分証を出したことから、事情を知らされていなかったのだと考えました」
リタの指がクリスの頬に触れる。
「それにクリスは昨日も私を守ってくれました。あれで信頼しないとなると、私は誰も信頼できず誰の協力も仰げなくなってしまいます」
リタの指が愛おしげにクリスの頬を撫でる。
「あの、リタ?」
「冒険の仲間というものに憧れていましたが、こういう関係を言うのでしょうか」
いえ、そんな風に頬を撫でたりはしないと思います。
大人顔負けの立ち回りをするこの少女は、妙なところで世間知らずだ。
普通はこういうことはしないということを指摘しようかと思ったが、頬に触れる指が気持ちよくてやめてしまう。
これは、親愛であって、煩悩とか、そういうものではない。
そう、断じてないのだ。
「私も、リタの冒険の仲間と認めてくれると嬉しいです」
リタがクリスの言葉にはにかむように笑う。
「クリスの手紙を出して、エルフの方を迎えに行きましょう」
リタに手を引かれる。
彼女がまるで冒険に憧れる年相応の少女に見えた。
「こちらです」
タチリスの国家憲兵隊の一人に連れられて、クリスとリタは地下への階段を進む。
ホウロスの地方憲兵はビグナルディとの癒着の疑いで、その多くが拘束されていた。
そのため、国家憲兵隊が一時的に職務を引き継いでいるのだ。
「地下牢にエルフを幽閉していたのですか」
「タチリスでは憲兵所の多くがかつての王政時代に建てられたものをそのまま使っています。地下牢などが残っているものも珍しくないのです」
男が恐縮しながら言う。目には恐怖があった。
エルフは、民話や童謡にもよく出てくる存在で、悪い子はエルフに連れて行かれるという話もあった。
それ以上に、エルフはほとんど遭遇の機会がなく、未知の存在で恐ろしいのだ。
階段を降りきる。
地下牢を小さなロウソクの光だけが照らしている、割には妙に明るい。
顔を見合わせる。
クリスは剣に手をかけながらゆっくりと進む。
エルフが捕まっているとされる牢の前まで来る。
その光景を見て絶句。
「なん、だ、これは」
地下牢に草原、というか花畑が広がっている。
その中心に、女性が一人座っている。彼女の周りが光って、地下牢が照らされていたのだ。
女性は耳が長く、非現実的な美貌をしている。まるで、この世から今にも消えてしまいそうな儚さが、その美貌に同居していた。
「精霊の末裔とされるエルフは、自然と調和し、自然と常に共にあると言われていますが、これほどとは」
リタも自分の見ているものが信じられないようだった。
地下牢の中で座っていたエルフが、目を開いた。
「人の子らよ、私に何か用か」
エルフの声は普通の肉声のように聞こえた。それでようやく、彼女に実体があるように思えた。
リタが一歩前に出た。
「私の名前は、リタリア・ディ・アダスン・アーリアと言います。貴方のお名前をお聞かせください」
エルフには嘘が通用しない、という言い伝えがある。それが本当かはわからないが、本名を言ったほうが良いとリタは判断したのだ。
エルフはうなづくと、口を開く。
「私は、ウェハ・デ・ハゥナ・ザンカ・ジェンナ・アリ……いや、やめよう。私の名前はウェハと呼んでくれ」
どれだけ長いんだエルフの名前は。
「それで、重ねて問うが私に何用だ」
「貴方をこの牢屋から出し、お願いしたいことがあるのです」
「そうか」
ウェハが鷹揚に頷く。
エルフは平均寿命が一千歳とされ、若く見えても実際は遥かに年上である場合が多い。
人間から見ると、そんな彼らの態度は尊大に見えてしまうことがあるのだ。
「人が出ても良いと言うなら、人の法に従うこととしよう」
ウェハが立ち上がる。
彼女が一歩踏み出すごとに草花が、石畳みの間から芽吹く。
牢の扉がひとりでに解錠し、開く。
「捕まえたって言うよりは、厚意でとどまってくれていただけ、というのが正しいな」
笑えない光景だった。
犯罪者を拘置する施設なのだから、牢自体も見た目より堅牢で魔法などを使えなくしたりする工夫もなされている。
恐らくウェハはそれらを内部から解体してしまっていた。
隣を見ると憲兵隊の男が冷や汗をかいている。
「人の子よ、私に頼みとは何だ」
リタの前に立ちウェハが言う。
「ここでは立ち話になってしまいますし、私たちが借りている宿まで来ていただけますか」
「宿か、人間の文化の一つだな」
エルフの世界には宿もないらしい。
ほとんど変わらない表情で、抑揚もなくウェハがつぶやく。
「楽しみだ」
ねんがんのエルフをしゅつえんさせたぞ!
以下謝辞。
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