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12. 幕間 勇者の葛藤

「おい、昼だぞ。いい加減起きろ、ケイアス」

「おきろー」

 舌っ足らずな声とともに、ケイアスの背に五歳児の質量が落下。衝撃。

「ぐえ」

 ケイアスの背が弓形に反り、口から声が漏れる。ぷるぷると震えているのがわかる。

 ケイアスはうつむきの姿勢から、寝返りをうって仰向きに向き直る。

「……おはよう、アンネちゃん」

「おはよう、ケイ!」

「うんうん、元気なのは良いことだけど、背中に飛び乗るのはやめてくれると嬉しいかな……」

「でもお父さんがこうして起こすと良いって」

 ケイアスの目が扉のそばに立っているジェラルドに向く。

 娘に適当なことを教え込んでいる父親に抗議の視線を向ける。

 ジェラルドはそっぽを向いている。

 ケイアスはアンネを両手で支えてベッドの上から下ろしてやる。顔には微笑。

「アンネちゃんはちゃんと朝起きて、お手伝いしてるんだってね。きっと良いお嫁さんになるよ」

「本当? わたし、ケイのお嫁さんになりたい!」

「うんうん、そうだね、」

 背後から殺気。ケイアスの言葉が中断する。

 恐ろしい顔のジェラルドがケイアスを見つめている。

『てめえ、うちの娘に手を出したらぶち殺してやる』という目をしている。

 冷や汗を流しながらケイアスは続く言葉を変える。

「でも、きっともっと良い人がアンネちゃんには見つかるよ。お父さんみたいな」

「えー」

 子供の無邪気な返答にジェラルドが死んだ目をしている。

 ケイアスは小さく笑って、アンネの頭を撫でる。

「お昼ごはんのときは行くから、下でお母さんを手伝っておいで」

「うん」

 たったった、と少女が駆けていく。素直な子供の反応に目を細める。

 感慨に浸っていると、影が差す。

 ジェラルドが目の前に立っている。真剣な表情をしている。

「ケイアス、お前、寝れてないだろ」

「今の今まで寝てたやつにそれを言いますか」

「目の周りのクマがひでえんだよ」

 手鏡を渡される。顔を見ると明らかに憔悴した自分の姿が映る。

 全く自覚がなかった。

 勇者は、聖剣を持つと体力が賦活されるため、多少の無理がきいてしまうのだ。

 ケイアスは軽く笑って言う。

「勇者ですし? 多少は大丈夫ですよ」

「クリスが忘れられないのか」

 唐突な言葉の暴力に一瞬でケイアスが轟沈。ベッドに倒れ込む。

 枕に突っ伏した後、身悶えするように身体が右へ左へ回転する。


「あ゛あ゛あ゛あ゛――――!」


 ケイアスは枕に向かって言葉にならない声で叫ぶ。

 ジェラルドがそれを呆れた顔で見ていた。

「いやお前、そんなに後悔するならあんな事言うなよ」

「ぐはっ」

 ジェラルドの正論が突き刺さってケイアスが呻く。

 ケイアスのうめき声を聞きつけたのか、ココとエーリカが顔を覗かせる。

 クリスに夜逃げされてしまったケイアスたちは今、ジェラルドの家に来ていた。

 クリスが宿にいないことに気づくと探しに出かけようとしたケイアスを、ジェラルドが羽交い締めにして止め、ココとエーリカも使ってなだめすかし、どうにかこうにかクリスがパーティーを抜けたことを納得させた。

 と思ったら、ケイアスは今度は死人のようになり、

「なぜ……俺は……あんなことを」

 と言うだけの存在になってしまったため、強引にジェラルドが家に連れ帰った。

 ココとエーリカも流石に心配し、予定を曲げてジェラルドの家に付いて来ていた。

「いや違うんですよ」

 ケイアスが枕に突っ伏しながら言う。

 ジェラルドとココとエーリカが情けなさ過ぎる勇者の姿を見ながら、言葉の続きを待つ。

「あのときはそう、酔っ払ってたんです」

「その言い訳を聞くの四回目だぞ」

「っていうかあのマジな愛の告白を酒のせいにするとかダサすぎませんか」

「ケイアス、かっこ悪い」

 言葉が、槍となり剣となり銃弾となりケイアスに突き刺さる。勇者が沈黙。

 人類の守護者と呼ばれる存在がなすすべもない。

「あの悪魔天才かもしれん」

 ジェラルドがつぶやく。

 たった一つの呪いで、最強とされる勇者を行動不能に陥れていた。

 どうしたの、とジェラルドの妻までのぞきに来ていた。

 ケイアスは、観念したようにため息を吐く。


「本当のことを言います。女になったクリスの顔と身体がめちゃくちゃ好みでした」


 女性陣が一斉に半眼になる。表情には『最低』と書いてあるのがありありとわかる。

 少し心の中で同意しかけたジェラルドが、女性陣の顔を見て咳払いをする。ここで社会的に死ぬのはケイアスだけでいい。

 と考えていたら、妻がじっとジェラルドの横顔を見ている。

 そしてジェラルドの耳元でそっとささやきかける。

「後で家族会議ね」

 死んだ。

 死人のようになった男二人を放って、女性陣が階下に降りていく。昼食の内容で盛り上がっていた。

 姦しい声が聞こえなくなると、ジェラルドがつぶやく。

「あまり思い詰めるな」

「何のことですか」

「お前が夜中に叫び声を上げて起きてるのは気づいてるんだよ」

 ジェラルドが出来の悪い弟でも見るように、ケイアスに言う。

 多分、アンネを除いたこの家にいる人間は全員気づいている。ただ、触れていい事情かわからなくて、気づかないふりをしていたのだ。

 ケイアスが起き上がって、驚いたようにジェラルドを見ている。

「そんなにひどかったですか」

「自覚がないのか」

 ケイアスが自嘲気味に首を振る。

「なんか、寝ると悪夢になっちゃうみたいで。それで寝てなかったんですけど、ちょっとまずいですね」

 明らかにクリスが離れてから、ケイアスは心のバランスを崩している。

 クリスがケイアスの友情に乗っかってパーティーに加えさせてもらっている、というのが他人の認識だが、実際はケイアスのほうがクリスに依存していたのだ。

 ジェラルドは言葉をかける。

「クリスの書き置きは読んだだろ。お前に愛想を尽かしたわけでもなければ、絶縁を突きつけたわけでもない。お前の告白云々は置いておいて、パーティーを離れたのはお前を気遣っての決断だぞ」

「でも、クリスは今回のことで何も得をしていませんよね」

 得? とジェラルドは首をかしげる。

「クリスは俺の勇者の仕事に付き合って、女となってしまって、今までの名声や地位すら失ってしまっている。でも俺は働きが評価されて、人々からは感謝され、クソ忌々しい勇者の家督すら授けられようとしている。これって何なんでしょうね」

 吐き捨てるようにケイアスが言う。

「クリスも承知していたことで、お前が責任を感じることじゃない」

 ジェラルドはそう言うしかない。

 ケイアスは笑いながら言う。その笑いには、心底嫌になったという自棄がはらんでいた。

「今回のことだけじゃないんですよ。クリスは俺の命の恩人なんです。俺が()()()()()()()()に、行き倒れてたところを見つけて助けてくれたのはクリスとクリスの家族なんです」

 ジェラルドはクリスがいないときにケイアスから何度もその話を聞いていた。

 ケイアスはそれ以前の自分のことを全く話さない。クリスも知らないのだから、多分知っている人間はほとんどいない。

 そしてクリスやその家族に救われたのなら、ケイアスに取ってその時間こそがかけがえの無いものだったのだ。

「町が襲われて、俺とクリスだけが命からがら逃げ出せて。今でも俺の命を使うところはあの時だったと後悔しますよ。ずっとあのときの風景が目から離れないんです」

 ケイアスがここのところ見ている悪夢は、過去のフラッシュバックだったのだ。

 ジェラルドは、ケイアスとクリスがまだ少年で彼に師事し始めた頃を思い出す。あのときも、ケイアスは悪夢で夜中に飛び起きていた。

 徐々に収まっていったため時間が解決すると思っていたが、また再発している。

「たまたまオムニキスに触れて、選ばれてしまったときは震えましたよ。あの町は俺がいたから焼かれたんです」

「それは何の証拠もない妄想だ。落ち着け。その時はお前自身ですらオムニキスの起動権があることなど知らなかった。不特定の誰かがわかるはずがない」

 確かにケイアスとクリスの故郷の消滅には不審な点が多い。だがそれを持って、勇者を事前に消そうとした、と考えるのは妄想の領域だった。

 だが、ジェラルドの言葉をほとんど聞いていないようにケイアスは続ける。

「俺がいなければ、俺を助けなければ、クリスは普通に恋愛をして、普通に家庭を築き、普通に子を設け、普通に生きたでしょう。おばさんもおじさんも死なず、アメリアも美しい女性となり、クリスは剣士になることもなかった」

「それは妄想の上にある結果論で、意味がない。ケイアス、クリスの境遇はお前の責任ではない。クリスがそれを聞けば、怒って哀しむだろう」

 実際、勇者となるケイアスを追いかけていたのはクリス自身の意志だ。

 そして町が焼かれたときにケイアスを助けようとしたのはクリスの家族の意思だろう。子供を守ろうと大人が犠牲になってしまうのは悲しいことだが、自然な心の動きでもあるのだ。

 ケイアスの中で堆積し続けた罪悪感が、澱のように溜まって心の底で淀みきってしまっていた。

 女となったクリスにケイアスが向けた感情が、本当に性愛や愛欲と呼ばれるものだったのかすらわからない。

「クリスはずっと俺を支えて、今も自分を犠牲にしている。俺は、まだ何もクリスに返せてない。恩も何もかも、借りっぱなしのままだ」

 ケイアスの心からの叫びだった。

 そして、多分クリスも同じことをケイアスに対して思っていた。

 ジェラルドは最初、自分がクリスにパーティーを抜けるように提案するつもりだった。

 呪いにかかってあれだけのものを失えば、普通勇者のそばにいるという立場くらいは守ろうと考えてしまうからだ。

 だが、クリスはあっさりと自分がパーティーを抜ける決断を自分で下した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と考えていたからだ。

 哀しいほどに二人は互いを思い合っていたのだ。

「だが、クリスは死んだわけじゃない」

 虚しい言葉かもしれなかった。

 けれど、ジェラルドは言わずにはいられなかった。

 後悔があった。きっと、ケイアスとクリスの二人をもっとうまく取り持つことが出来たはずなのだ。

 ケイアスの苦しみを少しでも取り除いてやれたかもしれなかった。

「クリスの故郷や親族は戻ってこない。だが、クリスは生きている。生きていればまたいずれ会うこともできる。そのときに返せばいい」

 何の根拠もなく言う。言うしかなかった。

「大丈夫だ。絶対にまた会えるさ」

ケイアスのフォローを何も入れないままだったので書きました。

本当はもう少し前の方に書いとくべきだったなあとか思っています。

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