表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/40

11. ホウロスからの脱出

「リタ、逃げますよ」

「え?」

 言うや否や、クリスは自分の肉体に強化術式を発動。

 困惑するリタをお姫様抱っこで担ぎ上げて疾走する。

 野次馬たちの方が勝手に道を明けてくれるため、とりあえず街の大通りには出ることができた。

「なぜ逃げるの? クリスは勝ったでしょう」

 リタがクリスの顔を見上げながら言う。

「ビグナルディがなぜ、この街で好き勝手出来ていたと思いますか。半分は彼の暴力ですが、もう半分は彼に政治的に対立することが難しかったからですよ」

 父親の七光で、好き勝手出来ていたのだろう。

 そうでなければ、すでに彼は何らかの形で排除されているはずだ。

「だから、この街にいるのは危険です。ビグナルディを今まで支持していて面子を潰されたと思った連中が、一斉に襲ってくるはずですから」

「でもクリスなら勝てるでしょう」

「大人数で来られると、リタを守りきれるかわかりません。私の最優先事項はリタの安全です」

 だからクリスは最初ビグナルディと対立しないように振る舞おうとしたのだ。

 リタがしゅんとしていた。

「ごめんなさい、私の見立てが甘かったということですね」

「リタは雇用主で、その命令に私は従うだけです。リタにもなにか考えがあったのでしょう。けれどもう自分を囮にするようなことはしないでください」

 リタは小さく頷いている。

 言っているうちに、二人を追う人の気配に気づく。

 ちょっと、だいぶ、多い。随分とビグナルディの影響力は大きかったようだ。

「駅に向かいます」

 駅周辺は更に観光客などが多く、大ぴらに戦闘などは出来ないはずだ。

 という希望的観測でそちらに行くしかない。

 駅まで手が回っているとなると、面倒過ぎる。

 二人の前に、男が数人飛び出してくる。

「「「行かせるかよ――」」」

「邪魔」

 術式と剣で排除。

 全員が吹っ飛んでいく。

 街のチンピラレベルで助かった。

 リタを見ると祈るように手を合わせている。

「すいません、脅かしすぎましたね」

「いいえ、これは私の強欲の罪です」

 少女は懺悔するように言う。

 やはり、何かある、もしくはあったということだろう。

 それが何なのかを考える、暇もなく新手が現れる。

「虫みたいに出てきて、うざすぎる」

 汚い言葉をつぶやくクリスを、びっくりしたようにリタが見ている。

「あ、すいません、つい」

「クリスもそんな言葉を使うのですね」

「貴方の前では猫を被っていただけですよ」

 頭に血が登っていくのがわかる。改めて指摘されると恥ずかしすぎた。

 くすり、とリタが微笑んでいる。

 とりあえず彼女が笑ってくれたので、それで良しとしておく。

「もう少しです」

 最後の通りを抜ける。

 視界が開けると、駅、の前に並ぶ柄の悪い男たち。

「うげえ」

 思わず声に出ていた。

 その真中には気絶させたはずのビグナルディが立っている。

「なんであいつが先回りしているのかって、ああ」

 空を見ると、まだ白線が残っている。《噴出(ヴォ・メンス)》の術式で空を飛んでショートカットしたのだ。

「あの術式での飛行は結構難しいはずなんだが」

 ビグナルティが叫ぶ。

「お前らは、ここで、痛めつけて、なぶり殺しにしてやる」

「おいおい」

 駅にいる観光客に見られてもお構いなしだった。

 怒りで我を忘れているのだろうか。

 ここまでなりふり構わず来られるとは思っていなかった。

 百人以上の男たちの手から術式が起動。

 戦闘は避けられそうにない。

「すいません、戦闘になります。リタは私からはなれないで、」

「いえ、なんとか間に合ったようです」

 リタが言うやいなや男たちの背後から爆炎。

 男たちが引き倒されていく。

 一糸乱れぬ動きと、緑を基調とした制服は、

「タチリスの国家憲兵隊か」

 男たちが次々と拘束されている。

 ビグナルティが憲兵隊に向かって叫んでいた。

「俺はビグナルディ議員の息子だぞ! それを」

「貴方のお父上は失脚なされました。汚職等の嫌疑で政界からは追放されるでしょう」

 ビグナルディが力が抜けたように地面に膝をつく。

 正直助かったが、この場面で国家憲兵隊が動くのは都合が良すぎる。

 理由を考える。

 リタを見る。

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 リタが小首をかしげる。

「何のことでしょうか」

 クリスは考えをまとめながら事実を確認していく。

「今回はリタが決闘を受けてしまったことがことの発端、のように見えますが、それだと国家憲兵隊が到着するタイミングが良すぎます。つまり事前に準備があって、このタイミングになるように誘導した、と考えるのが妥当です」

 リタが旅館で従業員に手渡していた手紙の意味を考える。

「タチリスの中枢にビグナルディ親子が失脚することを望む、利害一致者(ステークホルダー)がいたのですね」

「観光地であり慰安地でもあるホウロスが、一部の人間に利益を独占されている状況を面白く思わない方はたくさんいらっしゃいます」

 今まで国家憲兵隊が動くのを押さえつけていたビグナルディ親子の政治力を、リタの政治力が上回ったのだ。

 目の前の少女が空恐ろしい存在に見えた。

「くそがああああああ、全部ぶっ壊してやる!」

 前方から怒声。

 ビグナルディが、懐から魔法具を取り出している。

 本来、軍隊などで用いられる投擲爆弾で、起爆されるとこのあたりがまとめて吹っ飛ぶ。

「まずいっ」

 クリスは前に出る。魔法具が起動していて、爆発は免れない。

 すこしでも周辺被害を抑えるために、術式で威力を相殺するしかなかった。

「死ね死ね死ね、全員死ね!」

 国家憲兵隊も、防御術式を全力展開。決死の表情が見える。

 術式が完成し、魔法が発動、しない。

 青い光を散らして術式が解体されていく。異常な魔力量だった。

 術式どころか、ビグナルディの身体まで青い光が到達。

 本来、直接影響させるのが難しいとされる術者に、魔法が発動していた。

「おっと、やりすぎた」

 渋い声とともに、術式が緊急停止。

 ビグナルディの指が軽くこそげたあたりで、解体が終わる。

 駅の向こうから白で統一された集団が現れる。

 それはクリスがよく見知った制服だった。

「教会の神聖騎士団がなぜここに」

 教会直属とされる神聖騎士団は、聖王国の命令でしか動かない。

 部隊の大半は戦線に張り付いていて、教義の問題から慰安地などに来ることもない。

 クリスは中央の男に目を奪われる。

 見覚えのある顔だった。

「天秤の意匠をこらした白の鞘に剣ってまさか、」

「なんで彼が来ているのですか」

 リタも呻くようにつぶやく。

 男が、リタに気づくと手をふって近づいてくる。

 横目にクリスを見つつ、リタに笑いかける。

「久しぶりだなあ、あー、」

「ここではお嬢様でお願いします」

「了解だ、嬢ちゃん」

「わざとやっているでしょう」

 リタが嘆息する。

 クリスはまだ驚愕から抜け出せない様子で言葉を紡ぐ。

「なぜ、アーリクォタムの勇者がここに」

 人類の守護者たる五人の勇者の一人が、クリスの眼前で無精ひげを撫でていた。

 先程の自爆術式の解体は彼がやったのだ。

 クリスのつぶやきに心外そうに答える。

「あ? そりゃ、可愛い女の子とにゃんにゃんするために決まっているだろうが」

「適当を言わないでください」

 リタが中年男のスケベ具合を嫌うような顔で言う。

「私を連れ戻しに来たのですか?」

「いや、嬢ちゃんのやることが面白そうだったのと、ついでに様子を見に来ただけだ。元気そうで何よりだ」

 娘を見るような顔で、勇者が笑う。

「北方戦線はいいのですか。こんなところでサボって」

「今は小康状態で、ちょっと抜けるくらいなら問題ねえよ。俺が抜けただけで瓦解するような軍隊のほうがまずい」

 勇者が肩をすくめる。

「ま、もう帰るけどな。いや、女の子とにゃんにゃんしたいのは、マジでマジでマジだが、流石に嫁さんたちにしばかれる」

 背中を向けて勇者が歩きだす。本当にリタの様子を見に来ただけだったようだった。

 リタがその背に声をかける。

「あの、助けて頂いてありがとうございました」

「たまにはお父上に会ってやれよ。父親は娘に無視されると本当に悲しいんだ。いやまじで」

 勇者の背中が駅の中に消えると、二人して息をつく。

 その吐息がハモってしまって、二人して顔を見合わせる。

 自然と笑いが出た。

「大変な一日でした」

「そうですね」

 そうして、言葉が絶える。

 クリスが口を開く。

「結局、ここまでしてリタが手にしたかったものは何なのですか」

「エルフの方を牢屋から出して、仲間としたかったのです。すでにタチリスとは司法取引として、話が付いています」

 多分、リタはホウロスに来る以前から、ここにエルフがいることを知っていたのだ。

 そして、リタがクリスに聞いて欲しがっているのはそのことではない。

「リタ、貴方は、」

「もともと、この騒動が終わった際にお話しようと思っていました」

 リタが懐から取り出した首飾りを下げる。

 そこには七つの剣と、中央に簡素な冠が描かれている。

「私は、リタリア・ディ・アダスン・アーリアと言います。アーリア聖王国の第十八位聖王位継承権を持つ王女です」

猫はこの世界にいる! ということにする! (迫真)


明日は書いている時間がなさそうなのでお休みすると思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ