10. ホウロスの決闘
書きすぎたので分けて2話投稿です。
また、過去の話にサブタイトルを付けました。
「決闘における武器や術式の使用の制限は一切なしだ」
「はいはい」
ビグナルディの言葉に適当に返しておく。
決闘というか完全に殺し合いになるが、そんなものだ。
例えば光の塔の魔導師同士が決闘を始めると、大規模術式の連発で死傷者が桁外れに多くなる。
それに比べると、剣士や拳闘士の決闘は随分と穏当だった。
クリスは剣を抜く。
イーツクの街で買っていた量産品の剣だ。
女性になって体格が変わってしまったため、以前の剣が身体に合わなくなっていた。
腰に下げたもう一つの剣をリタに渡す。
「すみません、預かっていてもらえますか」
「わかりました」
野次馬に集まっていた男たちが、明らかに拵えの良いその剣と鞘を見て疑問の顔になっている。
もったいないのは確かだが、せめてもう少し身体を鍛える必要があった。
剣を振る。体格に合わせたつもりだったが、こちらもまだ馴染まない。というより、身体が追いついていない。
あの悪魔はやっぱり殺す。殺せないが、殺す。
《蛙呪》の術式で持っていかれた筋力は、クリスが五年以上かけて築き上げた資産だったのだ。
「あー、もう良いかあ」
待ちきれないとでも言うようにビグナルディが言う。
「ええ、良いですよ」
瞬間、斧が飛んできた。
抜剣していた剣で弾く。斧の純粋な質量で身体が軽く沈む。
筋力の衰えを嫌というほど感じる。
「不意打ちはどうなんですか」
「あ? 対応したやつに言われたくねえぞ」
ビグナルディの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
あらぬ方向に飛んでいった斧が反転。斧の先端に《噴出》の術式が作動。
クリスの死角から斧が突進する。
それを旋転して、剣で弾く。
斧が回転して、ビグナルディの手に再び収まる。
「完全に死角だっただろうが」
クリスは指摘で返しておく。
「斧の投擲は、斧に付いた鎖で読める。投擲するなら自在に扱えた方が良いから、斧の軌道を術式で変化させる、という予想もできる」
「ありがたい講釈だな!」
ビグナルディがクリスに向かって突進。
大上段から振り下ろされた斧を、剣で受ける。
身体を柔らかく折りたたんで、衝撃を殺す。ビグナルディの笑み。斧の先端に術式の先駆発光。
《黒薬》の術式が作動。爆風。
放たれた爆裂術式で、あたりを土煙が覆う。
「ごほっ、そのへんの冒険者なら死んでいたぞ」
クリスは土煙を手で払うようにしながら言う。
黒色火薬を生成して発火させる術式は、程々の威力を持つ。
だが、数百年前に開発された術式で、光の塔では更に威力の高い術式が開発されている。
この程度の不意打ちで、クリスを殺すのは無理だ。
ビグナルディの目には動揺。
「なんなんだてめえは」
クリスはビグナルディに向かって歩く。
「斧を持っているため近接戦闘職、と見せかけて、実際は魔法職というのが貴方だ」
地面に先駆発光。
《鉄鎖》の術式が発動。
が、クリスの身体をすり抜けていく。
「実力が下位の人間には正面から叩き潰し、上位の者には先程の投擲からの噴出術式で奇襲というのが常套手段なのだろうが、小手先に過ぎる」
再び爆裂術式が作動。
それでもクリスの歩みを止められない。
「魔導師としては四階位程度で、剣士としても並でしかない。独学でそこに至るのは才能だが、軍や師に巡り合わず正当な教育を受けていないためこれ以上強くなることはない」
「てめえ!」
ビグナルディはこの街を牛耳るだけあって強い。だが、逆に言えばその程度しかない。
勇者のパーティーの前衛を張っていたクリスとでは、実力に開きがありすぎるのだ。
ビグナルディが再び斧を投擲。
斧が空を自由自在に飛び回る。恐らくこれが本来の姿なのだ。
「殺す」
クリスが初めて迎撃のために構えを取る。
ジェラルドの教えを受けたシイェナイ流剣術は抜剣の速度を極めている。
そして奥義ともなれば斧くらいは簡単に切れる。
斧がクリスに向かって飛翔。
クリスは応じるように抜剣。
奥義、八艘剣斬はかつての考案者が斬撃を飛ばす事によって船を八艘きり飛ばしたことに由来する。
クリスの腕前ではその十分の一以下の威力しかないが今は問題ない。
斬撃を受けて斧が吹っ飛んでいく。
ビグナルティが、気がつくと眼前に迫っていた。
斧も囮で、この距離に近づく隙を狙っていたのだ。
「死ね」
握られた剣が振り下ろされる。
八艘剣斬は使用のあとに身体が硬直する。有名過ぎる奥義のため、隙ができると読まれていたのだ。
「で、それも読めている」
振り下ろされた剣を、引き戻した剣で受ける。
「な、んで」
驚愕の表情でビグナルティが声を漏らす。
「八艘剣斬は有名過ぎるので、使ったあとの技後硬直も知られている。なので体勢を直せるように重心を残しつつ、わざと見せて誘っただけだ」
「奥義が、釣り、かよ」
証拠に、斧が寸断されていない。
中途半端に使ったため、威力が更に数段落ちていた。
クリスはビグナルディの腕を捕まえて捻る。重心が崩れたところに、足を刈って引き倒し脇固めに持っていく。
「くそがああああああ」
「もう黙ってろ」
剣の柄で頭を叩く。同時に術式を作動。
衝撃が頭蓋を貫通してビグナルティの脳を揺さぶる。
脳震盪を起こしてビグナルディが完全に気絶したことを確認してから、立ち上がる。
クリスは野次馬たちを見渡す。
歓声はおろか、声の一つも上がらない。
恐怖の象徴のようだったビグナルディがあっさり倒されて、困惑しているのだ。
クリスの完全勝利だった。