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地下鉄のザジ

「「なんじゃと、あ、天?」


 しまった!、天音の名前を思わず言いかけてしまった……

 勘の良い本多会長に気付かれてしまったかもしれない。

 何とかこの場を誤魔化さないとややこしい事になりそうだ、


「あっ!、さよりちゃんには天邪鬼な所がありますからね……

 ボーイフレンドは僕の知る限り居ないんじゃないでしょうか?」


 しどろもどろになりながらその場を取り繕う、


 ボーイフレンドが居ないと聞いて、本多会長は喜ぶかと思いきや、

 みるみる暗い表情になるのが見て取れた。


「だから心配なんじゃ、年頃の娘がボーイフレンドの一人も居ないとは……

 だからお前に頼みたい、孫娘のさよりに相応しいパートナー候補を

 是非見つけて欲しい。」


 本多会長が経営者の顔では無く、孫想いの老人の顔を覗かせる、


「幸い、お前の周りには人が集まる様だ、歴史研究会の活動と並行して

 さよりの為に尽力してくれないか……」


 どうしようか、さよりちゃんは男性恐怖症で、唯一触れあえるのが

 男装女子の天音だけだと言うことを、本多会長は知らない。

 これを告げたら大変な事になりそうだ……

 今は隠しておく方が得策だろう。


「判りました、さよりちゃんにピッタリの相手を見つけ出して見せましょう!」

 自分でもダメだと思うが、どうやら安請け合いして後で大変になる癖が

 俺にはあるんだ……


「おおっ! 引き受けてくれるか、それでこそ儂が見込んだだけの事はある、

 その見返りと言っては何だが、大会での優勝に向けてバックアップさせてもらおう」


 んっ?大会での優勝に向けての支援とは何だろう……


「今夜、大宴会場での食事の後、ちょっとした趣向をセッティングしてある、

 歴史研究会全員で楽しみにしておいてくれ」


 俺は本多会長の謎の言葉を背に、最上階の司令塔を後にする。


 ちょっとした趣向とは何だろう?

 考えながら最上階のエレベーターに乗り込む、


 そうだ! 医務室に運ばれた弥生ちゃんは大丈夫だろうか……

 ジャグジーでの一件を思い出し、俺は思わず胸が熱くなってしまう、

 彼女にまだ自分の気持ちを伝えられていない事に、今更ながら

 気付いてしまう……


「小僧、お前も恋に落ちる瞬間を分かったはずだ」

 本多会長の言葉がリフレインする……


 今からでも遅くない、彼女の居る場所に急ごう。

 エレベーターが医務室のある階に到着するのももどかしく

 俺は思わず走り出してしまった。


「弥生ちゃん!」

 医務室のドアを勢いよく開けると、ベットに横たわったままの

 弥生ちゃんの傍らに女性スタッフが一人、椅子に座っていた、

 付き添って看病してくれていたみたいだ、


 弥生ちゃんはどうやら良く眠っているようだ。

 彼女の安らかな寝顔を見て愛しさがこみ上げてくる……


「あっ、ありがとうございます、彼女の容体はどうですか?」

 傍らの女性がゆっくり顔を上げる……


 顔を上げた女性は微笑みながらこう言った。

「宣人お兄ちゃん、久しぶり……」


「!!」

 俺は思わず目を疑った、

 そこに居たのは俺の初恋の人、二宮柚希ちゃんだった……

 あの村一番の柿の木の下で、約束した日の思い出が蘇った、

 水色のワンピースに身を包んだ初恋の彼女がそこに居たんだ……

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