he or she
彼の家は偶然、俺の自宅の近所だった……
その場所は、県営住宅が立ち並ぶ新興住宅街だった。
俺が子供の頃からなじみのある公民館が近くにある。
その団地の一角にバイクを停める。
「送ってくれてありがとう……」
彼がジェットヘルメットを被ったまま、会釈をする。
「あと、これどうやって脱ぐの?」
ヘルメットの顎紐の外し方を、どうやら解らない様子だ。
苦笑しながら、俺がストラップを外してやる。
「あっ、ありがとう……」
只でさえ陶器の様に白い頬を、更に紅く染めて彼が答える。
「僕は二宮柚希 君の名前は?」
「俺は猪野宣人、君のご近所さんだよ」
「えっ? 家は何処なの?」
「隣の地区だよ……」
次の瞬間、彼の表情が変わるのが分かった。
「もしかして、お父さんの名前は?」
何で親父の事を聞くんだろう。
「猪野誠治だけど……」
俺が訝しそうに答える。
「やっぱり、そうだ」
「宣人お兄ちゃん! 覚えてる?」
そう言われても、とっさに思い出せない……
「お月見のお団子取り、覚えてないかな」
そう言われて、記憶の断片が蘇ってくる。
お月見のお団子取りは、ここら辺の秋の風物詩で、
この時期、子供達だけで近所の家を廻って
縁側にお供えされた、お菓子を持って帰ると言う行事だ。
お団子泥棒という地方もあるそうだ。
この日だけは、親公認で子供達が夜、出歩ける。
ハロウィンの日本版みたいな物だ。
「小学生の時、覚えてない?」
二宮君が続ける。
当時、小学生四年生だった俺は、お月見の夜、いつものように
お麻理と天音とお団子取りに出掛けたんだっけ。
そこにもう一人、誰かが居た記憶があるが、
どうしても顔を思い出せない……
あの時の一人だったんだろうか?。
当時の記憶はその子の顔だけ、黒塗りで分からない……
俺は話を合わせるようにこう言った。
「あ、ああ、久しぶり……」
曖昧な笑顔で分かったような振りをする。
「覚えててくれたんだ! 嬉しいよ……」
二宮君が溢れるような笑顔をこちらに見せる
「今日、再会出来たのも運命だね!」
「ああ……」
まだ事情が掴めない俺と正反対で、彼のテンションが上がる。
「お礼したいから、ぜひ家に上がってよ」
彼に急かされて、家にお邪魔することになってしまった……
「今日は親は居ないんだ、だからゆっくりしてって」
妙にはしゃぐ彼に戸惑いながらも、今日一日の疲れが出て来た。
リビングに通される、良く整頓された室内のソファーに案内される。
「食事、まだでしょ? 僕が作るよ。」
彼がカウンターキッチンの向こうに移動しながら話しかける。
「でも、悪いからお茶だけでいいよ」
「大丈夫、一人で食べたくなかったんだ、付き合ってよ」
彼が冷蔵庫のタッパーを取りながら笑いかける。
しばらくして食卓の上には、豪華な料理が所狭しと並んだ。
「これって、全部、君が作ったの?」
驚いた俺が彼に問いかける。
とても男の料理とは思えない……
「うん、いつも親が不在がちだから、自然と料理の腕前が
向上しちゃうんだよね。」
彼がハニカミながら答える。
「さっ! 召し上がれ……」
その後、俺は彼の料理を食べながら、いろんな話をした。
何故か、彼には全てを話せた……
俺の過去も、何に悩んで居たかも、
昔、接点はあったかもしれないが、まだ自分の中で思い出せない。
そんな彼だからこそ、全てを吐露出来たのかもしれない。
彼は何も言わず、俺の話を聞いていてれた。
俺は何時しか、疲れの中で眠ってしまったようだ……
明け方、喉の渇きで目が覚めると、ベットの中に居た。
「んっ、」
まどろみの中で寝返りを打つと、俺の左手が何か、柔らかい物に触れた。
寝ぼけた頭で、それが何か分かるまで数秒、掛かった……
思わず、手のひらを動かして感触を確かめる。
ぷにぷにした弾力のある固まり……
これは何だ?
次の瞬間、目が覚めた。
「おはよう…… 宣人お兄ちゃん」
彼が隣に居て微笑みかける。
いや、この手のひらに広がるおっぱいの感触、
彼でなく彼女だ……
俺の記憶が鮮明になる、
お月見の時、一緒に行動したもう一人の顔が鮮明化した……
記憶の黒塗りの部分が外れる。
そこに居たのは確か、
女の子だった。




