男の子で初登校!
「じゃあ、行くか!」
「うん!」
これまでの日常から、天音と共に一歩踏み出してみよう。
そこに何が待ち構えていようとも、俺は天音を守ろうと決意した。
早朝のひんやりとした空気が心地よく感じた。
駅まで続く道を歩きながら、ふと天音の方を見る。
心なしか緊張している様に感じられた。
「天音……」
「……」
何か思い詰めているようで、俺の問いかけに答えようとしない。
「天音!」
「えっ? お兄ちゃん、何……」
「大会での優勝を目指すのは分かったけど、
何で、一か月も男装女子のままで居る事にしたの?」
「それは……」
俺の質問に、天音の表情が急速に曇り始めた。
「あっ、電車に乗り遅れちゃうよ、お兄ちゃん、急いで!」
質問を誤魔化すように天音が駅に向かって走り出す。
俺も慌てて後を追う。
駅のロータリーを抜けて、構内への階段を駆け上がり、
上りのホームに何とか間に合った。
通勤、通学ラッシュ時のホームは混雑していて、
いろんな学校の生徒が、電車を待っている。
もちろん、我が中総高校の生徒も多い。
ホームに電車が到着し、大勢の乗客が降りてくる、
俺と天音も、混雑した車両に乗り込む。
車両内は鞄を持った手も動かせない程の混雑ぶりだ。
差し向かいになりながら、天音に声をかける。
「天音、大丈夫?」
「いつも朝はこんな感じの混雑だよ、
お兄ちゃんは、この時間帯の電車には乗らないからね」
俺はいつも寝坊しているので、ここまで混雑した電車は初めてだ。
しばらく満員電車に揺られていると、
天音が険しい表情を浮かべている事に気が付いた。
「おにいちゃん、気付かれないように右をみて……」
「んっ?」
言われた方向を見ると、制服の女の子が身をよじるようにしている。
今にも泣き出しそうな顔だ。
後ろのサラリーマン風の男が不審な動きをしている。
痴漢だ……
思わず怒りで頭に血が上るのが分かった。
俺が声を発するより速く、先に天音が動いた。
「この人、痴漢です!」
サラリーマン風の男の腕を勇敢に掴み、逆方向にねじり上げる。
男は悲鳴を上げながらも、天音を突き飛ばそうとする。
「この野郎!」
思わず、男に体当たりする。
被害にあった女の子を天音が身を挺してかばうのが、視界の隅にみえた……
その間に車両は隣駅に到着して、騒ぎを聞きつけた駅員が数人来て、
痴漢の男は往生際も悪く、しばらくわめき散らしていたが、
その後、連れて行かれた。
「大丈夫?」
天音が介抱しながら、泣きじゃくる女の子に声を掛ける。
女の子の茫然自失な瞳にやっと光が戻る。
「あ、ありがとうございました……
私、中総高校一年B組の本多さよりです」
我に返った女の子がやっとの思いで呟く。
天音がそっと女の子にハンカチを差し出す。
「同じ学校だね、この路線、痴漢の被害が多いから気を付けてね」
天音が優しく声を掛ける。
「助けて頂いてありがとうございます、
怖くて、恥ずかしくて、どうしたらいいか分からなくなって……」
「駅の事務所まで一緒に着いていってあげるから、安心して」
このまま、一人で行かせるのは無理と考え、着いてくことにした。
時間的余裕があるので、遅刻はしないと判断したからだ。
さよりちゃんのお家に連絡して、迎えに来てもらうことにした。
今日はこのまま、授業を受けるのは無理だろう。
学校までの、最寄りの道を急ぎながら、天音に聞いてみる。
「お前、さっきの行動は勇気あるな、とっさに出来ないよ」
天音がにっこりしながら答える。
「今までの自分じゃ、絶対勇気が出なかったよ、これのおかげかな……」
天音がショートカットの後ろ髪を撫でる。
「この格好していると、普段の自分じゃないような気分になるの」
天音のその言葉に何か腑に落ちた気がした。
「お前が男装した理由が何だか、理解出来たよ……」
あらためて天音の格好を眺める。
制服は俺のお下がりの男子用を着用している、
さすがに、土偶男子の衣装は着せていない。
髪型は清潔感のある肩ぐらいのベリーショートで、
男装しているが、元が美少女なので、
男になっても相当美形だ、
本当の男と違う点は、肌のきめ細かさが全然違って見える。
話しているうちに学校に近づいてくる、
先ほどまで笑顔だった天音が、また思いつめた表情になる。
「ほら!」
ぽんっ!と思わず天音の肩を押す。
校門近くにいた生徒、教員の視線が天音に注がれる……
「あれ、転校生?」
「あんな男の子いたっけ?」
「超、イケメンじゃない?」
口々に男装化した天音の事を噂する。
天音がぎゅっと両手を握るのが見えた……
そして意を決して叫んだ。
「おはようございます! 一年A組、猪野天音、
今日から男の子になります!」
やった! ついに宣言してしまった、
ドッ!と周りにいる人垣がざわめいた……