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学園一美少女な俺の妹が突然男装女子になった件。  作者: Kazuchi
オレンジのダンシング

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happiness comes in waves Ⅱ

「ご尽力に感謝します、本当にありがとうございました……」

途中で飛び出してしまった件も、受話器越しに詫びる、

何も責められない事が逆に申し訳なく感じられた。


「分かりました、では失礼します……」

電話を切り、そのまま椅子の背もたれに身体を預け、

大きく伸びをする。


「んっ……」

心地よい疲労感に包まれながら、窓の外に視線を落とす、

一面の青い海、最高の眺望を用意したと電話の主は言っていた。


窓辺に吊したサンキャッチャーからプリズムのように、

太陽の陽射しが、俺の顔や手元の机に降り注いだ。

窓がこんなに広く、日中も明るい部屋に吊す必要なくない?

そう質問する俺に、柚希は笑いながらこう言った。


「朝、目が覚めて天気がいいと、訳もなく気分が良くなるでしょ、

雨も嫌いじゃないけど、今日も一日頑張るぞ!って思えるのは、

晴れているほうだよね、宣人お兄ちゃんも」

確かに雨の日は憂鬱になる、特に自転車通学だった俺は、

合羽を着ても学校に到着する頃には、袖や裾から濡れてしまう……

それだけで家に帰りたくなったもんだ。


「……サンキャッチャーを飾る理由はそれだけじゃないの、

 虹と一緒に幸せも取り込んでくれるから!」

子供の頃から占いやおまじないが好きな柚希らしい、

もともと日照時間の少ない北欧が起源で、僅かな太陽光でも、

部屋一杯に取り込む工夫から生まれたそうだ。

そして部屋だけでなく、人間の悪い気も浄化してくれる。


俺は思い出し笑いを浮かべながら、今ある不安を振り払った、

柚希との生活に集中しよう、俺の悪い癖だ、

天音にも良く指摘されたな、何でも悪い方向に考え過ぎ!

お兄ちゃんも言ってたじゃん、大好きなバイクも、

天音の乗る自転車も、見た方向に進むって。


そうなんだ自転車にも言えることだが、

速度域の高いバイクで例えるとバイクでコーナーを曲がる時、

視線が重要だ。

目で見た方向にバイクは進んでいく特性があり、

視線でバイクの車体をリードすると言ったほうが解りやすい。


人の感情もその時の気分で決まる、良い方向に考えるのと、

悪い方向に考えるとでは、全ての舵取りが変わってきてしまう……

ポジティブシンキングにいきたいものだ。


「ポジティブシンキングと言えば、そうだ!!」

俺は大事なことを忘れていた、慌てて机に置いた携帯で電話を掛ける。


「……宣人さん、今どこにいるの!」


「萌衣ちゃん、連絡できなくて本当にごめん、

でも心配しなくても大丈夫だよ、柚希は無事だから」

俺の言葉に電話の向こうで安堵する、無理もないな、

柚希の救出を電話で依頼された時も、直接話せていないから……


「彼女のお母さんも無事だ、俺の知人の施設で保護して貰っている」

救出に向かったあの日、柚希の母親の行方が心配だったが、

危害を加える事を恐れた柚希が、事前に母親を家から出したそうだ。


今は本多会長の協力もあり、住まいも仕事も用意して貰った。


「それは良かった……

 でも柚希は! 今、どこにいるの? 

天音ちゃん達に連絡しても教えてくれないの、

全て宣人さんに任せてあるからって……」


「前に柚希とお付き合いをして欲しいって、

萌衣ちゃん言ってたよね、沙織ちゃんから聞いたんだ、

その時は柚希を救う為とはいえ、正直な所、

付き合いを偽装する部分に抵抗があった」

萌衣ちゃんのトラウマを解消したタンデムの帰り道、

女装男子モードな沙織ちゃんの時、喫茶店でも強く懇願された。


「だけど柚希の状況はお付き合いなんて、

 生易しい物では救えない所まで進行していたんだ……」


「宣人さん、柚希がそこまで苦しんでいたなんて、

私、いつも隣にいたのに気付いてあげられなかった……」


「萌衣ちゃん、自分を責めないで欲しい、

責められるべきは俺だ、柚希の事だけじゃない!

過去から逃げ出して、現実から目を背けて、

記憶から抹消して、柚希との思い出もなかった事みたいに、

いくら格好つけても俺は卑怯者だ……」


「……宣人、さん!?」

柚希と約束したあの神社、交換日記だけを残して居なくなった病室、

一番辛いのは柚希なのに、俺は彼女との思い出を封印して、

都合の良い事だけ覚えていて、柚希と再会した夜もそうだ。


「俺は記憶の奥底で覚えていないふり、をしていたんだ……」

まるで高性能なレタッチソフトで、写真の邪魔な物を消すように、

確かに映えは良いかもしれない、だけど綺麗なだけの写真に、

魂を揺さぶる力は無い、人生には苦しくてもノイズみたいな、

邪魔な物が必要なんだ……


「それなのに、俺は、俺は……」


「生きてればいいやんけ……」


「えっ……」


「こらぁ!! でく助、何ごちゃごちゃ抜かしとるんじゃ!!

おどれがどうとか、関係あらへん、今、ここに生きてるんやろ!!

柚希もおどれも!! 金魚みたくパクパク息吸うどるんじゃろ」

ふがいない俺を見かねてか、萌衣ちゃんが狂犬モードに入った。


「おどれ、あの女神像の前でわしに言ったよな、

過去から逃げるな!! 自分自身の心の鍵を開けろって!!

あれは出鱈目だったんか!! それを信じたワシの目も

節穴だったんか!! 答えろ、でく助!!」


「なあ、わしをがっかりさせんでくれ、頼むわ自分……」

彼女から浴びせられた罵詈雑言の中で一番、心に突き刺さった。


「萌衣ちゃん、ありがとう……

今の言葉で目が覚めた、俺、どうかしていたよ、

柚希と真剣に向き合ってみる、彼女の闇や苦しみも全部、

受け止めてみせるから、必ず本当の柚希を取り戻してみせる!!」


「でく助、柚希を頼むで、

あ、念の為、言っておくが健全なお付き合いするんやで、

柚希も、わしも嫁入り前の生娘だからな!!」


「えっ、生娘って事は?」

自分で言って墓穴を掘ってしまったようだ……


「萌衣ちゃん、もしかして処女なの?」


「ち、違う、わしを誰だと思っとんねん、男の一人や二人、

千人斬りや!!」

女の子で千人斬りって言うのかな?

俺は思わず吹き出しそうになるのを必死で堪えた。


「その慌てっぷりは間違いなく処女だね!!」


「おどれ!!、待ってろ!!電話じゃなきゃ、ぶっ殺す!!

誰かに言ってもぶっ殺す!!」


「どっちにしてもぶっ殺されそうだね、萌衣ちゃん!!」

久々に言葉のご褒美を貰い、元気もチャージ出来た、

やっぱり萌衣ちゃんはこうでなきゃ!!


「……でく助、おどれを生かしておく条件や!!

柚希を悲しませんといてくれ……」


「約束するよ、萌衣ちゃん、

俺、でく助は柚希を悲しませない事を誓います」

椅子から立ち上がった勢いで、窓辺のサンキャッチャーが揺れ、

屈折した光が部屋中に差し込んだ……


「よっしゃ、でく助、合格や!!」

太陽の光だけでなく、言葉にも幸せを運ぶ力がある、

萌衣ちゃんの言葉に、強く背中を押された気がした。



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