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学園一美少女な俺の妹が突然男装女子になった件。  作者: Kazuchi
オレンジのダンシング

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オレンジ色の絵葉書

「宣人さんじゃなきゃ駄目なの!」


 萌衣ちゃんの動揺が電話越しに伝わってきた、

 普段の明るい、萌衣ちゃんではなかった……


「柚希が大変なの! 一刻も早く助けてあげなきゃ……

 あの子、何をするか分からないの」


「萌衣ちゃん、落ち着いて……

 必ず、宣人さんにお願いするから」

 こちらの言葉に安堵する様子が伺えた、


「ありがとう、沙織ちゃん、宣人さんに柚希の家に向かって欲しいと伝えて」


 俺は柚希の待つ県営住宅の前に降り立っていた。

 今朝の電話でのやり取りを思いかえしてみた、

 俺は柚希の苦しみを、何にも理解していなかったんだ……


 柚希の状況をカテゴライズするのは難しい、

 クロスジェンダーとひとくくりに言っても、各人、千差万別な症例がある。


 最近、良くメディアで取り上げられる話題に

 性別の不一致に悩む人々に対する社会への受け入れ、

 それに付随する法案の制定、素晴らしい流れだと感じる、


 だがクロスジェンダーは、まだ世間によく理解されていない……

 その瞬間ごとに性別が目まぐるしく入れ替わってしまう事例もある、


 お団子取りの一夜を強烈に思い返す、

 柚希はまるで人が変わったように、俺に強い怒りをぶつけてきた…


「お前、誰だ? 気持ち悪いから触るんじゃねえ!」

 可憐な花のような少女、その欠片も感じられない敵意むき出しの表情、


 柚希は性別の入れ替わりをコントロール出来るようになったと、

 スパリゾートの医務室で俺に教えてくれたはずだ……


 今、思うとそれは彼女なりの優しさだったのかもしれない、

 俺に無用な心配を掛けまいとして、俺には想像もつかない苦しさの中、

 たった一人で悩んでいたんだ……


「畜生! 俺は何て大馬鹿者だ」

 自分の間抜けさに腹立たしくなる……

 県営住宅のエントランスを抜け、柚希の家に向かう、

 自然と足早になるのが分かる、彼女の住む県営住宅は

 俺の家からすぐ近くにあって、ちょうど小学生の頃、

 元々田んぼだった所を宅地造成して建設された。

 道を挟んで地域の公民館があり、そこも俺達、小学生の遊び場だった。

 青色の屋根も変わっていない、懐かしい建物を見て、

 俺は当時の事をもう一つ思い出した。


 口の悪い近所のおばさんが、当時、噂していた事だ、

 あの県営住宅の人達とは仲良くするなって、


 小学生の俺には意味が分からなかった……

 だけど今なら分かる、その県営住宅には、

 低所得者や生活困窮者が多く入居していた、

 母子家庭の柚希も決して生活が豊かではなかったはずだ……

 柚希は、そんなそぶりを俺達の前では見せなかった、

 だけど一度だけ、向かいの公民館でこんな出来事があったんだ。


 小学校の放課後や休みの時も、良く俺達は公民館に集まった、

 その日も俺と柚希は公民館前の階段で遊んでいた、

 俺は親父にねだって、やっと買って貰ったタミヤ製のラジコンを、

 自慢げに走らせていた、たしかミニ四駆が流行っていたが、

 俺の買ったのは車好きの親父の影響で

 六輪タイレルだったけ。


 階段上の踊り場に広いスペースがあり、そこでラジコンを走らせていた、

 俺は有頂天だったに違いない、男の子っぽい遊びに柚希を誘い、

 ドヤ顔で自慢していたんだ、そんな俺に柚希は何も言わず付き合ってくれた。


「すごい、凄い! 宣人お兄ちゃん、ラジコン上手だね!」


「当たり前だろ!ここら辺でこんなの持ってるの俺ぐらいだし……」

 非常にクソガキだった自分が恥ずかしくなる、


「ほら、お前もやってみろよ!」

 さらに調子に乗った俺は、むりやり柚希に、

 ラジコンのコントローラーを握らせた、


「ええっ、こんなの出来ないよ……」

 いつもの困り顔より、さらに狼狽する柚希、

 そんな事もおかまいなく、コントローラーのスイッチを入れ、

 柚希の細い指をコントローラーのトリガーに差し込ませ、

 俺の手を添えてアクセルオンにする、


「怖いっ!」

 唸りを上げてスタートするラジコンに驚いて、

 柚希は更にアクセルのトリガーを無意識に全開にしてしまう。


「馬鹿っ! アクセルを離せ」

 そんな俺の声も空しく、鞭を入れられたラジコンは制御を失い、

 踊り場を越え、階段下まで激しい擦過音と共に落下した。


 俺は声も無く、立ち尽くしていた……

 手には激しくクラッシュしたF1タイレル、

 その特徴的な前輪も無残にもげていた、


「宣人…お兄ちゃ…」

 振り返ると柚希がボロボロと大粒の涙をこぼしていた……


「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 端正な白い顔をくちゃくちゃにして泣きじゃくる柚希、

 うわごとのように謝り続けている。


 俺はラジコンが壊れた事もショックだったが、

 それ以上に大好きな柚希を泣かせてしまった事に激しく動揺した、

 心臓が早鐘のように打ち鳴らされる、あろうことか柚希を

 置き去りにしてその場を逃げ出してしまったんだ……


「宣人お兄ちゃん、待って!」

 柚希の悲痛な叫びを背中に一目散に家に帰ったんだ。


 次の日、母親に連れられ、柚希が俺の家に謝りに来た、

 ラジコンの弁償の為に、

 バツが悪くて俺は顔を出すことが出来なかった……

 柚希の母親の申し出を丁寧に断る親父、

 昨夜、事情を聞かれて、親父にしこたま怒られた、

 自分が悪いのに年下の女の子を置き去りにして、

 さっさと帰ってしまった事についてだ。


 弁償の件も最終的には柚希の母親はお金を置いていったんだ、


 しぶしぶ受け取った親父は困惑していたが、

 柚希の母親なりの教育方針なんだろうと親父なりに納得していた。

 女手ひとつで柚希を育てる苦労、

 それは俺の父親も同じだったから心情が理解できたのかもしれない。


 あの時のお金も大きな負担だったはずだ、

 柚希の泣き顔と共に記憶が蘇り、

 今頃、胸が痛くなる……


 いけないな、この場所にいると

 あの頃の事を思い出してしまう……


 柚希の家、玄関前に到着する、インターフォンを鳴らすが

 反応が無い、何度か繰り返し押してみる、駄目だ、

 悪いと思ったが一刻を争う事態なので、ドアノブをひねってみると、


「ガチャリ!」

 玄関の鍵は掛かっていなかった……


「ごめんください……」

 ドアを開けた俺は中を覗いて驚いてしまった、


 室内ははまるで強盗に入られたように荒らされていて、

 家具や衣服が所構わず散乱していた……


「柚希! 大丈夫なのか?」

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