学園一の美少女
「お兄ちゃん、早く起きないと学校遅刻しちゃうよ!!」
鈴の音のような可憐な声が、俺の部屋のドア越しに響いて来た。
曇りガラス越しに、えんじ色のブレザー、チェックのスカートが微かに見える。
「部屋、入るよ!」
勢いよくドアが開き、妹の天音に声を掛けられる。
清楚な中にも愛嬌のある顔立ち、透き通るような白い肌、
ミディアムロングの髪が揺れ、そこにカーテン越しの朝日が反射した。
俺の寝ているベットまで近寄ってきたのが感じられ、
ふわりと年頃の女の子特有な甘い香りが鼻腔をくすぐる。
眠い目を開けると俺の顔を覗き込む愛らしい笑顔、これが妹でなければ、
美少女に起こしてもらう最高のルーティーンなんだけど……
「お兄ちゃん、悪いけど先行くね……」
急いで部屋を後にする妹の足音を聞きながら、
俺は二度寝を決めこもうと布団に潜り込んだ……
俺こと猪野宣人は千葉県立中総高校に通う、
高校二年生だ。
変わった名前には、あえてツッコミを入れないで欲しい、
俺の数多いコンプレックスの一つなんだ……
俺の住む街は人口九万人の地方都市、
その外れに位置する郊外の一軒家に、親子三人で暮らしている。
田舎というのが当てはまる、田んぼや畑が近所に点在する場所だが、
だけど東京も微妙に近くて、都心に電車で二時間位で行けるという
中途半端に都会な場所だ。
正直、学校は行きたくないのだが、妹に対してのわずかなプライドが、
俺をかろうじて引きこもりにしないでいた。
やっと布団から這い出て時計を見る、もう時間が無い、
俺は朝食も取らずに、慌てて家を飛び出した。
県立中総高校は、珍しい農業科併設の由緒ある高校で、
長い渡り廊下が特徴的な校舎が目印だ。
過去には荒れていた時代もあったそうで、
往年のヤンキー漫画さながらに、校舎の渡り廊下を、
不良生徒が、改造バイクで乱入して走り回っていたらしい……
現在はそんな面影も無く、地元の有名な進学校になっていた。
何とか遅刻せずに、二年B組の教室に到着した。
ガヤガヤとした喧騒の中、めいめいに会話する者、
机に突っ伏して寝てる者、ヘッドフォンで音楽を聴く者、
おなじみの光景を横目に窓際の席に向かう。
次の瞬間、不穏な視線を背後に感じた。
「宣人、遅れてきてその態度は何!」
声を荒げた女生徒は、俺の幼馴染、及川麻理恵だ。
俺を睨みつける鋭い眼光、大き目の赤いフレーム眼鏡がキラリと光った、
眼鏡は学級委員である彼女のトレードマークだ。
今みたいに怖い顔をしていなければ、かなり美人だと思うのだが……
生まれながらの委員長タイプ、校則遵守な髪型は、
子供のころから伸ばした長い黒髪を左右で結わえている。
制服の学年を示す緑色のブレザー、チェック柄のスカートは青色だ。
我が中総高校の女子制服は、数年前にフルモデルチェンジしたそうで、
学年毎にカラー分けされていているのが非常に珍しい。
「五分前行動って小学校で習ったでしょう? 団体行動の基本よ」
こいつの真面目なところは、小学生からまったく変わっていない。
彼女とは小、中、高、と全て一緒のクラスという、
いわゆる腐れ縁って奴だ。
「……お麻理、登校しただけでも褒めてくれない?」
「宣人、あだ名で呼ぶなって、いつも言ってるでしょ!」
「悪い、そうだったな……」
「なんか、お麻理って響き、オマワリさんみたいで変だし……」
お麻理が何か言いかけた瞬間、始業のチャイムが鳴った。
「以後、気を付けるように!」
「はいっ、気を付けますっ」
俺はわざとらしく直立不動で謝った後、
お麻里の隣に座り、あわてて一限目の準備を始めた。
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「また天音親衛隊よ」
休み時間に、お麻理から声を掛けられ、
廊下に男子の順番待ちの長い列が見えた。
妹の天音に直接、ラブレターを渡せない奴らが、
兄貴の俺に頼みに来る、最近、おなじみの光景だ。
廊下に出て手際よく手紙を回収するのも、
すっかり慣れてしまった。兄の俺が言うのも何だが、
妹の天音は学園一の美少女で、成績は学年一位、
そしてスポーツ万能、性格も良いって完璧さだ。
おまけに俺と正反対で社交的だ、同性からの人気も高い、
モテモテなのも分かる、だけど当の天音は、
まったく手紙を読もうとせず、完全無視を決めこんでいる。
だが一応、ラブレターなので、本人に渡しに行く、
天音のクラスである一年A組の教室に向かう。
昼休みの休憩時間なので教室に妹は居るはずだ、
教室前の廊下で見かけた下級生の女の子に声を掛けてみる。
「猪野天音って、教室にいるかな?」
「あっ、天音ちゃんのお兄さんですよね……」
何故か、あたふたしながら下級生の女の子は答えた、
高校生に見えないくらい幼い顔立ちで、着ている制服も大き目に見える。
教室を見回す時、彼女のショートボブカットの先端が左右に揺れた。
この女の子、どこかで見た事があるような気がする……
「私、住田弥生と申します、
いつも天音ちゃんとは仲良くさせて貰ってます……」
そうだ、見覚えがあると思ったのは、
天音の友達で家にも遊びに来た事がある女の子だった。
「今すぐ天音ちゃん、呼んできますね!」
弥生ちゃんが急いで教室に入って行く。
「彼女、真っ赤になってたな、何か俺、変な事言った?」
俺には思い当たるふしが無い……
「お兄ちゃん、用件って何?」
天音がめんどくさそうな顔をしながら廊下に出てきた。
「これ、全部お前宛ての手紙」
大量のラブレターの束を見て、天音は辟易とした表情をした。
「お兄ちゃん、悪いけど持って帰ってくれない」
なんだ、わざわざ届けてやったのに……
「いいけど、毎回、頼まれる身にもなってくれよ」
それを聞いた天音が、伏し目がちに呟いた。
「直接、渡す勇気が無い時点で男らしく無いよ……」
「おまえが、近寄りがたいオーラを出してるからじゃないの?」
駄目だ、言わなくてもいい事まで口を滑らしてしまう……
「何? お兄ちゃんまでそう思ってるの!
私の事、お兄ちゃんだけは理解してくれてると思ってたのに……」
天音の表情に、怒りと悲しみが入り混じるのが分かる。
「おれは、妹だから遠慮なんて無いけど……」
「……そう、本当に?」
それは嘘だ、最近の俺は天音にかなり遠慮してる。
起きる時間を、わざとずらしているのも本当だ。
成長に合わせてどんどん綺麗になっていく妹が、
最近、何だか眩しく見えてしまう……
妹の教室を後にしながら考える。
小さい頃はそうじゃなかった……
俺と天音は血の繋がりは無い、いわゆる異母兄妹って奴だ。
俺が五才の時、天音が初めて家に母親と現れた、
父の再婚相手の連れ子が彼女だった。
その時の事は今でも鮮明に覚えている、
新しい母の後ろに隠れる様に、恥ずかしがっていた天音。
顔を見せてくれるまで相当、時間掛かった思い出がある……
俺は単純で、新しい母親が出来て、すっかり有頂天になっていた。
天音、お前のほうが、あの時から大人だったよな?
なかなか、打ち解けるきっかけを掴めないまま、
月日は過ぎた、あの日が来るまでは……
当時、父の影響で、考古学が好きだった俺は、
近所にある縄文時代の貝塚遺跡に発掘作業のまね事をやりに出掛けた。
その日は天音も珍しく、俺と一緒に付いてきた。
俺たちは、時間も忘れて、顔も服も泥だらけにしながら発掘作業に熱中した。
土器の欠片を次々に見つける俺を尻目に、お前は何も見つけられないって、
すっかり半べそ掻いていたっけ……
そんなお前を哀れに思った俺は、ポケットからそっと戦利品を差し出した。
「これ、やるよ!」
俺は土器の欠片を天音に手渡した。
「えっ、いいの? お兄ちゃん」
「あったりめーだろ、俺たち兄妹なんだから」
「お兄ちゃん、ありがとう!」
天音がキラキラした目で俺を見つめる。
「天音の一番の宝物にする!」
俺は初めて、兄貴みたいなことが出来て誇らしかった……
その後、お前は少しずつ打ち解けてくれて、
それからは、お兄ちゃん、お兄ちゃんって、うっとおしい位に、
どこへでも俺の後を着いてきた。
そんな思い出も、あの事件が起こるまで完全に忘れていたよ。
放課後、帰宅部の俺はやることも無く家路を急ぐ。
高校から更に郊外に向かう場所に俺の家がある、
周りは田園風景の中に立つ一軒家だ。
家に到着して、何気なく上を見上げると、二階の窓に違和感を覚え、
薄いカーテン越しに、短髪の男らしき人影が動くのが見えた。
天音の部屋だ!! 車がガレージには無いので、もちろん親父ではない。
泥棒? 天音はまだ帰宅していないのか、
玄関ドアの鍵は掛かっていた……
用心深く鍵を開け、足音を忍ばせながら、
二階へ続く階段を上がり、天音の部屋の前で身を潜めた。
ドア越しに人の気配がするのを感じる。
「……ふうっ」
大きく息を吸い込みながら、意を決してドアを開ける。
「泥棒!!」
叫びながら、無我夢中で室内の人影に体当たりをかました。
「きゃっ!」
妙に甲高い悲鳴が上がる、
人影を押し倒しつつ、馬乗りにして組み伏せた男の顔を確認する。
「えっ!」
男の髪は肩ぐらいのショートの黒髪、瞳は特徴的なブルー、
押し倒されたショックなのか、頬がうっすら上気しており、
肩で息をしており、男は変わった民族衣装のような服を着ていた。
「痛いよ、お兄ちゃん……」
組み伏せた男が苦しそうに呟いた、
俺は耳を疑った、天音の声だ、でも風貌や髪型が違う?
突然の事で頭が混乱する……
「おまえ、もしかして天音なの? 」
「……うん、妹の天音だよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺が組み伏せた男は、
男装した天音だと確信したんだ……
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