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溺愛  作者: 一ノ瀬
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今夜は、はじめて彼の家に泊まる日だ。付き合いはじめてちょうど一カ月、ようやくトモが誘ってくれたのだ。大切に育てられたのであろう、トモの部屋は私の部屋よりずっと広く、シュッとしたシルエットの家電がずらりと並んでいる。ネイビーに近い濃いブルーのカーテンとベッドが彼に良く似合う。ああ、またこの夢か。

「マイちゃん、白菜って水洗いするのー?」

 キッチンからトモの少し低い声が聞こえる。普段料理をしないトモが唯一得意だという鍋料理の準備をしてくれているのだ。トモ、鍋なら作れるって言ったじゃん。もー。ちょっと待ってて、すぐ行くから。と、私は急いでキッチンに向かう。案の定、俎板の上には大きさがバラバラの土が残った白菜が無残に散らばっている。床はここだけ雨に降られたかのように水浸しになっている。ゴメンゴメン、と彼は笑う。

私は彼のこの笑顔が好きだ。少し眉を下げて笑う彼の笑顔よりいとおしいものなどこの世に存在するのだろうか。

「台所めちゃくちゃじゃん! 野菜は私が切るから、トモはお豆腐四等分にして、あとは豚肉のパックをテーブルの上に置いてきてくれる?」

 「うん!それなら俺もできるよ!」

 ドタドタと音を立てながらトモがリビングに走る。テーブルの上に雑多に置かれている教科書や書類を一か所に寄せ集め、空いたスペースにお皿やお肉を並べている。適当に集められてグチャグチャになった書類を整理したくなる衝動に駆られるが、出過ぎた真似をして嫌われることだけは避けたい。我慢、我慢。

 トモとは二カ月前に友達の紹介で出会った。と、言うよりは彼の写真を見て一目ぼれした私が友人に頼み込んで紹介してもらったのだ。彼は二つ年下で、国立大学の歯学部に通う、サッカー部の一年生。友達に連絡先をもらってからは毎日連絡を取り合うようになり、なんとかデートの約束を取り付けた。そして、一カ月前に彼からの告白を受けて、晴れて私の片思いは実ったのだ。

 「できたよ!マイちゃん早く早く!おなかすいた!」

 「はいはーい!すぐできるからもうちょっと待ってて!」

 「あ、待って! 鍋重いでしょ! 俺運ぶからマイちゃんは座ってて!」

 トモの優しいところが好きだ。普段は年上の私に甘えていることが多くても、やっぱりトモは男の子なのだ。スーパーからの帰り道、ペットボトル飲料が入っている方の袋をもってくれるトモ。私の作ったごはんをおいしい!と笑顔で平らげてくれるトモ。

 「んーおいしい!マイちゃん天才!」

 「私は野菜切っただけだよ~」

 「マイちゃんが切ったからおいしくなったの!」

 「ほんとトモって調子いいよね」

 「ねえねえ、食べ終わったら一緒にお風呂入ろう!」

 「ええ、やだよ恥ずかしい」

 絵に描いたような幸せ。夢の中の私はこんな毎日がずっと続くと信じ笑っている。しかし、ベッドの上にいる私はすでにこの物語の結末を知っているのだ。

私はこの一カ月後に彼に振られる。それも、忙しくて会う時間を作ることができなくなって申し訳ないから、なんて、テンプレートのような台詞で。もうそろそろ起きなくちゃ。私は現実世界に呼び戻そうとするアラームのボタンを右手の人差し指で強く押す。三百均で買った目覚まし時計の安っぽい、甲高いベルの音に未だ慣れない。いっそ新しいものに買い替えてしまおうかとも思うが、壊れてもいないものを捨てるのは私の良心に反する。

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