第9話 跡継ぎの子
「子どもが宿っていない事が、分かりました」
リドが驚いて目を見開きました。
「助けて。私を助けて、ヒェイル様との子を、産ませてほしいのです。産まれた子を、支えて。お願い。お願いです」
私は頭を下げました。
「本当に。本当に、お子はいないと?」
「本当です」
リドが驚いて少し震えました。
「知っていたのでしょう。可能性は残っていたけれど、もう無いと分かりました。ヒェイル様にも頼まれたではありませんか。この家には、私には、子どもが、ヒェイル様の子どもが必要です。だから、助けが必要なのです」
リドは私の要求を察しました。
「しかし奥様・・・。本当に・・・? 本当に手伝えと・・・? 私で、よろしいのですか?」
リドが私を気遣っているのが分かりました。私の気持ちを尊重ということですね。
「私だけでは無理です。手伝ってください。お願いです。どうか、少しでも早く」
ヒェイル様が亡くなった今、生まれて来る時期があまりにずれては疑われてしまいます。
リドも私も、真剣な顔をしていたと思います。
見つめ合っていたのは短い時間だったのか、長い時間だったのか。
リドが答えました。
「奥様が、お望みなら」
「望んでいます」
「旦那様に怒られないと良いのですが。・・・浮気には、なりはしませんか」
「だって。未亡人なのですもの。許されます」
私は笑ってみせましたが、泣きたくなりました。
そしてリドは、私が浮気をしないとこだわっていたので、心配してくれているようです。
「浮気とは呼ばれません・・・。リドは、良いですか? このような私で」
「私は構いません。・・・今言うものか分かりませんが・・・実は今もお慕いしています。傍にいれるだけで幸せでした」
「・・・変わった人。どうして私が良いのか分からない」
「同じ生き方をしないと、私でないと、きっとお分かりいただけません。・・・奥様、ただ、私はきっと、奥様の心も強請ってしまいます」
「気持ちを尊重してくださるのでしょう」
「はい」
「でしたら、構いません。お願いします。それに・・・私はきっと、あなた相手に、ヒェイル様の話をしたがります。聞いて貰いたがります。それでも・・・」
最後まで問わず、私は手を伸ばしました。
リドが近づいてきました。
きっと、それでも良いという返事だと思いました。
私は助けを求めながら、念を押しました。とても自分勝手だと思います。
「ヒェイル様の子どもです。男でも、女でも・・・。ヒェイル様がお父様です。よろしいですね」
「はい。・・・私に似なければ良いのですが」
「きっと大丈夫です。私の顔に似る可能性が十分にあります。不細工が継がれてきた家系なのですもの」
リドが少し笑みました。ずっと互いに怖い顔をしているので、私は少し安心できました。
「不細工などと。愛らしいお顔立ちです」
「まぁ。きっと悪い魔法にかかっているのね、ずっと」
「そうでしょうか。とにかく、では、信じて安心することにしましょう」
「えぇ」
どうか、お願いします。
私の言葉を、リドは受け入れてくれました。
***
リドと、まるで夫婦のように過ごしました。
私から頼んだ事なのに、ヒェイル様と違う人と、まるで夫婦のようになる事に、泣いてしまう事もありました。
その時はすぐ反省してお詫びを伝えましたが、リドも困ったことでしょう。
一方でリドも、私と過ごしながら、ヒェイル様を思い出して泣いたりしました。
***
ある日。
リドが打ち明け話を聞いて欲しい様子だったので、聞きました。
私も、ヒェイル様のことをつい聞いてもらうので、おあいこです。
「誰かに言いたくて、言えずにいるだけで、奥様に言うべきではないと、分かるのですが、それでも」
「言いたいのでしょう。聞きます・・・。どうぞ」
「・・・旦那様を殺した家の事です」
私は息を飲んでしまいました。震えてしまいます。
「あの家は、私が、旦那様に命じられて、本を盗んだ家です」
「え・・・」
まさかその時の恨み。
「奥様はご存じないはずですが、たぶん、相当、普段から仲が悪かったのだと思います・・・。私が盗んだのは、その本だけですが、他にもいろいろやり合っておられたのかもしれません・・・」
「そぅ・・・」
なんて人でしょう。そんなことで亡くなってしまうなんて。また悲しくなって泣けてしまいます。
「・・・どうして私に今教えたのです?」
「いえ・・・ただ、誰かに、言いたくて・・・言えなくて」
「そうね・・・。・・・そうね・・・」
私もリドも、つい、ヒェイル様について考えてしまいます。
「秘密のお話ね・・・」
「はい・・・。ただ、誰かに、ただ、聞いて欲しかっただけなのです・・・」
リドが滅入っているようです。
「ヒェイル様も罪作りな人。私たちを残して逝ってしまうのですから」
「はい。恩を、お返したい」
リドの声も、震えていました。
****
私とリドとの計画のお陰で、翌々月に、恐らく妊娠している事が分かりました。
執事長は、真実を知りながら何も言わず、喜んでみせてくれました。そのうち涙を浮かべて、感極まったようでした。
「精一杯、奥様と、生まれて来るお子様にお仕えいたします」
と強く誓ってもくれました。
とても安堵いたしました。早く生まれて来て欲しい。
こうして、私とリドと執事長は、秘密を共有する間柄になりました。
なお、私の世話を直接してくれるようになった家政婦長も気づいているようですが、彼女もこの家が続く事を願っている一人だと執事長に聞いています。
そして、無事に。
本当は早産だったのですが、ヒェイル様の子どもとしては順調に。
私は、私の不細工を見事に受け継いだ男児を出産することができました。
とても、嬉しかったです。
ヒェイル様のご友人の方々からも祝いが届き、ヒェイル様のご存命の、離れたところにお暮らしのお母様からも祝いが届き、そして私の家からも祝いが届き・・・城からも。
お陰様で、無事に嫡子と認められ、家を保てる事になりました。
きっと、ヒェイル様も安堵してくださっている事でしょう。
そうでしょう。私へのヒェイル様の遺言を、私はきちんと守ることができるのです。
子どもを守り、家を守る事。
時間稼ぎの戯言では決して無かったのです。
ヒェイル様。あなたと私の子どもですよ。
見てくださいませ。なんとまぁ、私の方ばかりに似て、不細工なお顔の赤子でしょうか。
でも、あなたはきっと、可愛いと言ってくださいます。男の子ですけれどね。