表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/10

第8話 事態急変

「・・・レイチェル、来たか・・・?」

「ヒェイル様! おります、ここにいます!」


「そうか・・・」

ヒェイル様が笑みを浮かべられました。


「しまったな、もう腕が辛い・・・」

「嫌です、どうしてこんなことになっておられるのです!」

「全くだ・・・」

「呑気な! どうすれば良いのです、どうなさったのです」


「他もいるか? 呼んだのは皆?」

「執事長とリドがおります。お医者様に、他の方々も・・・」


「レイチェル、手を」

言われて、急いで握ります。ギュッと握るのに、指先がピクリと動くだけのようです。とても冷たくなっておられます。

どんどん新しい涙が溢れてきます。


「きみの、お腹の、子どもを、守って、家を守ってくれ」

「えっ」

驚きました。

私のお腹の中には、まだ子どもがおりません。いえ、いてくれる可能性はありますが、まだいると言われておりません。


「皆も、妻と、子どもを、支えて欲しい・・・頼む」

他の皆様に向けても、そんな事をおっしゃいます。


「ヒェイル様・・・」

私は手を両手で温めるように握ります。


ヒェイル様は執事長の名を呼びました。

「頼ん、だ」

「どうしてこのような事に・・・!」

「全く・・・。時間が無いな・・・」

ヒェイル様の言葉に執事長も急に泣き始めました。


「リド・・・」

「はい。ここに」

リドも硬い声をしています。


「レイチェルを・・・一番、に、尊重を・・・」

「はい、必ず、ヒェイル様と奥様のお気持ちを一番に」

リドの声も震えています。リドもこらえきれず、泣きだしました。


ヒェイル様はそこで長い息を吐き、何も話さなくなりました。

私はずっとヒェイル様に声をかけ続けました。


執事長は医師に、何とか手を打ってくれと頼み込んでいます。

リドは周りの方々から話しかけられていました。周りの方々が知る細かな経緯を教えてもらっているようです。


「ヒェイル様・・・?」

ヒェイル様が薄ら目を開けて私を見つめておられます。微笑もうとしておられます。

何かを言おうとされました。


あいしている・・・?


「私もです・・・! 置いて行かないでください・・・!」

私を眺めながら、ヒェイル様は目を閉じられました。

「ヒェイル様、ヒェイル様・・・!」


医師が動きます。

頬を叩くようにし、耳元で呼びかけています。


ヒェイル様は、動かれません。


人目もはばからずに泣きました。


ヒェイル様は突然、亡くなってしまいました。


***


ヒェイル様にご友人がおられたのは本当の事でした。

いえ、疑っていたわけではありませんけれど。


教えていただいたことから分かった事は、もともと仲の悪かった家があり、殺傷沙汰にまでなってしまったそうです。


そして、ご友人の方々は、ヒェイル様の家を守ろうとしてくださいました。それが、ヒェイル様からの皆様への遺言でもありました。


私たち夫婦には、跡継ぎができていません。

ですから本来は、屋敷や資産は没収、取り潰しになります。

私は実家に戻るのが普通で、使用人も解雇することになります。


ですが、私が妊娠していたら。特例として判断は延期され、無事産まれたらその子を跡継ぎに。全てを引き継ぎ、家を守ることができます。


けれど・・・困りました。お腹に宿っていてくれると良いのですが・・・。

ヒェイル様の賭けのはず。

とっさに、他の方々には、実は妊娠したばかり、と見せかけましたが。


ただ、妊娠していていない場合・・・どこかで流産したことにすれば・・・。少なくともそれまでは、判断は保留され、今すぐ取り潰しになるよりは時間稼ぎができます。

可能な範囲の家財整理、使用人の再就職先など含めて、さまざまに手配できることでしょう・・・。

ヒェイル様はそちらを考えたのかもしれません。


あぁ、どうか、妊娠していますように。

そうしたら、ヒェイル様のご遺言を正しく守れます。

ヒェイル様はとても大切な人で、私はこの家と生まれてくる子を守りたいです。


***


葬儀が済み、私のところに、できる限り協力すると申し出てくださりながら、ご友人方も帰って行かれます。

私はお礼をお伝えする事しかできません。


あまりにも突然すぎるのに、今後のことなど考えたくないのに、考えないといけません。


***


翌月。

妊娠していないことがハッキリとしました。

目の前が真っ暗になった気がしました。


それでも、絶望しているわけにはいきません。

執事長だけを部屋に呼び、事実を伝えました。


そして、子どもができていなかった場合の事を考えていた通りに、動く事にしました。

「真実を知っている者と、お医者様に、きつく口止めを。私は、妊娠している事にしてください」


執事長は硬い表情で、じっと私の顔を見つめています。


「リドを呼んで。私は、ヒェイル様の子どもを必ず生みます」

伝える時に、少し震えてしまいましたが、キッと睨むように執事長を見つめていました。


執事長は少しの間黙っていました。

それから私に頭を下げました。

「かしこまりました」


***


速やかに、リドだけが呼ばれました。私の部屋です。

リドも硬い顔をしていました。


私は寝室に移動し、リドも来るように言いました。


ベッドに腰をかけます。リドは寝室の入り口のところで立っており、それ以上入って来ません。

「来なさい。話があります。他に聞かれてはいけないの」


リドは少し動揺しながら、どこか私を見ないようにして入ってきました。

「扉は閉めておいて。念のためです」


近づき、立ち止って私を見たリドを、私は見上げるようにして言いました。

「私は、ヒェイル様の子どもを、産みたいのです」

「・・・はい」


リドはきっと勘違いをしました。ヒェイル様の子どもと聞いて、少しホッとしたのですから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ