第7話 ヒェイル様
「きみが、浮気などしないと宣言してくれるのは、頼もしい。私も決して浮気などしない」
「はい」
「一方で、どうしてもリドの事が気がかりだ。きみの気持ちが一番尊重される。私はこんな人間だ。きみがリドと愛人関係になっても文句は言わない。初めからそのように考えていたのだ」
「・・・頭の固い人ですこと」
ポソッと呟いてしまいます。しっかり耳に届いている事でしょう。
「どうしていいのか分からない。だが、私はリドも尊重したい」
困ったようでいてそれでいて助けを求めるように私の方に向き直して来られます。
「もぅ。馬鹿な人」
「辛辣だな」
「浮気しないと言っている妻に愛人を勧める夫なのですもの」
「・・・全くだな」
腕を伸ばして来られるので擦り寄って差し上げました。
「呆れているか?」
「呆れ・・・そう、ですわね。むしろ怒っています」
「そうか」
どこか嬉しそうに聞こえます。
「浮気は、しないのか?」
「いたしませんわ」
「そうか」
と、嬉しそうに抱き込まれました。
本当に、困った愛しい人だと思います。
***
リドを思い出したように使いに出したり適度に使いながら、他は変わらず過ごしておりました。
そろそろ、お腹に新しい命が宿っても良いのに・・・と最近思いますし、屋敷の皆も期待していると思います。まだかしら。
相談して、身体に良いと言われるお茶を飲んだりしております。
本当に、毎日幸せでした。一緒にどこに出かけるという事が無くても、私は幸せでした。
なおこんな私ではありますが、ごくまれにお茶会にお呼ばれする事もあり、その時は一生懸命身ぎれいにして参加いたします。
ただ、お茶会の時は皆様、旦那様への不満や文句が多くて、いつも話題に困っています。私はきっとあまり話さない面白みのない人間と皆様に思われている事でしょう・・・。
でも誘ってくださるだけでありがたい事です。私もなんとかお友達ができれば良いのですけれど・・・。
一方で、ヒェイル様はご自分のお仕事重視で、私の交友関係が相当に貧弱でも全く問題無いそうです。安心いたします。
私を選んでくださって本当に感謝です。
あら、そうするとリドにまず感謝するべきなのでしょうか・・・。
少し微妙な気持ちですが、でもそれについては感謝するべきなのでしょう。
***
「奥様! 大変です! 急いで登城なさってください!」
平穏に過ごしていたある日、執事長が部屋に駈け込んでまいりました。事前のノックも、彼ともあろう者が忘れるほどに慌てております。
「どうしました」
「旦那様が、城で倒れられたと! 血が失われて、危ないと!」
「えっ」
血がザァと引きました。
立ち上がろうとして、立ち上がれません。
「奥様、お気を確かに! しっかりなさってください! 旦那様が呼んでおられるという事です!! リド! きみもだ!」
執事長に支えられて、なんとか立ち上がろうとします。ヒェイル様が私を呼んでおられる・・・。血が失われて危ない? 倒れられた? どういうこと。
「奥様! 一緒に参りましょう、お連れいたします」
「えぇ・・・」
執事長と、それからリドが動けなくなっている私を支えます。
「奥様、急ぎましょう」
隣から、リドが私に向かって発言いたしました。
私は左から私を支えるリドを見つめます。リドの顔も強張り真剣でした。
「早く。馬車までお連れいたします。よろしいですか」
「え、えぇ」
「抱き上げます。失礼」
グィ、と膝裏に腕を通して持ち上げられます。私は小さく悲鳴を上げました。
「執事長、急ぎましょう」
「あ、あぁ」
リドがテキパキと動いています。
「奥様、気が進まないかもしれませんが、私の首に腕をかけて。その方が安定するでしょう。急ぎましょう。間に合わないといけません」
「間に合わないと、なんて・・・」
言ってから意味が分かって涙がこみ上げてきます。
「どういうこと・・・ヒェイル様・・・」
「執事長」
リドが歩き出しました。執事長も急いで私たちを誘導するように先に立ちます。
「城で、グルドマスト家に刺されたと。刺した方は捕らえられ、旦那様は意識はありますが血が流れて止まらないと。向こうで手当てを受けておられますが危ない状態で、奥様と、私と、リドを早くと呼ばれていると。ご自身が危険な状態だと分かっておられるご様子」
「いや・・・」
悲鳴を上げましたが、リドに注意をされます。
「奥様、しっかり捕まっていてください。お気を確かに!」
「うぅ・・・」
涙が溢れて止められません。
「スイ、ケリーヌ、お前たちも、取り急ぎ来るように。向こうで待機になるが連絡に必要だ。馬車の手配は」
「はい」
「馬車は正面に待っています」
執事長は周りに指示を出しています。
馬車に乗せられました。
「奥様、お気を確かに。同乗させていただきます」
執事長の言葉に頷くことしかできません。
「執事長、旦那様と奥様を頼みます・・・!」
誰かが声をかけています。
「お前たち、連絡を待ちなさい」
「はい」
馬車が動き出しました。
***
支えが無いと歩く事ができませんでした。執事長は老齢で、リドが私を支えておりました。
連絡係についてきた他の2人は、どこかで待機になったようです。気が回っていないので詳しく分かっておりません。
城の一室に、ヒェイル様が寝かされていました。
医師もおりましたし、見知らぬ方々もおられましたが、到着した私たちを見て、皆辛そうに顔を背けました。
身体が震えてしまいます。
「ヒェイル様・・・」
「意識はまだあります。早く。ずっとお待ちです」
「いや・・・」
そんな言い方しなくても良いではありませんか。死にそうなところをギリギリ待っているように聞こえてしまいます。
支えられてたどり着いたベッドで、真っ白な顔色のヒェイル様が横たわっておられます。
だけど、お腹のところが真っ赤です。
「傷が深く・・・」
「いやです・・・」
私はよろめくように、ヒェイル様に縋りつこうとしました。
「駄目です、身体を押しては」
動きを止められます。
「ヒェイル様、ヒェイル様・・・・!」
泣きながら呼ぶと、ヒェイル様の瞼が少し動きました。