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第5話 ヒェイル様からの頼み

「リドに恩義がある。リドの望みを何でも一つ聞こうと約束した。リドは、ある女性に会いたいと願った。探してみれば、きみだった。結婚前の話だ。きみについて調べるうちに、私の結婚相手に丁度良いと考えた。どうせ私など誰も見向きもせず浮気する。浮気相手にリドがなればすべて丸く収まる」

「私は、浮気などしないと」

「分かっている。だが、初めは分かっていなかった。そう言いながら、私と結婚するのだ、他に愛人を作るはずだと思っていた。だが、きみは本当に私だけで、何度も浮気などしないと宣誓まで聞かせてくれた」


「今も、その人を私の愛人にしたいとお考えですの?」

泣きながらそう尋ねると、ヒェイル様は言葉に詰まりました。


しばらく黙ってから、

「約束したのだ」

と言われるヒェイル様に、私は尋ねました。

「愛人にというご希望だったわけではないのでしょう? 会いたいと、ただそれだけだったのなら、もう希望は叶えたではありませんか!」


「・・・リドの方が、先にきみを想っていた。私は横取りをした」

「とんでもありませんわ! 私は誰のものにもなっておりませんでしたもの。そもそも、その人と会った事はありませんわ!」


ヒェイル様は俯いてから、また顔を上げた。

「・・・リドは私の無理な願いを叶えた。そのことで、捕まってしまったのだ。牢にいれられた。気づくのが遅く、助け出すのに数日かかった」


ヒェイル様がじっと私を見つめておられます。苦悩を吐き出すように。


「私は、どうしてもある書籍を手に入れたかった。他家の秘蔵の品だ。仲が悪いので何度頼んでも貸してくれず、私はついに腹を立てた。リドに盗んでくるように頼んだ。どうしても欲しかった」

「盗みを・・・働かれたのですか・・・」

茫然と確認しようとしますと、ヒェイル様は首を横に振られました。

「1日、借りるだけで良かった。半日あれば目を通すことができる。その後で元あった場所に返す予定だった。・・・リド、お前から話したいか?」


「はい。それでは」

それまでじっと黙っていたリド=カロスが声を出しました。

リド=カロスは私を見つめました。少し緊張したような表情で。

「私は首尾よく、ご所望の書籍を手に入れました。ヒェイル様にお渡しし、予定通りの時間にまた戻って来たその書籍を、今度は元に戻す、というところで下手を打ちました。向こうが気づいていたため、私が捕まってしまったのです。私は決してヒェイル様の名を出さず、盗みを働いたただの町民として、絶対に口を割りませんでした。まだ余裕がありましたし、万が一があっても必ず何とかすると事前に聞いてもいましたから助けを信じていました」


リド=カロスは町民だったのだと知りました。


「牢にいたのは2日半ほどです。ヒェイル様が手を回して私を釈放してくれました。随分殴られたりと酷い目に合っていたので、こちらのお屋敷で介抱して貰いました。そのまま雇ってもらいました。今では、町で馴染みに合っても誰も私と気付きません。すっかり身なりも言葉遣いも変わりました。ヒェイル様は私が牢に捕らえられたことを大変苦しく思われ、私の願いを聞こうと言ってくださいました。私は丁度、あなたに恋をしたところだったのです。・・・牢で、盗みを働いた少女を助けに来て、あなたは『盗みはいけない』と泣きました。可愛い透明な声だった。床に転がっていた私にも届きました。なぜか、とても暖かな気持ちになったのです・・・勝手に涙が出ていた」

リド=カロスは当時の感情を思い出したのでしょうか、嬉しそうな、泣きそうな表情になりました。


私は驚きました。

エミリが捕まった時。あの牢に・・・。


リド=カロスは話し続けようとしましたが、ヒェイル様が口を開き、リド=カロスの言葉を遮りました。

「リドからきみの事を聞いた。そのことで、きみと結婚した。だが、聞いたように、リドはきみを慕っている。・・・愛人にしなくて良い。愛人にと言われた訳ではない。だが・・・リドをきみの傍に使ってくれないか。・・・したければ、浮気して良い」

「浮気はいたしません」

そこだけは決して譲らず、私は強く宣言いたします。


「・・・傍に使ってやって欲しい。私は彼に恩義を感じている。リドがいたから、私はきみを知った」

苦しそうにヒェイル様が顔をしかめられました。

その表情に、すこし気持ちが清々した私は悪い女でしょうか。


「嫌ですわ」

と私は断る事に致しました。ヒェイル様からの私への裏切り行為のように思えてしまうのです。

「頼む」

ヒェイル様が私に頭を深く下げられました。私はまた震えました。


「どうしてそこまで、恩義を感じていらっしゃいますの。もう十分ではありませんか」

「いいや。私の無理で盗みをさせ、牢にまで入れられた。きみは暴行の跡を見ていない。死の淵まで彷徨ったのに、リドは私を信じて決して口を割らなかった。盗んで何事もないふりで返すなど・・・私が浅はかにも考えたせいだ」

「だからって」


「傍にいるだけで良い。きみの気持ちは尊重される。当然だ。リドもそう考えている。そしてリドは私も尊重している」

「そんな、ヒェイル様を尊重しているなら、妻の私を、そんな」

「だから、これは私の願うことだ。傍に置いて使うだけで良い。荷物運びや伝令に。傍に男手があるのは便利なはずだ。きみの傍で働けることをリドは喜ぶ」


何を言ってもヒェイル様が聞いてくれる様子がありません。

リド=カロスを見やると、じっと私を見ています。ヒェイル様の願いを止める気はないようです。


「私、浮気は嫌ですの。絶対にいたしません。周囲にそう疑いをもたれる事も嫌なのです」

宣言すると、ヒェイル様が困ったような苦しそうな顔をなさいます。


「本当に、この人相手なら、浮気をしてよいと考えていらっしゃるの?」

「・・・きみが願ったら構わない」

ヒェイル様が項垂れました。本当にそう思っているのに、辛そうに見えました。


「・・・馬鹿な人」

と私は呟きました。

願いに縛られているようです。

ヒェイル様の気持ちを晴らすには、私はこの話に乗るべきなのかもしれません・・・。


私はもう一度、リド=カロスを見やりました。真剣な表情。

「どうしてこんな私が良いのでしょう。ヒェイル様は別として・・・」

そう呟くのに青年の表情は変わりません。いえ、少し表情が柔らかくなりました。怒りを覚えます。

「浮気は絶対にいたしません。そんな事になったら私自害いたします」


驚いたようにヒェイル様が顔を上げます。自害という単語を恐れたご様子。


私は言い聞かせるように何度も言います。

「浮気はいたしません。ですが、他の侍女と共に、何かの伝令や荷物の移動などに使いましょう。それでよろしいですか?」


ヒェイル様がほっとしたようなお顔になり、少し笑顔になりました。

なんだか腹が立ちました。私は大変機嫌が悪くなりました。


なのにヒェイル様は立ち上がり、嬉しそうにソファに座る私を抱きしめて来るのです。

リド=カロスがいる前で、一体どういうことでしょうか。


よく分かりませんが、私は嫌々お話を飲んだことを伝えたく、腕をつねらせていただきました。

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