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第4話 ご多忙だと分かりました

ヒェイル様がお仕事熱心で、基本的にお仕事の事しか考えたくないというのは本当だと、数日のうちに私にもよくわかりました。


屋敷に帰ってきても、仕事の事で頭が一杯で上の空です。

「おかえりなさいませ」

と出迎えても、

「あぁ」

と小さく呟きながら、食事のためにそのまま歩いて行かれます。

屋敷の者たちは慣れている様子で、歩きながら脱がれていく上着を受け取っていたりします。


一緒に食事をとりますが、難しい顔をして、私にも悩み中の仕事の話を口にされます。

とはいえ、私からの返事は求めておられません。

自分の考えの整理のために口に出すけれど、そのことでまた一人で納得したり答えを見つけたり、改めてああでもないこうでもない、と悩まれます。


確かに、ヒェイル様には浮気などできないと納得です。

一方で、たしかにこんな状況では、人によっては浮気に走るかも、などと思ってみたりします。私は絶対に嫌ですけれど。


そんな暮らしが始まりましたが、一方で、ないがしろにされ続けているわけではありません。

なぜか急に私の存在を思い出したように、無造作に花束を持って帰ってこられます。

「たまたまだ、偶然だ」

と言いながら押し付けて来られるので、この人は不器用なのかしら、と思いながら、やはり単純な私は嬉しくなってしまいます。

「女は花が好きだな。どうせ枯れてしまうのに」

などと言うのは憎らしいところですが。


***


思いの外、私たちは上手く行っておりました。


ヒェイル様は本当にお仕事第一ですし、そう分かっているのでそれについて不満はありません。

そして私は、たまに存在を思い出したかのように贈られる品物に、単純に浮かれ喜びました。私は今までそのような経験が一切ありませんから、何を貰っても嬉しくなります。


とはいえ、愛人として青年を紹介されたことは私の心を傷つけていました。

私は二人でお話する度に「浮気はいたしません」と告げる癖がついておりました。

そのうち、「知っている」「分かっている」と返事がもらえるようになったのは良かったです。ただ、どこか心ここにあらず、という風で生返事に聞こえる時があります。気になります。

疑ってかかりすぎでしょうか?


「私は浮気しない」

と逆に明言してこられることもあります。

「はい。信じております」

「信じるも何も」

「はい。お仕事がお忙しくて、それどころではありませんもの」

「そうだ」

「私も浮気いたしません」

「うむ」

私の宣誓についてはかなり簡単なお返事です。


と、こんな風に私たちの仲は恐らく良好で、屋敷の使用人たちが私たちを見て微笑むぐらいなのですから、他の者から見てもそうなのです。

何度か、執事長から私を褒めてもらったこともあります。

ヒェイル様はお仕事第一。そのヒェイル様のお心を掴んで下さり、幼少時からあのご様子に心配しておりましたが奥様がおられて一同嬉しく思います、というような。


毎日きちんと帰ってくるようになったという事です。

結婚してからいつも毎日ご帰宅でしたので驚きました。

多分、始めは私に気を遣っておられたのでしょう。ヒェイル様はそのようなところが可愛らしいと思います。

そして確かに、最近は、始めよりは随分早い時間に帰って来られるようになりました。


いろいろ勝手に思いますには、今まで本当にヒェイル様はお仕事だけ考えて来られたので、女性の扱いというものに全く慣れておられないところに結婚し、私の方も全く男慣れしていないので、全てが手探りながら一つ一つの小さなことが双方嬉しく、このように良い関係になることができたのではないかと思います。

朝の挨拶やお見送りなど、日常の一つ一つで私も十分幸せです。


とはいえヒェイル様の妙な物言いは変わりませんので、とても憂いたように、

「最近は私の頭の中は仕事ときみのことで一杯だ」

などとおっしゃいます。


もうちょっと違う言い方をしてくださったら、私の心も跳ねるように躍ったかと思いますが、至極残念、という風ですので、こちらとしても困ったようになってしまいます。


***


一方、なぜか、たまにあの『愛人』の青年が私のところにやってきます。ヒェイル様の使いとして。

なぜわざわざ彼を使うのでしょう。顔合わせに問題がありましたから、ものすごく警戒してしまいます。


彼に対しては必要以上に線を引き、可能な限り部屋の中にいれさせません。周囲に勘違いされる要素を徹底的に消すためです。

こんな扱いをするのに、青年は気を害したそぶりをみせません。その意味で優秀な使用人なのでしょう。私に好意的な笑みさえ浮かべるのですから。

とても苦手です。


とはいえ、あまり頻繁には私のところにやってくるわけでは無く、ヒェイル様のお使いなのですから、ヒェイル様に文句も言わず、周囲にも何も言っておりません。


***


ある日、ヒェイル様がお仕事に出る前に、お部屋に呼ばれました。

いつもにはないことなので、少し驚きながら向かいましたところ、酷く真面目で思いつめたような顔のヒェイル様が、あの青年とお部屋におられます。

何でしょうか。


「レイチェル、きみに話しておきたいことがある」

「はい」


対面のソファを勧められたのでそこに座ります。まるで客人のようです。


ヒェイル様はソファに前のめりに座っておられ、とても考え込んでいるご様子でした。

青年を見ると、私に友好的な笑みを浮かべて見せました。

本当に何でしょう。


ヒェイル様が口を開きました。

「私は、ここにいる、リド=カロスに大変な恩義がある」

そして私をじっと見つめてこられます。

何を言われるのでしょう。私の顔は強張っていたと思います。


「きみは浮気をしないと言った。だが、リドなら浮気をしても良い。リドは私よりいい男で・・・」

と言われたところで、私の身体は震え、勝手に涙がせりあがってきました。

ヒェイル様も震えたように驚き、

「きみは浮気しなくて良い。だが、しても良い、しなくても良い」

と焦ったようです。


「私は、浮気などいたしません」

「そうだ。だが・・・聞いてくれ」

ヒェイル様より、その後ろでじっと黙って立つリド=カロスに腹が立ってきます。私は強くリド=カロスを睨みました。


ヒェイル様は困ったように、それでも私に話を聞かせようとしました。

「きみを、妻に選んだのは、リドの事があったからだ」

私はヒェイル様を睨みました。

普段にない私の様子に、ヒェイル様は緊張に唾を飲み込みました。

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