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第3話 ヒェイル=イーフラッグ様

お相手のお名前は、ヒェイル=イーフラッグ様。


陰気そうな細身の人でした。歳は私の5つ上。


じっと私を見て、こう言いました。

「きみは浮気をしない相手を求めていると聞き及んだ。そこでどうだろう。私が相手というのは」

不思議な事をいう人だと思いました。


「浮気をしない自信がおありなのですね」

と失礼にならないように口調に気を付けてお答えしましたが、やはり不思議です。

仮にその自信があったとして、私を妻に据える理由はどこにあるのでしょうか。

お金に困っていらっしゃるのでしょうか。


「私を値踏みしているのか」

とジロリと睨まれたので、慌てました。

「いいえ。ただ、私のようなものを選ばれる理由が、分からないと思っただけです」

「あぁ。それについては答えられる。私はあまり女に興味が無い。男に興味があると言うわけではない」


はぁ、と生返事を返してしまいました。


「仕事で私の頭は一杯なのだ。とはいえ貴族の義務だ、結婚は必要だ。きみは相手に浮気を望まない。ならばきみ自身もそうだろう」

「えぇ、もちろん」

「それは良い。こちらが仕事をしている一方で、妻が浮気で遊んでいるなど腹立たしいにもほどがある。だがきみは浮気などせず、細君として家を気にかけてくれるはずだ」

「えぇ」

「だからだ。きみにも私のような男は理想的だと思うが?」


私はじっと見つめました。正直なところ容姿も好みではなく、性格も妙に上から目線。しかも言葉が率直過ぎて棘さえ感じます。

だけど父が会わせたという事は、父のチェックは通過しています。その意味では相応しい相手なのでしょう。


「なぜ即答しない。何が不満だ」


その物言いが私を不安にさせるのです、とは言えません。

私に選ぶ余地はないでしょう。そして、浮気をしないと明言するなら良い相手なのかもしれません。が、一方で、世の男性は初めはそう言いながら浮気をすると聞いています。


だったら、この方でなくても良いのでは。不躾で上から目線で、居たたまれなくなるのです。


はぁ、とヒェイル様はため息をつきました。不快になっておられます。


「分かった。言い方を変更だ。きみに決めた。結婚してくれ。浮気はしない。誓約書も書こう」

「まぁ。それほどのメリットが、私に?」

「言っただろう。私は仕事で頭がいっぱいだ。仕事に注ぐ力を他の事で乱されたくないのだ。浮気でややこしい事態に陥りたくなどない。妻は貞淑に家を守っていてもらいたい」

「随分と、他家の方々に偏見がおありではありませんか?」


言ってはなんですが、私の周囲が浮気している人ばかりなだけで、世の中には真っ当に愛を育んでいる家もあるし、夫が浮気していても家をしっかり守る奥様も多く存在するはずです。


「きみで良いと言っている! 断りたい理由はなんだ!」

「・・・まぁ」

その物言いに呆れましたが、なんだか諦めの境地にもなってきます。


「言い直す。きみが良い! これでどうだ!」

「まぁ」

妙な執念さえ感じます。思い通りにいかないと怒るタイプの方なのでしょう。


とはいえ、単純なもので、『きみが良い』と言われて私は嬉しくなりました。

「ありがとうございます。少し考えさせてくださいませ」

「なぜだ!」

「あまりにも急な事ですもの・・・」

と正直に言うと、妙に気落ちした様子になられました。


「断られでもしたら、私はまた相手を検討し直さなくてはならない。そんな手間はごめんだ」

「まぁ・・・」

同情は、いたしませんことよ。あまりにも失礼で勝手な理由だと思ったものですから。


***


結局。

落ち着いて考え直してみたのですが、私には良いお話かもしれないという結論になりました。

浮気をしない、証書まで書く、と言ってくださったのが一番のポイントです。それ以外にはありません。

でも、私も浮気なんて絶対にしたくありませんから、案外良い夫婦になれたりしないでしょうか?


こうして、お話はトントン拍子に進みました。


***


結婚式もしました。

私も花嫁衣装に憧れていたので、とても嬉しかったです。

ヒェイル様も、正装で少し凛々しく見えました。大変緊張されておられましたけれど。ガチガチでした。


そして式も一段落し、ヒェイル様のお屋敷でほっと一息つけた日です。

私は、夫となったヒェイル様に呼び出されました。


部屋にいたのは、ヒェイル様の他に、もう1人。見知らぬ青年でした。

「紹介しよう。リド=カロスだ。愛人にすると良い」

「え」

耳を疑いました。ぽかんと口を開けてしまいました。


ヒェイル様は真面目な顔をしています。リド=カロスと紹介された青年も、真剣な様子でじっと私を見ています。


慌てました。

「私を試していらっしゃるの? 浮気をしないと互いに約束したではありませんか。愛人などいりません!」

「きみは誓約書までは書いてない。宣誓など所詮口先だけだ。私は仕事一筋だ。きみは暇だろう。愛人と遊んで暮らせばいい」


「婚約時に言われたことは何だったのです? あり得ません、私に愛人をなんて、しかもご自分で」

屈辱さえ感じました。カァと頬に血が上ります。

式や手続きなどで、書類的にはもう夫婦ですが、初夜もまだです。なのにどういうことでしょう! 仮初めの夫婦になることを、始めから計画されていたのでしょうか。


裏切られた思いです。

勝手に身体が震えて、兄が浮気された時の話がこんな時に思い出されました。


結局私たちの家に生まれた人間は、こんな思いをするのです。なんて理不尽。呪われているのです。


しばらくして、

「試した。私が悪かった」

ポツリ、とヒェイル様がおっしゃいました。


何を、今更。


「悪かった。すまない」

頭を下げられる姿に、混乱してしまいます。


「今晩、きみの部屋に行く。良いな?」

とヒェイル様が確認のように私に尋ねてこられます。つまり、今日、本当に夫婦になるということです。


「はい」

と答えますが、まだ起こっていることが掴めません。

本当の夫婦になる前に、私の気持ちを試されたのでしょうか?

よく分かりません。


だけど、話はそれで終わりのようです。

青年が退出し、私たち二人は無言でおり、そして侍女が私を色々な支度のためにと呼びに来たために、私も退出したのです。


***


その夜、初めて一緒に寝ました。

意外なほど、ヒェイル様は私に気を遣っておられた気がします。

私は何度も、

「浮気は致しません」

とお伝えしました。


けれど、それについての返事は貰えなかったと思います。

きちんと分かって下さったのかしら・・・

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