第1話 不細工な家系に生まれました
兄が浮気されました。
兄は、顔立ちが不細工ですが、一方で、善に強く悪には染まらず、という家訓に従い、真面目に誠実に生きている人です。
兄嫁は美しい人でした。家柄からの政略結婚でしたが、兄は話が決まった時から浮かれ、一方で清く強く正しくを改めて誓い、その通りに振る舞いました。
結婚は順調に見えていました。兄は振る舞い全てから幸せが滲んでいましたし、兄嫁もニコニコしていました。
だけど、兄嫁は私たちの家の目を盗み、結局浮気をしていました。
始めは兄嫁の誠実さを信じようとしていた兄も、ついに行動を起こし、我が屋敷の離れというあり得ない浮気現場にて、二人で愛を語り合っているところに乗り込み、
「どういうことだ」
と兄嫁に説明を求めました。
すると、あろうことか、兄嫁は兄を詰ったのです。
「私たちには愛は育ちませんでした。そんな暮らしには耐えられません」
涙を流して、浮気相手に支えられながら。
ちなみに現場にはさすがに私はおりませんでしたので、これは侍女に情報収集にいかせた結果、つまりまた聞き情報です。
兄嫁はとにかく泣きながら兄を詰り、
「私は、私の事を心から愛してくださるラティス様と添い遂げます!」
と兄に向かって言い放ちました。
兄は震えていたそうです。
兄は兄嫁の事を愛していました。せっせとエサを巣に運ぶリスのように宝飾品や花束などを結婚しても贈り続け、乞われるままにドレスも作らせておりました。
兄嫁もまんざらでは無かったはずです。
だけど、多分、妹の私が思うに、きっと我が家の家系の特徴である、顔がよろしくなかったのでしょう。
だから、浮気相手に心を寄せたのです。ちなみに浮気相手は、兄に似つかぬ美男でした。
兄は今まで一生懸命に善良に誠実に真っ直ぐに生きてきた人間でした。
だから兄嫁のこの言葉に打ちのめされ、『きみだってこうだったじゃないか!』などと言い返すこともできず、立ちすくんで震えているだけでした。
つまり、負けでした。
相手が揃って去ってからもしばらく茫然と立ったままで、見かねた侍従が声をかけてやっと反応を示したぐらいだったそうです。
まぁ、それから遅れて怒りに燃え上がり、相手の家もろとも失脚させるべく、黒いお兄様が誕生してしまったわけですけれど。
仕方ありませんわよね。
***
申し遅れました。私は、レイチェル=ウィッドマンと申します。
上流階級の人間です。
そして、私が兄の話を話し出した理由、それは、私も大概の不細工だからです。
同じ様な教育を受けてまいりました。女は心根が大事である。一心に夫を支えるその姿に男は心を寄せるのだと。
しかし、幼少時からおかしいなとは感じておりました。
なぜなら、私とそっくり同じな顔の父。父も、母に浮気をされているのです。
父も分かっております。それが貴族の大人の寛容さだとかなんだとか言って涙を飲んで耐えているようです。
ちなみに母は屋敷におりません。別荘で愛人と暮らしています。
父と離婚しておりませんのは、単純にお金のためでしょう。
さて、父もそのような状態。
そして誠実に真面目に生きてきて、性格は素晴らしいと思っていたお兄様さえ浮気された。
どうしましょう、と私は思いました。
ですから私、正直に、私付きの侍女、エスペランサに相談したのです。
私も、貴族の娘らしく、憧れというものはあるのです。
「私、浮気なんて嫌なの。一人に生涯愛されたいの。どうすれば良いのかしら」
「お気持ち、お察しいたします」
「ねぇ、この小説ね、孤児を引き取って育てているうちに愛が育ち、その孤児は実は貴族の血を引くと分かり最後には祝福された結婚をするの。現実にはありえないけど、孤児を育てるのは良いかもって思うの」
「なるほど」
とエスペランサは真剣な顔で頷いてくれました。
「磨けば光る孤児の男の子を手に入れるの。でも、育てているうちに、きっと他の可愛い女性に心を寄せてしまうのね。・・・そうしたら私、捨てられてしまうのね」
「大丈夫ですわ、お嬢様。お部屋を与えて、そこから出さないようにするのです。お嬢様だけが出入りするのです」
「まぁ! エスペランサ! 素晴らしいわ!」
「私もお手伝いいたします! お任せください!」
エスペランサは本当に優秀で、私のことをきちんと貴族令嬢として敬ってくれる素晴らしい侍女でした。
計画を練っている時は本当に楽しかったです。
だけど、この会話は、どうしてだか父の耳に入ってしまったのです。
数日後、エスペランサは私の傍から別の仕事に回されてしまいました。探しても私には見つけられないところに。
朝に別の侍女が来たことで驚いた私は、急いで父のところに向かい問い詰めました。するとこう言われたのです。
「お前のエスペランサは、お前の教育に非常に良くない。お前を主と決めているのは頼もしかったが、時には悪行を止めるものこそ相応しい。そう思わんか」
「いやです! エスペランサが良いのです!」
「駄目だ。もう移動させた。ワシは、お前に曲がって欲しくない」
「いやです!」
12歳になっていたけれど、私は子どものようにだだをこねました。
ちょっと頼んだだけで情報収集してくれたのもエスペランサ。彼女ほど完璧に仕事をしてくれる侍女はいないのです。
だけど分かってもらえませんでした。
私にできたことと言えば、泣きながらエスペランサにあてて、戻って来て欲しい、寂しい、とエスペランサを恋しがる手紙を書き、父に渡すことでした。
渡してやるといってくれましたけれど、本当に届けてくれたのかしら。
でも、ある日、私の好きな花が一輪リボンをつけて届けられていたのです。きっとエスペランサなのだと信じています。
とにかく、私はそれ以来、大好きで優秀な侍女には会えずじまい。
元気でいてくれると良いのですが。
***
さて、エスペランサが私のところからいなくなってからも、私の生活は変わりません。
孤児を連れて来る案は皆に止められた上、余計な事を考える時間があるからです、などという変な理由で勉強の時間が増やされてしまいましたので、もう口にしなくなりました。
とはいえ、2年経ち、やはり馬鹿な事を口走っていたものだわ、と今では周囲の対応に納得もしています。