婚約破棄されてしまった件ですが……
初めての婚約破棄もので至らないところもありますが、温かい目で見て頂けると幸いです
「君とは婚約破棄させてもらう!」
王子が現れてそう言い放ちました。
一旦、落ち着きましょう。
私の名前はアリア。アリア・エルドラド。この国の貴族の娘です。
私は第三王子の彼と婚約することが決まっていました。殆ど、生まれてすぐのことでした。だから、人生について半ば諦めかけていました。自由に生きている平民に何度、夢見たことでしょうか。確かに暮らしは貧しいけど、操り人形のように使われている私とは全然違います。
私は子どもの頃から王家に嫁ぐためだけに教育されてきました。今までに大切な時間を削ってまでです。婚約破棄は望むところですが、そこに一体どんな理由があるのでしょうか。
「なぜ……ですか?」
自分でも思ったより冷静な声が出ました。
彼は私が冷静なことに驚いたような顔をして、すぐに冷静になりました。
「君はサリー嬢に酷い仕打ちをしたらしいじゃないか」
落ち着いた口調で彼は言いました。
「陰口を叩いて苛めたり、暴力を振るったりしたらしいじゃないか」
「そんなのは彼女の狂言です。私はそんなことをしません。第一、証拠すらないじゃないですか」
その質問を待っていたようです。彼は二ヤリと笑いました。勝ち誇ったような笑みでもありました。
「そうだろう。聡明なお前ならそういうと思っていたぞ。来い!」
そう言って、サリー嬢の友達が現れました。
「第三王子様。確かに私は見たのです。アリア嬢が暴力をふるうところを」
まぁ、何という狂言。戯言にもほどがあります。
ですが、どう狂ったのか。彼はつづけました。
「これでわかっただろう。サリー嬢の友達が見ていたそうだ。証拠がそろっている。言い逃れはできんぞ。この国の重要な貴族だから没落だけは勘弁してやるが、中堅貴族だったら、問答無用で貴族位を剥奪していたぞ」
そして、彼は私の方を見て、如何にも残念そうに溜息をつきます。
「君には心底呆れたよ。そんなことをする人だとは思ってなかったからね」
彼は私に一枚の紙を手渡しました。
「宣誓書だ。ここに署名して、婚約破棄する」
「わかりました」
私はあっさり署名します。
内容は簡単なものでした。
――今後、如何なる理由があっても、第三王子と婚約することを禁ずる
その後、親に宣誓書の内容を伝えた私は晴れて自由な身になりました。親は怒り狂い、「計画が狂った」などとほざいていましたが、私は一切、お前の操り人形ではないと言い返してやりました。
親とは今後、エルドラド家の名を名乗らないという約束の下、勘当されました。
一応、国立魔道学園を出ているので、職には困りません。それどこらか、読み書きができ、魔術が一流に使える者など、どんな職にもつけます。
私はパン屋さんになることにしました。この国はパンが主食で、非常に儲かっている職の一つ。しかもこの店は王都の中でも五指に入るほどの名店です。
毎日が大変な仕事でした。皿洗いなどの下っ端な仕事からでしたが、パン作りも少しづづ教えてもらいました。日々が新しいことの発見で、充実した日々が続きました。
だが、ある日、私は噂を聞きました。
あの第三王子がサリー嬢と婚約したらしいのです。
私はその噂を聞いて、私はあの日を思い出してしまいました。
ですが、不思議に思うことがあり、少し調べてみることにしました。
昔の人伝手を頼ってみます。
「……久しぶりね。アリア……どうしたのかしら」
「王女様。お久しぶりでございます」
「ため口でいいわよ。別に誰もいないのだから」
「これが自然体になっちゃってるところもあるのですが」
王女様は苦笑します。
「そうね。あなたはそういう人だったわ」
「で、今日は何の用なの? 一応、あなたは勘当されてる身だから、つまらない用事なら追い出すことになってしまうけど」
「実は第三王子のことなのですが」
「あー、いつまでもぐちぐち言うのはらしくないわよ」
「いえ、ただ気になることがあって」
私は王女様に気になることを話しました。
「うーん。調べてみるわ。何かわかったら、連絡送るから」
そう言って私は宿屋に戻った。
数日後、私の元には王女様からの伝書鳩が来ました。連絡を受け、王女様の元を訪れました。
「数日ぶりね」
「そうですね。で、結果は」
「とりあえず、面白いことがわかった」
王女様はそう言って、微笑をたたえます。
「まず、あなたが苛めたという話は全くのデマで間違いないわ。証言というのも金と権力で偽装しただけよ。次に王子はあなたのことを嫌いになってなかったわ。というか今はあなたを失ったことに悲しみを覚えてるわよ」
はぁ。なんと愚かな王子なのかと私は思いつつ、話の続きを聞きます。
「一時的な執着で失ったものの大きさに気付いた王子はとりあえず、あなたに謝りたいそうよ」
「いえ、謝罪はいりません。とお伝えください」
「はいはい。あなたなら、そう言うと思ったわ。最初から拒否しておいたわ。で、最後なんだけど」
ニヤニヤとした顔。これは面白がってますね。
「サリー嬢は催眠術の術者らしいわよ。特にその力は強力で一度かかると術者を倒さない限り、永続的に続くそう。ただ、王子は抵抗しているそうなの。だから、今、葛藤しているらしいわ」
ふむ。これは結構な大事ではないのかしら。一国の王子を催眠にかけるなんて、国家転覆罪といっても過言じゃありません。
「だから、あなたには証拠をつかんでほしいの。ほら、この魔道具。私が作った最新式よ。録音機能の他に録画機能も付いている代物で、形状も素晴らしいですわ」
うーん。彼女の感性はわかりません。四角い板のような代物のどこがいいのでしょうか。けれど、性能は素晴らしいですね。裾の中に忍ばせておきましょう。
王女様のお願いなら仕方ありません。あの女に会うのは嫌気がさしますが、仕方ありません。本当にやりたくないですが、仕方ありません。
懲らしめますか……
「まぁ、王子を取られた醜い女が何の用ですの」
豪華な衣装に身を包み、開口一番にそう言いました。
不審に思われないように今は貴族としての格好です。
「あなたは王子を催眠にかけて、操っているそうですね」
私は単刀直入に言った。しかし、彼女は冷静に言葉を重ねる。
「そうですわ。それが何の問題なのかしら。アバズレ」
一々、罵倒されると吐き気がしますね。
ですが、落ち着きます。心の中で深呼吸します。
「国家転覆罪ですよ。今なら軽くしてくれるように頼んであげましょう」
「あなた如きが私をどうこうできるとでも」
嘲笑うにして、彼女は言った。
早いところ終わらせましょう。
「ちなみにこれ、魔道具で録音させて頂いているのですが」
私は彼女に対して、魔法の一言を唱えます。
一瞬、きょとんとした顔となります。
「……どういうことかしら」
「音声を記録させて頂いております」
彼女の顔がさっと青ざめる。
「衛兵、この者を殺しなさい!」
私はその前に一言言います。
「王女様に頼んで、衛兵の配置を変えました。今現在、この周辺に衛兵はいません」
わめき散らす彼女に私は一言告げる。
「では、さようなら」
私は彼女の元を去りました。
後日、私が王女様に渡した魔道具が決定的証拠になって、彼女は国家転覆罪となり、死刑となったそうです。
第三王子は、「催眠術にかかっていた最中に、酷いことを言ってすまなかった」と謝ってくれました。しかし、あの宣誓書は魔法の力が籠っている品です。宣誓内容を一度契約すると、生涯永遠に契約が続く品なので、これからも結婚することはできません。
私は彼に、「他の令嬢とお幸せに暮らしてください」と言いました。
「そうだ。僕の側近となってくれないか。勉学も一流だった君なら、優秀な補佐官になってくれるだろう」
ただ、私はお断りしました。
これからの日々に期待して、私は平民として暮らすことを願ったのです。かくして、私は平民として、一生を終えたのでした。