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僕がウサギカフェに通うわけ

作者: 朧 ゆり

 視界の隅で、真っ白な何かが動いた。

 家に帰る途中の、日が暮れ始めた住宅街のど真ん中。

 冬の終わり春のはじまり、という微妙な時節。

 まだ灰色がかった景色の中で、目立たないわけがない。

 見えた、と思った方向に首をめぐらすと、家を取り壊して間もない雰囲気の空き地があった。

 業者が積み残した瓦礫が残る空き地の片隅に、白いフワフワしたものがうずくまっていた。


 サイズ的には猫だろうか?

 それにしては動き方が小刻みで猫っぽくない。

 迷い子犬かもしれないな、と僕は空き地に一歩み足を踏み入れた。

 瓦礫や砂利が足の下で音を立てる。

 白の塊から長い耳が立ち、そいつは体を起こしてふりかえった。


 ウサギだ!

 しかも冬毛でモフモフの!!


「騒がないでください。迷いウサギではありませんから心配などは不要です」


 そいつは、瓦礫をさけながらぴょんぴょんと僕の足元にくると、一気にたたみかけてきた。


「今ちょっと立て込んでいるので、邪魔をされたくないのです。

 あ、ウサギがしゃべったことでおどろいているのなら、いわゆる個性というやつです。

 多様性を認める社会っていうのが今の流れですよね?

 ウサギだから人間だからと枠でくくるのはよしましょう。

 他人の迷惑にならず、社会の害にならず、モラルは守り、他人は尊重する。

 その上で個々の自由はゆるされる。そういう時代なのですよ。

 あともう一つ。年長者だから敬えとはいいませんが、年長者のやることに口を出さないでください。

 こうみえて齢6歳、人間で言えば60歳ぐらいです。

 あなたよりずっと年上なんです。

 そんなわけで、わたしのことはほっておいてください。では!」


 こんな感じ。


 それでまた庭の奥に戻ってしまった。

 その頃の僕は事情があって、1日、1日を乗り越えるのが辛かった。

 日が暮れ、夜になり、朝になる。朝になれば新しい1日がはじまり、日が昇り、日が暮れて夜になる。

 出口のないその繰り返しが重かったのだ。

 これはいい時間つぶしできた、と正直思った。

 ウサギがしゃべるなんて突拍子もなさすぎて、鉛のような日々すら吹き飛ばしそうだ。


 ほっておいてください、の言葉は聞かなかったことにして瓦礫を乗り越え空き地の奥に向かう。


「何をやってるんだい?」


 白いウサギの手元を覗き込むと、何やら紙で工作をしているようだった。


「『世界の公約数的一片』をさがしているんです」

 突き放すようではあったが、言葉を返してくれた。


「意味がわからない」


「『意味がわからない』。今時の人間の便利ワードですね。

 そう言って目の前のことから目をそらし、あるいは答えが降ってくるのを待つ。

 甘い、甘すぎます。

 知りたいのなら教えを請うべきです。

 そうでなければ自己完結して、言葉に出さないのがマナーというものでしょう」


 ウサギはちいさな前足を器用に使って大きな紙を折りながらしゃべる。

 

「『世界の公約数的一片』ってなんだよ?」


「かろうじて質問の形になりましたね。ですが初対面の相手に失礼な物言いです」

 めんどくさい。

 でも、好奇心の方が優った。

 ここは下手に。

「すみません、教えてください」


「ふむぅん。ま、いいでしょ」

 ウサギは手に持っていた紙を僕に向かって差し出した。

 みれば脇に大きな包み紙や小学校の時によく使った模造紙など、どうやって調達したのか大小取り混ぜて10枚ほど置いてあった。


「長方形の紙から正方形を得るにはどうしたらいいと思いますか?」

 えらそうにウサギが言う。


「それなら簡単。こうすればいい」


 僕は新聞紙サイズの紙を受け取って、大きめの瓦礫の上の平らな場所をさがし、長方形の長い辺の角を折り曲げて、向かい合う長い辺に重ねた。

 折られた角の角度は直角の半分、45度だ。

 僕の手の中には台形の形になった紙がある。


 「この折り曲がって重なったところが正方形。正解だろう?」


 うさぎは僕を見上げつつも、尊大に、かつ満足げにうなづいた。


「その通り。

 では正方形の部分を切り落としてください」


 うさぎがどこから取り出したのか、自分の耳ぐらいのサイズのハサミを差し出した。

 僕がここにいなかったらどうやってハサミを使う気だったんだ?

 

「いや、僕は君がやるのをみているよ」

 そもそも僕は通りすがりだし。

 

「ほっといてくれ、というのに鼻を突っ込んできたのです。

 手伝う義務があります」

 ぐいぐいハサミを押し付けてくる。

 しょうがない。これが乗りかかった船というやつだろう。

 ハサミを受け取って、正方形部分の三角を切り落とした。


「で?」

「残った長方形。これからまた正方形をつくるのです」


 命じられるまま、僕はまた小さな長方形の紙を折り、正方形を切り出した。


「残った長方形からまた正方形を。

 これを繰り返してあまりの紙がでなくなるまでやるのです」


 そんなことができるのだろうか? と思ったけれど、最初のひとつ、残りの紙から2つ、さらにその残りから2つ、その残りから小さな3つの正方形が三つできて、ぴったり紙がなくなった。


「おお、できた!」

「その一番小さな正方形の辺の長さは、元の紙の縦横の公約数。

 この小さな正方形でタイルをたくさんつくり、元の長方形にはめ込めばぴったり埋められるのです」

 

 そういえばそんなことを昔、授業でやったような。

 それでですね、とウサギは続けた。


「そこに空を切り取れる長四角があるでしょう?」

 うさぎが示す空き地のど真ん中には、解体業者が忘れたのか窓枠ががれきの上に残されていた。

「夕日に切り取られた長四角の空間をぴったり正方形のタイル、今回は紙ですが、で覆えば…うまく覆えればあっちの世界が見えるのです」


「あっちの世界って?」

 ふん、と息をつき、うさぎは頭の後ろから耳をしごいてピンク色の鼻先をこすった。


「人間は知らないことです。

 ウサギはこの偉大な耳をもって、世界の秘密を聞き取ることができるのです」

「もったいつけるなよ。ここまで手伝わせたんだ」


 白いウサギは耳をしごく手をとめ僕につぶらな瞳を向けた。


「その人が一番見たいと思う風景です」


 ここでウサギは一度言葉をきり、周囲を気にするかのように声をひそめた。


「いろいろな『空を切り取れる長四角』で試しましたがうまくいきませんでした。

 でもこの窓の枠は規格と違うようで期待が持てます」


「というわけで。

 この窓枠の大きさを元にここにある紙を使って、今の要領で公約数的正方形をつくってください。数も重要です。窓いっぱいにしきつめられるだけお願いします」


 そこにある紙を組み合わせて窓枠のサイズを測るところから、仕事を手伝わされること20分ほど。

 紙吹雪のように大量の小さな正方形ができた。


「さ、窓枠を夕日にむかって立ててください」


 白ウサギは、ちょこまかと跳び回って僕を煽りたてる。

 

「おい、本来なら一人(ウサギだから一羽か?)で全部やるはずじゃなかったのか?」

 ずっと抱いていた疑問を口にする。


「いえ、手伝ってくれる人を探していましたよ。あなたはその人だったと言うわけで」


 雑草の芽でも見つけたのか、鼻先をモグモグさせて言う。

 すっかりこの白いモフモフの術中にはまっていたというわけか。


「お礼は、あなたの見たい風景です。同時にわたしも自分の見たい風景が見られるわけですが。

 さ、時間がありません早く」


 日々を鬱々とすごす僕に「見たい風景」があるとは思えないけど、一応報酬はあるわけか。

 

 見れば夕日が住宅街の屋根やマンションの輪郭に半分かかり、オレンジ色の光を春の薄い雲に投げていた。

 今がちょうどいいタイミングらしい。


 瓦礫を組み合わせて窓枠を立て、夕日が見えるボジションにウサギと僕が移動した。


 ウサギは小さなたくさんの正方形を抱えている。

 手伝おうかと言ったけど、こればかりはウサギがやらないとできないので、だそうだ。


「いきますよ」


 白ウサギはそれを窓枠に向かって投げた。


 どんな魔法なのか、あるいはウサギは紙使いの天才なのか。


 吹雪のような正方形の小さな断片は、吸い込まれるように飛んでいき整列して窓枠を覆った


 一瞬夕日が見えなくなる。


 次に、その紙がはらはらと地面に落ちていくと、そこには夏のヒマワリ畑が見えた。

 この風景に見覚えがあった。


 小学校の頃、家族で行った父方祖父の家のヒマワリ畑だ。

 遠くに妹や僕を呼ぶ母さんの声。

 そうだここでよくかくれんぼをしたんだ。

 うまく隠れたと思っても、母さんにはすぐ見つかった。

 この時だって。

 

 ヒマワリをかき分けながら来る人影。

 ああ、母さんだ。


 麦わら帽子には僕と妹で誕生日にプレゼントしたリボンがついてる。

 その笑顔。


 母さん!


 気がついたら、夕日の終わりの街並みを映し出す窓枠の前で、僕は涙を流しながら立ち尽くしていた。


 呆然と周囲を見回す。


 ウサギもいない。


 あんなにあった「世界の公約数的一片」だった正方形の紙も、一枚も残っていなかった。

 夢だったのだろうか?


 揺さぶられた感情と混乱で、ぼおっとしていると、


「兄さん、こんなところで何しているの?」


 道から空き地を覗き込んでいるのは妹だった。

 日が沈みおぼろにしか表情はわからないけれど、安堵と心配の入り混じり泣きそうに見えた。


 大学も休み、家にこもりっぱなしでろくに食事もとらなかった僕が、ふいに散歩に行くといって帰ってこなかったら心配もするか。


「明日は母さんの三回忌だから、喪服を出しておけって父さんに言われていたの、覚えている?」


「覚えている」


「よかった。兄さんまでいなくなっちゃうかと思った」

 うつむいて肩を震わせる妹。

 僕は窓枠を元に戻して、空き地を出る。

 

「ごめん。もう大丈夫だ。たぶん」


 そして僕は決心する。


「ウサギってどこにいるかな?」


 ウサギのように目を赤くした妹が不思議そうに僕を見上げた。


「えっと、ウサギカフェとか? 」

「そっか。今度行ってみよう。大学にも行かなくちゃな」



 いつか、妹にもあの風景を見せたい。






 


 


 


 



 

 





 


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