帰ってきた大山寺の和尚さま ~2018年・元旦~
ここは、とある田舎の山深くにある大山寺。
大晦日の日は毎年、お寺の人たち総出で色々な準備に追われます。夜になると、ご近所を含めあちこちから初詣に来る人がやって来るからです。そして深夜になり、参拝客は途絶えるどころかどんどんと増えていきました。
冷たい風に身を震わせながら、鐘楼の中に居た一松は小さく合掌すると、側にかかっていた撞木を手に取り、梵鐘を撞きました。除夜の鐘の音が辺りに響くのを聴きながら、一松は新年の訪れを改めて実感します。
「さて、除夜の鐘も一段落したことだし、本堂へ戻るか……」
一松は鐘楼から境内へ向かうと、人混みを掻き分け、本堂へと向かいました。すると、本堂の中で坊主さまたちがあたふたと動き回っているのが見て取れます。何事かと思った一松は、坊主さまたちへと声をかけます。
「どうかしたんですか」
「あっ、一松さん。あの、和尚さま、見ませんでした?」
「えっ? 本当だ、いない……」
坊主さまの声に、一松が本堂の中を見渡します。坊主さまの言う通り、この時間は新年の安泰を祈願すべく本堂でお経を唱えている筈の和尚さまの姿が、どこにも見えませんでした。一松は深く溜息を吐きながら、坊主さまたちに言いました。
「まさか……な」
一松はそう言うと、一目散にお寺の外れにある庫裏へと向かいました。足早に境内を進み、庫裏へ入り、広間の戸を開けます。それと同時に、一松の耳に大きな笑い声が入って来ました。
「ぶはははははははははははは……」
「いたーーーーーーッッッ!!!!」
コタツに半身を入れながらテレビを観ていた和尚さまを前に、一松は思わず目を飛び出させながら大声で叫びました。そんな一松に気付いた和尚さまは、彼の方へと顔を向けます。
「何じゃ一松、寺の中で大きな声を出しおって。新年早々しょうがない奴じゃのお」
「お前に言われたかァねーよ! 何ここで呑気にテレビ観てんですか! ほら、寺の皆も探してましたから、本堂へ……」
「え~っ、あと五分だけ」
「待てませんって!」
「まったく、ガ○使もあと少しで終わるところじゃと言うのに。せっかちじゃのう」
「そこはせめてゆく年くる年と言ってくれませんかね……」
一松は嘆息しながらも、コタツに入った和尚さまを強引に引っ張り出しました。しわがれた手で法衣を整える和尚さまは、ぶつぶつと不満を漏らします。
「この寒い時期に。少しは年寄りを労わってじゃな」
「それはみんな一緒ですって。ヨシ子さんたちにも寺務所でお守りやおみくじを頼んでいるんですから、和尚さまも頑張って――」
「そうじゃ、おみくじを引こう」
「唐突に脈絡もないことを言うのやめてくれますッ!?」
「何を言う、一松。一年の始まりに己が吉凶を確かめるのは大事なことじゃぞ。ほれ、そうと分かれば行くぞ」
そう言うと、和尚さまは我先にと境内を進んでいきました。そんな和尚さまの後ろを、一松はやれやれ、と言った面持ちでついて行きます。
そして、寺務所にやって来た和尚さまたちを前に、ヨシ子さんはいつもと変わらない朗らかな笑みを浮かべて迎えました。
「あら、和尚さま、一松さん。明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます、ヨシ子さん。今年もよろしくお願いします。特に変わったことはありま」
「おみくじを引きたいんじゃが!」
一松が言い終わるより前に、和尚さまがおみくじの入った箱を指し示して言いました。
「ちょっ、和尚さま……」
「あらあら、和尚さまったら。一松さん、私たちはいつも通り、問題ありませんよ。さあさ、おみくじをどうぞ」
「うむ」
和尚さまは一言だけそう言うと、早速おみくじを引きました。細長い紙を何重にも折り畳んだみくじ箋を和尚さまが手にした後、一松さんもどうぞ、とヨシ子さんが促します。は、はい、と応じた一松もまた、やや複雑な面持ちでおみくじを引きます。
おみくじを引き終わった一松が、手に持ったみくじ戦を開いてみると、そこには「大吉」の二文字が大きく載っていました。それを見た一松は、思わず頬を緩めます。
「おっ、やった、大吉だ!」
「いいですねえ一松さん、きっと今年は幸先が良いでしょう」
「ありがとうございます、ヨシ子さん。和尚さまは――」
一松がそう声をかけるも、和尚さまは手に持ったみくじ箋を前に、小さく震えていました。何やらただならぬ様子を感じた一松は、恐る恐る和尚さまの肩に触れます。
「あ、あの? 和尚さま?」
一松が声をかけた瞬間、和尚さまの首がぐりん、と勢いよく一松の方を向きました。青褪めた皺だらけの顔と、唇を紫色に変色させた和尚さまの顔を前に、一松はうわっ、と小さく悲鳴を上げました。
「わ、わし。だ、だい、だいきょ……大凶……じゃった」
「そ、そうだったんですか……」
「ど、どうしよ、わし、今年、遂に、死ぬかも……お迎えが……」
白目をむき、口からかすかに泡を吹く和尚さまに、一松は困惑しながらも否定します。
「大袈裟ですよ、それは。この前の人間ドックでも健康そのものだって、お医者さんに言われたじゃないですか」
「そうかのう…………そうじゃよねぇ!」
和尚さまは、先ほどとは打って変わって満面の笑みを浮かべました。
「切り替え早っ!」
「そうじゃのう、たまたま大凶を引いただけじゃし。それに、大凶を引いたからと言って悪いことばかり起こるとは限らんし」
「まあ、それもそうですが。ところで、もうそろそろ本堂に戻りますよ、和尚さま」
「うむ、そうするか」
和尚さまと一松は、ヨシ子さんたちに小さく一礼すると、寺務所を後にします。境内を進む道行きは、どこも参拝客でごった返しており、隙間を掻き分けるのも一苦労です。
人混みを進む一松のそばで、和尚さまがふと口にしました。
「一松」
「どうかしましたか」
「……明けましておめでとう」
和尚さまの一言に、一松は口元に笑みを浮かべて応じます。
「明けましておめでとうございます。今年もいろいろあると思いますが、どうかよろしくお願いします。あっ、本堂が見えてきましたよ」
本堂に少しずつ近づくのを前に、和尚さまたちは境内を進みます。本堂の前は、隙間なく参拝客で埋め尽くされており、本堂にも大勢の坊主さまたちがいるのが見て取れました。一松が、和尚さまを連れてきたことを合図しようと手を上げた、その時です。
ブブ~~~~~~ッ……
辺りに何か音が響いたかと思うと、周囲一帯にえもいわれぬ異臭が漂いました。
「ク、クセーッ!」
「なんだ、この臭いは……!」
参拝客や坊主さまたちが突然の異臭に混乱をきたす中、一松は口と鼻を手で押さえつつ、和尚さまの顔を振り返ります。和尚さまは、どこか落ち着いたような様子でしたが、ふいに目をかっと見開くと、辺りに響くほどの大声で叫びました。
「新年、初・オナラじゃ! そんなわけでみんな、今年もよろしくな!」
「もうオナラオチは勘弁してくれーーーー!!!」
かくして、大山寺の新年が幕を開けるのでした。




