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エルフの森へようこそ  作者: やゃや
1章「Welcome to the ジャングル」
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6話「自称プロとヤクザとハゴロモ3」



「うちの娘が化け物だぁ!? どういうことだてめぇ!!」

「え!? 何で怒ってるのこの人!? 意味わかんないんですけど!?」


 雨と風が吹きすさぶ、嵐の中のエルフの国。

 ヤクザのおっさんの車の中で、助手席に座る自称魔法のプロと、運転席に座るゴブリンみたいな顔のヤクザエルフが、取っ組み合いの喧嘩をしていた。


「おい、アリエルの嬢ちゃんどういうことじゃ、うちの娘が化け物ってどういうことじゃボケ!」

「ちょっと、なんでアタシこのヤクザに因縁つけられてるの!? 説明してほしいんですけど!!」


 そしてその喧嘩に、後部座席に逃げようとしていた俺も巻き込まれた。

 勘弁してくれ!

 誰か、誰か助けてくれ!


「……こういう時こそ、あのロリコンにおしつけたらいいんじゃないっすか?」


 神託であった。

 ルチアさんの提言は、これ以上ない完全な回答であった。


 ありがとうルチアさん、これで俺は救われる!


「あっ、はい、どういたしまして……?」


 ……と、いうわけで。

 レイチェルさん、借金取りのおっさん、落ち着いて下さい。

 悪いのは全部あの借金まみれのロリコン院長です。

 あいつが全部知ってます。あいつが全部答えてくれます。今から電話するので文句はそっちにお願いします。


「あー……あのロクデナシの仕業か…………」

「あの借金男のせいなら仕方ないわね……」


 流石借金大王だ、名前を出しただけで場が収まってしまった。


「いや、これ収まって無いんじゃ……? 共通の敵を前に一時休戦しただけじゃないっすか……?」


 まあすべての原因はあのロリコン院長なのは事実ですし、あいつが責任持って殴られて……

 ……

 ……あれ?


「どうしたのよ? 電話するんじゃないの?」


 ……電話が繋がらない。

 さっきはちゃんと繋がったのに!


「おいどういうことじゃお嬢ちゃん、まさか嬢ちゃんもあのロクデナシの味方しとるんじゃなかろうな?」


 待ってくれ、誤解だ、話せばわかる!


「ねえちょっと待って、お嬢ちゃん"も"って何!? その言い草まるでアタシもあの穀潰しの味方みたいじゃない!? やめてくれないかしら!!」

「その恰好、どうせお前もアイツと同じ管理者なんじゃろ? あのロクデナシと同類じゃろうが、うちの娘を化け物呼ばわりしくさったことも忘れては無いからな!」

「ちょっと!? アレが管理者の一般的な姿だって思わないで欲しいんですけど!? あんな奴ド底辺もいいとこよ!! 管理者ってのは世界の和を整えるのが仕事なんだから!!」


 ああ、いかん。

 二人ともまた喧嘩腰になってきた。


「やばいっすよエリちゃんさん、休戦協定が破棄されそうっすよ!?」


 よく考えたら自称プロの管理者という職は体制側のエルフ、ゴブリンのおっさんの職はヤクザで反体制派のエルフだ。

 水と油、気が合わないのも当然のこと。


「考察はいいっすよ、どうするんすかこの状況」

「ああもう! こうなったら直接あんたの娘をみたらいいじゃない! あの姿見たら考え変わるわよ!」

「おう上等じゃ!! こっちも元から愛しい娘に会うつもりだからな!!」


 え、ちょっと待って、二人とも何言ってんの!?


「リザちゃんの周りにはロボ死神がいっぱいっすよ!?」

「アタシは全然かまわないわよ! だって管理者ですから! エリートですから! そこのヤクザと違って!!」

「お前は気絶してたから知らんじゃろうがな、こちとらあの気味わるい連中の攻撃かいくぐってここまで来とるんじゃ! 誰かさんは気絶して役立たずだったみたいじゃがな!!!」

「はん! あの死神たちは冥界の管理者よ? アタシ達と同じ和を貴ぶものよ! 敵でもない一般人に手を出すわけないでしょ! 無害な雑魚とみなされたに決まってるわ!」


 そういうえばさっきのロボ死神の射撃も、額にレーザーサイトが当たってたわりに、実際に俺達に向けて発射されたものは皆無だ。

 明確に狙って撃たれた場所は自称プロの水晶玉のみ。

 もしかしたらあのビルから離れるように威嚇射撃をしていたのだろうか。


「だったらなおの事都合がええやんか、車出すぞ!」

「え、ちょっと、ウチらもいるんすけど、うわぁ!?」

「急発進しないでよ!? まだシートベルト絞めてないのよ!?」

「なんやらうちの娘に変なことしとるんじゃろうが、もたもたしてる暇は無いわ!」


 傷だらけのクラシックカーは、急発進して転身、そのまま先程入ってきた窓ガラスに突っ込んだ。

 先程とは違い空飛ぶ魔法のスイッチはON。


 車は魔力を帯びてぐんぐん上昇し飛翔する。

 嵐の中でもはっきりと光る、少し離れたビルの屋上、火の鳥に向かって。


「ねえ外めっちゃ荒れてるんですけど、嵐になってるんですけど!? 大丈夫!? 運転ミスって落ちるとか無いでしょうね!?」

「うちの娘に会うまでは意地でも落ちんわ、まかせとけ!」


 返答になってない気がするんですが!

 嵐が止むまで待った方がいいんじゃ……


「んなことしてたらうちの娘に何されるか分からんじゃろが!」

「……なんでそこまでして会おうとするのよ? いくら親子だっていっても、そいつは今もう怪物になのよ?」


 まだ詳しく話してはいないが、おっさんは記憶も一部失っているはずだ。


「記憶がないのは知っとる」


 知ってるのかよ!? なら尚更……


「なんで……"なんで"ねぇ? じゃあ聞くが、お前ら、子供のオムツとっかえた事あるか?」

「いきなり何よ、あるわけないでしょ」


 俺らが子持ちに見えるのだろうか?


「オムツとっかえるのってな、すごく大変なんよ、赤ん坊ってのはじっとしてられないからな、汚れたオムツ広げたままそりゃあもう動くんじゃ、きったねえぞ?」

「急になんの話っすか?」


 ……今の質問と何の関係が?


「まあ聞けや、それでな、そのオムツの時期が終わると今度は反抗期が来るんだわ、何するにも"嫌"、"嫌"、"嫌"、ほんとに困ったもんだったわ」

「おもちゃ屋とかでダダこねてるやつっすか?」

「まあそういうのもあるがな、大人の真似して何でも一人でやろうとするんだわ、よちよち歩きの癖に食器片づけようとしたり、料理の真似事して火を起こそうとしたり……危ないからやめろっつってんのにな」


 あのポンコツ、本当にエルフの子供になってたのか。

 ……だとしたら、自分の異形を自覚したのはいつだろう?


「ねぇ、話聞く限り嫌な思い出しかないみたいだけど……」

「そんな手のかかる奴がな、いっぱしに物考えるようになって、肩叩き権だの似顔絵だの書いて、うちの組のモンとつるんで俺の誕生日のお祝いしたりするようになっていくんだよ」

「……」

「そんな子を、実は化け物だったんです、はいそうですか、って切り捨てられるわけないやろ」


 自称プロは何も言わず、ただ顔を伏せていた。

 何か思うところがあるのだろうか……


「だからこのコートもな、そんな出来事を忘れないために、あいつが生まれたときから洗ってない」


 ……!?


「………ほうほう、思い出を忘れないために洗ってないんすか……うん?」

「一緒に過ごした日々はな、その前後がどうであっても……」


 洗ってないって……今日あのポンコツが小学生入学ってことは、7年ずっと着たまんま!?


「おい待て、人がいい感じの話をしとるときに何茶々をいれ……」

「え、嘘……!? ねえ、待って! なにそれ、無理! 近寄らないで!!」


 まさかその薄汚い深緑色って……


「いや、流石に魔法で雑菌処理とかはしとるで!? 安全面には気を使っとるからな!?」


 そういう問題じゃないと思う!

 なんというか、こう、生理的にきつい!


「なんじゃその理論は!? 臭いだってしとらんし別にどうということは……」

「無理無理、降ろして頂戴! こんな汚いのと同じ空間にいたくない!!」

「せめてその薄汚いコートしまって欲しいっす……」

「お前ら、人の思い出を何だと思っとるんじゃ!?」


 いや、洗濯はしようよ!?

 洗ったからって思い出は消え無いよ!?


「いやでも、なんというかこう、生理的に嫌というか……」


 ……まさか代償に記憶を失ったことと関係あるんだろうか?


「だからって洗わない方が生理的にきついんすけど!?」

「もう無理!! アタシ降りる!!」

「アホかお前!? やめろ! 今車飛んどる最中じゃろが!! 外は嵐じゃろが!!」

「いやああ近づかないで!!」


 制止しようと伸ばしたおっさんの手をすり抜けて、自称プロがドアを開ける。

 現在車は嵐の空中、当然車内に入ってくる雨風。


 ……そして、聞こえてくる電子の合成音声。


「げぇ、この音、まさかあいつらっすか!?」


 嵐の中で赤いレンズを輝かせ、風雨の中から奴らがみつめていた。

 ロボ死神が電子の羽根を広げ、この車を捉えていた。


「ひっ!?」

「やばいっすよレイチェルさん! もうこの車の外、あのロボたちのテリトリーっすよ!? 思い直したほうがいいっすよ!」

「……」


 ルチアさんの提言に、自称プロが車から身を乗り出したまま後ろを振りむく。


「……」


 無言のままおっさんを一瞥し、そして次にロボの方を向く。


「……」


 最後にもう一度おっさんのコートを見て、一言。


「やっぱ無理!!」


「ああ!? 外に出たらダメっすよ、自殺行為っすよ!?」

「ちょっと止めて、引っ張らないでよ!? こんな空間にいられないわ! 命の危険があろうとアタシは外に行く!!」

「そんなにか!? そんなに嫌なんか!?」


 年頃の女の子はその事実を知ったら大抵嫌がると思う……


「うちの娘は全然気にしとらんかったが……」


 そりゃあそれが当たり前の環境だったらそうなるね!?


「いーやーーッ!! 離して!! アタシは外に行くのー!!」

「ダメっすよ! ロボがいるんすよ!! レーザー撃たれるっすよ!!」


 助手席では自称プロが暴れて、ルチアさんが取り押さえようと必死になっている。


「……ん? そういやあの気味悪い奴、さっきから攻撃の気配がないな?」


 言われてみると、車の外の死神は、さっきからこちらを窺うばかりで何もしてこない。

 風雨の中でも視認できる距離にいるというのに、レーザーサイトの一つも出さない。


「な、なんか攻撃でき無い理由とかあるんすかね?」

「……雨降ってるからとかか?」


 先程自称プロに向かって撃ったロボは、屋外からレーザーを撃っていたのでそれはない。


「じゃあなんで……?」


 さっきは撃ってきて、今は撃たない。

 ということは、さっきと今で違う点があるという事だろう。


「違う点っていうと……このヤクザがいることぐらい?」

「なんで俺がいると撃たないんじゃ? 意味がわからんわ、違うやろ」


"ハゴロモ……ハゴロモを渡セ……"


「うわ、喋った!?」


 死神から、風雨を乗り越え電子音が響いた。


「ハゴロモ?」 

「羽衣って言った? それが攻撃して来ない理由?」

「あー、そういえばさっきロリコン院長がなんか羽衣がどうこうとかいってなかったすか? それがあればリザちゃんがどうこうって……もしかしたらそれなんじゃないっすか?」


 羽衣……?


「そんなものこの車には無いで?」

「でもあの死神と関係有りそうな物ってそれくらいっすよ?」

「羽衣って……もしかして……」


 羽衣って衣類だよな……?

 いや、まさかな……?


「なんすか? 二人とも心当たり有るんすか?」

「い、いや……」


 まさかね? まさかアレではないよね?


「で、でも他にそれっぽい物なんて……」 

「なんや、知っとるならはよ言えや!」


 あのポンコツ幼女を元に戻すキーアイテムになるような物といえば……


「アンタが着てるその薄汚いコート……じゃないかなって……」

「はぁ!?」

「んなわけないじゃないっすか、こんな7年も洗ってないような汚いコートが羽衣なんて素敵ワードになるわけがないっす!」

「汚い言うなや! 衛生面には気を使っとるわ!!」


 しかし他にこの車内でポンコツ幼女が関係している"物"なんて無いよね?


"ハゴロモ……ハゴロモを渡セ……"


「うわあ!? 近いっす!? いつの間にかあのロボ近くまで来てるっすよ!?」

「脱いじゃいなさい! その汚いコートアイツに渡しちゃいなさいよ!」

「お前ら人の思い出を何だと思ってるんじゃ!!」


 もういっそおっさんごと渡してしまおうか。

 ロリコンが"リザちゃんを元に戻す"とか何とか言ってたはずだから、多分娘さんの所まで連れてってくれるだろうし。


「おう、そういうことなら……ってアホか! やらんわ!!」


"ハゴロモを……"


「ぎゃあああ!? 窓に! 窓にひっついてるっす!!」

「ど、どどど、どうするの!? 戦う!? 逃げる!? 戦うなら予備の水晶出すわよ!? 今度こそ冥王召喚するわよ!?」


 戦うって、この状況でレーザー撃たれたら防ぎようがないよ!?


「…………ちっ、分かった、くれてやるわ」

「いいんすかゴブリンのおっさん!?」

「それでうちの娘の所まで行けるんってんなら、これ位くれてやるわ!!」


 ヤクザのおっさんは、コートを脱いで窓にひっつく死神に差し出した。

 7年分の思い出が詰まった、そのコートを。


 そして、手を伸ばしてコートを受け取った死神は……


"これ、違ウ"


 死神は、コートをつき返した。

 うん? つき返した……?


「あ、あれー? それが羽衣じゃなかったの?」

「…………おい? どういうことじゃお前ら? 俺、無駄に恥かいたんじゃが!? 無駄に7年間の思い出を捨てる所じゃったんだが!?」


 いや、あの……よくよく考えたら、そんな市販のコートに異界の神様をどうこうできる力なんてあるわけなかった、かなーって……


「だってだって、他にそれっぽいものないじゃない!! 勘違いしたって仕方ないじゃない!!」

「お前ら、憶測であんな風に煽ったんか!? 俺ごとあの死神に差し出すとか、よくもまあ言えたもんじゃな!?」


 まじスンマセンっした!!


「あの……本当にごめんなさい……」


 全身全霊での謝罪であった。


「喧嘩してる場合じゃないっすよ!? 死神が! 窓の外の死神が!」


 そんなこと言われても羽衣はなかったわけで……


"ハゴロモなら、そこにあるだろウ"


「「「普通に喋った!?」」」

「いや、それより羽衣がそこにあるってどういう……?」


 死神の言葉に、車内の誰もが一斉に頭に疑問符を浮かべた。

 だが死神は気にも留めずに一点を指差した。


"レーダーで間違いなく捉えたのダ、ハゴロモ……異界の神の力の残滓なラ、そこにあル……"


 その指の指し示す先。


「え、エリちゃんさん?」


 その先には、俺がいた。


 力の残滓。

 異界の神の製作物。

 なるほど、言われてみれば俺は、その通りの"物"で……


"木を隠すなら森の中、とはよく言ったものだナ"


 そう言って、死神は俺の服のポケットに手を突っ込んだ。

 俺の着てる、ブレーザーの胸ポケットに手を突っ込んだ。

 ポケットに手を突っ込んだ!

 ……あ、あれぇ?


"これダ、これがハゴロモだ! ようやく手に入れたゾ!!"


 電子音声と共に、なにやら太いモノをポケットの中から取りだした

 それは、男の股にぶら下がっている"アレ"。

 ボールと棒がセットになっている"アレ"。

 俺の転生とともに渡された、卑猥な肉の棒の模造品!


 ……俺じゃなかったの!?


「いや、なんすかそれ、なんでそんな物持ってるんすかエリちゃんさん……」


 知らないよ!? 流石にこんなの常備しないよ!?


「え、何、まさか、アンタ達とあの借金大王って、そのわいせつ物の為に争ってたの……!?」


"いかにモ! これが手に入れバ、もう争う理由もなイ!"


 嵐の吹き荒れるエルフの国、9月1日入学式の日。時刻は16時50分。

 死神に追われ、レーザーを撃たれ、ガラスの窓を突き破り……そして今に至るまで。

 俺達がこんな目に会ってしまったことの原因が、判明した。


 卑猥な肉の棒であった。

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