5話「火星に願いを3」
窓の割れたビルの並ぶ、PM10:30の火星の大都市。
ルチアさんを追っていたはずの俺は、いつの間にかあれよあれよという間にこの世界へとやってきてしまった。
俺が、アリエル・オルグレンとして生まれる前の世界に。
俺が、ガブリエルという役職で過ごしていたこの世界に。
「痛たたた、頭から着地しちゃったっす……」
たそがれる俺の横では、絶賛反抗期中のルチアさんが、ひび割れた道路の隙間に頭を突っ込んでしまっていた。
この世界に来たときの衝撃でそうなったのだろう。
まあ状況はともかくとりあえず無事なようでなによりだ。
こんな世界に一人ぼっちなど絶対に御免だ。知り合いがいるというだけでもとても助かる。
「あの、エリちゃんさん? 近くにいるっすか? なんか頭が抜けなくなっちゃって助けてほしいんすけど……」
……道路の隙間に頭が挟まったルチアさんは、一人では頭が抜けないらしくじたばたとしている。
どうしよう、折角だし少し意地悪してしまおうか……
……。
「……あれ? もしかして誰も近くにいないんすか!? ま、マジっすか!? ど、どどどどうしよう!? どなたか! どなたかいませんか!? ヘルプ! ヘルプミー!!」
ルチアさんの問いに答えずにいると突如、大声を出し始めた!
いかん、予想外の展開だ! 我ながら浅慮すぎた!
「誰か! 誰かー!!」
「ルチアさん!? 大声出したらダメだから!! 今、夜中の10時だからね!?」
「やっぱり近くにいたじゃないっすか!! なんで居ない振りなんてするんすか、ウチ泣いちゃうっすよ!?」
「だから大声を出すなっての!? 火星は特定職業以外、夜中外出したら駄目なんだからな!? 教会の憲兵に見つかったら……」
"おい、あそこだ、声がしたぞ!"
"本当!? 急いで行こう!"
「ああああ!? やばいやばいやばい! 見つかったよ言わんこっちゃ無い!! 早く! 早く頭引っこ抜いてルチアさん!!」
「いや、それがさっきから頑張っても抜けなく、痛だだだ!? ちょっと、無理に引っ張ってもダメっすよ!? 首が! 首がもげるっす!!」
ルチアさんの顔面は押しても引いてもビクともしない!
依然、割れたコンクリの隙間に挟まり動かない!
「あ、そうだ、エリちゃんさん、魔法! 魔法使うっすよ! 筋力強化は学校で習ったっすよね!?」
魔法……そうだ、俺はエルフ……のような何かだ!
この程度の状況、エルフの国ではピンチの内には入らない!
ルチアさんの助言通り、筋力強化の魔法を使うため、周囲から魔力を集める……
……集めようとして気付く。
「あ、ヤバい、そういえばここ火星だ」
「え? 火星だと何が問題なんすか?」
エルフの国では、魔法を使用するための"魔力"を家庭に配布する"マナライン"、つまり供給管が、国中の地下に敷設されていた。
当然、火星にはそんなものが無い。
そもそも魔法文化が無い。魔力なんてモノが存在しないから!
つまり魔法は使えない! いや、元々下手くそで簡単なのしか使えないんだけど!
"いた! あそこだ!"
"おーい、エリちゃーん"
「うわぁあ!? 憲兵が! 憲兵が!?」
「……あの、そのケンペイとやらに捕まったらどうなるっすか?」
「再教育という名の洗脳とか、場合によっては公開処刑とか……」
「……」
「……」
「うわあああ!! 抜いて! 頭早く抜いてっす!!!」
「できたらとうにやってるわあああ!!」
"おーい、エリちゃーん!!"
"あそこに挟まってるの、まさかルチアか……?"
憲兵共が俺達の名を呼んでいる。
すでにその声は目と鼻の先。
もはやこれまでか。
「……うん? そういえばなんでケンペイさんがウチらの名前知ってるっすか?」
そんなもの決まっている!
火星の憲兵は、教会のデータバンクに脳を直結しているから瞬時に対象の個人情報を引き出せるのだ! ヤバいのだ! だから……
あれ? そういえば、異世界人の名前まで、データバンクに入っているものだろうか……
"ねえねえエリちゃん……"
「いやあああ!? ごめんなさいごめんなさい憲兵さんこれには訳が……」
「……何言ってるのエリちゃん、頭悪くなっちゃったの?」
「うん? その声、クリスちゃんっすか?」
「あ、やっぱりそっちの人はルーちゃんだ!」
「よかった、二人とも無事こちら側についたのだな」
伏せた顔を恐る恐る上げてみると、そこにはクリスと元凶さんが立っていた。
「け、憲兵じゃなかったのか……よかったぁあ……」
「憲兵?」
「エリちゃん、ケンペイって何?」
クリスが「この人頭大丈夫だろうか?」といった顔でこちらを覗いている。
まあ、この赤毛はエルフの国に住んでいるのだから、火星教会の憲兵の恐ろしさなど知らなくて当然である。
奴らは非常に冷徹で……
「何言っているんだ? 憲兵などもう、火星にはいないぞ?」
元凶さんにまで「コイツ大丈夫か?」といった目で見られてしまった。
おかしい、貴女は火星の人ですよね?
「……ああ、そうか、兄さんが失踪したのは教会が滅びるより前だったな」
得心がいった、と言う風に元凶さんが一人で納得している。
そして……
「まあどうでもいいな、さあ、とりあえず私の家に……」
「いや"どうでもいい"で済ませないで!? 説明してくれない!?」
このアラフォーは説明も無しに話を進めるつもりでいた!
「いや、説明も何も、木星が攻めてきて火星教会が滅びたからその手先の憲兵もいません、以上、説明終わり! ほら、他に情報はいらないだろう兄さん?」
「まって、ツッコミが追いつかない! それと、とりあえず兄さんって呼ぶの止めて! 俺もう心も体も女性だから!」
「じゃあ兄さんも元凶さんと呼ぶのはやめてくれ、私は……」
「アーちゃんだもんね!」
「"アーちゃん"もダメ!」
「もう何でもいいんで、そういうのとりあえず歩きながらじゃ駄目っすか? あの、なんというか、周りから好奇の目で見られてるって言うか……」
ルチアさんの指摘にあたりを見回すと、いつの間にか俺達の周囲には人が集まりつつあった。
瓦礫のスキマ、ボロボロになったビルの中、仮設住居であろうビニールシートのテントの中、様々な場所から、人の視線が我々に向かって伸びていた。
こんな夜中に美女が4人、うち一人はエルフでもう一人はエルフのような何か。
視線を集めて当然だ。
「そうだな、とりあえず話は私の家に行ってからにしよう」
元凶さん、もといアクエさんが提案する。
そこに異を唱えるものは誰もいない。
「あの、そういうことになっちゃったっすけどエリちゃんさん、大丈夫っすか? その……」
ルチアさんが俺の方を気にかけている。
アクエさん、つまり俺の前世での妹の家ということは、俺を捨てた両親がいるという事だから。
しかしまあ大丈夫。
どうせ向こうには俺の事などわからない。わかるはずがない。
「ああそうだ、両親についてだが心配はいらないぞ兄……いや、えーっと……」
「アリエル、だよアーちゃん」
「そう、アリエル」
アクエさんも同様の事を思い至ったのか、俺に向かって言葉を放つ。
「両親は、家にいないから」
そして、一拍の間を置いて、今度は俺の顔を見ずに。
「二人とも、病院で死を待っている状態だから」
流石にその言葉に、誰も言葉を返す事はしなかった。
沈黙が我々を包んだ。
……ただ一人を除いて。
「……? 死を待つって、つまりどういう事?」
このデリカシー皆無の赤毛の馬鹿を除いて!
「クリス? さすがにそこは空気読もうな?」
「え? だって死を待つっていってもいくらでも解釈が……」
「元凶さんの態度で察しろよ!? くたばりかけてるってことだよ! 分かれよ!?」
「エリちゃんさん、言葉のチョイスもうちょい何とかなんないっすか!? "くたばる"て!!」
「元凶さんと呼ばないでって言ったじゃないか兄さん!!」
重い雰囲気が見事にぶち壊れてしまった。
結局我々は、アクエさんの家につくまで騒ぎまくり、終始好奇の目に晒され続けることになった。
火星教会が滅んだ、憲兵はもういない。
かつて俺を縛っていたモノが、知らないうちに消滅していた。
そんな情報を受けて、少し浮ついていたのかもしれない。
かつてこの火星の全てを握っていた、忌まわしき火星教会。
そんな火星のトップが滅んだら、後釜につく奴が必ずいるだろうに。
そんな後釜が、こんな好奇に晒される奴らを、見逃しはしないだろうに。
火星の都市の中心部北側、やけに賑やかなアクセさん宅。
エルフの国から持ち越した山積みの問題に、新たな問題が増えるのは当然の結果であった。
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時刻PM10:35、異世界からきた珍客の情報は、現在火星を牛耳る組織にあっさりと伝わった。
"あれ、もしかしてこの人……まさか……"
現在火星を牛耳る組織、木星新領土代理管理局、その局長。
"先代のガブリエル……?"
局長"ガブリエル"に。




