3話「馬鹿とポンコツとロリコン院長2」
9月1日、入学シーズンのエルフの国、時刻は13時00分。
雨の続くどんより空のエルフの国。
捜索中の借金取りのおっさんの娘"リザ"と遭遇した俺とクリスは、その幼女の隠れ家へと招かれていた。
招かれた場所は、エルフの国の首都西部にある、魔法で空飛ぶビルが群れなすオフィス街。
その中でも使われなくなった廃ビルが集まる場所の、一番大きなビルの角部屋が幼女"リザ"の隠れ家であった。
「さぁさぁお入りください、こんな散らかったところで何もおもてなしできたものではありませんが……」
そして幼女の姿をした謎の存在、"リザ"は丁寧な所作で、コピー用紙とパイプ椅子の散らばるオフィス跡へ我々を招き入れた。
「エリちゃんエリちゃん、この娘こんな小さいのに私達よりずっとしかりしてるよ……」
いやまあ、コイツ多分あのロリコン院長より年上のはずだから……
「"エリちゃん"さんこの娘のこと知ってるんすか?」
カフェでエロ本トラップに引っかかった女性、"ルチア"さんが俺の服を引っ張り質問する。
俺とこのポンコツ幼女の関係性ははたしてどう説明したらいいものか……
「ウチ、やくざに絡まれてるとこを助けただけなんで、この人達の事よく知らないんすよ、教えてほしいっす」
ちょっと待て、ツッコミどころが多すぎるぞ今の発言!?
「それにしてもなんで駆け落ちなんてしたんだろうね?」
「あー、そっちも知りたいっすね」
いやいや、そんなまとめて俺に聞かれても困るんだけど!
"あー、その事は私から説明しよう……"
ロリコンは黙ってろ。
"待ってくれ、ロリコンは誤解だよアリエル君! 話を聞"
「そうですね、この借金院長から何聞いても信用でき無いでしょうし、私から説明しましょう」
"リザちゃんまで私をないがしろにする!"
「まず第一に、私はエルフではありません、もちろん人間やドワーフ等の他種族でもないです」
「え? でも借金取りのおじさんは娘だって言ってたよ?」
「そもそも今のリザちゃんはエルフの子供にしかみえないっすよ?」
うん、とりあえずお前達落ち着きなさい。
話は最後まで聞こうな?
「今の私はこんな幼女の姿ですが、しかしてその正体は、自然エネルギーの集合体! 人知を超えた自然現象! いってしまえば神! 神なんですよ、すごいんですよ!」
うん、お前も少し落ち着こうか。
そんな話、普通の人は信じない……
「なるほど、リザちゃんは神様なんだね! わかったよ!」
そうだった、こいつは馬鹿だった。
「そんな神様みたいな人がなんであのエルフの娘になってるんすか?」
「うむ、いいところに気が付きましたよルチアさん! 神様ポイント+20点です!」
神様ポイントって何だよ。
「私という存在は"人々の願いを叶える"こと、"その代償を得る"ことを生業としていました! 今この姿になっているのも、その借金取りのおじさんの願いが故です」
願いを曲解するけどなコイツ。
しかも代償を要求するってんだからタチが悪い。
神というより悪魔だ。
「"おじさんの願いでその姿になった"……ってどういう?」
「そのまんまですよ、"子供が欲しい"と願われたので、私が子供になりました!」
……はい?
「あの……どういう意味っすか?」
「おじさんの髪からDNAを受け取って、それで体を作り子供になりました! 私自身が! お父さんの子供なのですよ!」
「え!? 子供になるってそういう!?」
願いを曲解するにもほどがある……
「でもお父さんは喜んでました! つまり私は有能ってことですよ!」
「有能……有能ってなんなんすかね……? 確かにすごいパワーは持ってるみたいっすけど……」
「まあいいや! じゃあ最後、なんで院長先生と駆け落ちなんてしたの?」
まさかあのロリコンの願いとかじゃ……
「はい? 私は駆け落ちなぞしていませんが……?」
「「!?」」
「それに今のこの姿では、誰かの願いを叶える力なぞありませんし……」
「え? 駆け落ちしてないって、え? じゃあ借金取りのおじさんはなんで……?」
こいつが否定するってことは、つまり"駆け落ちした"なんて嘘情報の出どころは……
「院長先生が嘘ついたってこと……?」
「どういうことっすか?」
「院長さん、私からも説明お願いします、私はあなたなんかと駆け落ちはしていませんが」
"いや、だから説明するって言ったじゃないか……"
そうか、なるほどわかったぞ。
このロリコンはついに幼女誘拐の罪を告白し、自首することに決めたのか!
"それが誤解だって言ってるんだよ!? いいかい? まずこの娘はね、神とか何とかいってるけど、とどのつまりは自然現象なんだよ自然現象、わかる!?"
「なんでそんな"自然現象"を強調するんすか……?」
「つまりリザちゃんは自然現象だから先生はロリコンではないってこと……?」
"ちがうよ! つまり私がいいたいのはね、自然現象っていうことは、雨が降ってそれが川になるように、川がいずれ海になり、上昇気流になって再び雨になるように、この子もまた、多きな自然の循環の一つとして存在してるんだ"
え、えーっと循環?
……で雨がじょばじょば?
「話が長くてよくわかんねっす」
「……つまり院長先生は幼い女の子がおもらしする姿で興奮するってこと?」
「あの……院長さん、初耳なんですが、私ドン引きなんですが」
"違う! なんでそうなるの!?"
「説明が下手過ぎてわかんないっすよ」
"……あー、じゃあもうざっくり言おうか、この娘が仕事してないから「世界は破滅の危機」なんだ"
「世界の破滅!?」
「なんかすごそうっす!」
"わかってくれたかな!? 私はロリコンではないんだよ、この子を本来の所に戻して世界を救うのが私の仕事だったんだよ!"
「なるほど!」
「かっこいいっす!」
いやいや、世界の破滅ってなんだよツッコミどころしかねえよ。
"この子は複数の異なる世界のエネルギーを掻き混ぜて流動させるのが役割なんだよ、だから仕事しないとエネルギーが停滞して大変なことになるんだ"
「うん、何言ってるかわかんねっす」
"君達ちゃんと理解しようとしてる!?"
そもそも"駆け落ち"をした、してない、の説明にはなってないんだけど。
「そういえばそういう話でしたね」
「世界の破滅とかいう魅力的ワードで誤魔化される所だったっす!」
そんなので誤魔化されるなよ……
「ねえねえエリちゃん、じゃあなんで借金取りのおじさんは駆け落ちなんて勘違いしたの?」
だから俺に聞くなって、あのロリコンに聞けよ。
"それは私があのおじさんにそう教えたからだよ、そっちの方が都合がいいから……"
「「「「……」」」」
"え、え!? なんでみんな黙るの!?"
「やっぱりこのロリコン、本当にリザちゃんと駆け落ちしたかったんじゃないっすか……?」
"待ってくれ、誤解だ! 「世界が破滅しそうだからこの娘を預かります」なんて誰が信じるのさ!? 「この娘と駆け落ちします、探さないで」の方がまだ信憑性あるでしょ!? そういう段取りだったんだよ!!"
ねーよ。
「駆け落ちは流石に……」
"あの……ここまでの計画は私考えたんじゃないからね!? もっと上の人が考えた作戦だからね!?"
「そもそも借金取りのおじさんだって、リザちゃんがそういう存在だってのは知ってるはずでしょ?」
わざわざ"子供が欲しい"なんて願うくらいだから、少なくともこいつが異能存在なことは理解してると思うが……
「いえ、それはありません」
"彼が願いの代償に捨てたものは、この娘と出会う以前の記憶だからね"
記憶を捨てた……?
「"お父さん"が一番大事にしていたものは、家族でも、自分自身でも、財産でもなく、過去の記憶でした、なのでそれを頂きました」
"いやぁ最初にそれを知った時は嬉しかったよ! だって記憶喪失なんていったら誰だって借金がチャラになるかも、なんて考えるだろう?"
ない。
「ないっす」
「院長先生そういう人なんだね……」
"あ、あれー? おかしいな……"
おかしいのはあんたの頭だ。
「まあそんなわけなので、お父さんは私がそういう存在だとは覚えていません」
「じゃあこのロリコンの行動も一応は理にかなってる……んすかね……?」
いや、他人のおもらしで興奮するのは理にかなってないと思う。
"そっちじゃないよ!? 駆け落ちの嘘の方だよ!?"
「まあ何にせよ、私が今"なぜこのような状況になったのか"はこれで大体わかりましたね!」
"無視しないでくれる!? 私はおもらし趣味など露ほ"
「じゃあ次は"これからどうするのか"だね」
やっぱりおっさんの所には戻らないの?
「ええ、お父さんの所へは戻りません、というか戻れないです!」
……"戻れない"?
「あれ? よく考えたら、リザちゃんがあのゴブリンの娘ってことは、もしかしてウチ、余計なことを……?」
「いえいえ、大丈夫です、むしろ助かりました! お父さんを危険な目に合わせるわけにはいきませんから!」
"戻れない"に"危険な目"……?
それって一体どういう……?
「どうしましたアリエルさん? 世界が破滅する危機ってこの変態が言ったばかりですよ?」
"だから君達を巻き込まないよう黙って出ていったんだけどね、まあこうなったら仕方ないよね"
え、仕方ないって何が!?
"いやあ、私も説明だけして君達には帰ってもらうつもりだったんだけどね……実はもう……"
あ、やっぱり話さなくていいです!
なんかもう嫌な予感しか……
「もう敵に囲まれてますね! 私、絶体絶命です!」
「敵!?」
絶体絶命!
「敵って誰っすか……ぬわぁ!?」
ルチアさんの発言と同時、我々のいる廃ビルが大きく揺れた。
"いやあ、どうもこの子が仕事をしなくなったことで、この世界全体の魔法ラインが歪みはじめてね、つい最近よくない世界と接続しちゃったみたいなんだ"
「よくない世界……?」
「あの、それより敵って何なんすか……うおわ!?」
ロリコンが説明する間にも、ビルの揺れはどんどん大きくなる。
"エルフの国としては緊急事態ってことで対応したかったんだけど、なにせ「願いを叶える自然現象」ってのが世界中からの認識だからね、だから公的機関じゃなくて私のような半端者に白羽の矢が立ったわけで……"
「あの、あんたの事情はどうでもいいんで! いらないんで!」
「それよりよく無い世界って何なの?」
「ていうかどんどん振動が強くなってるっすよ!? これビル崩れるんじゃないっすか!? どうするんすか!?」
お前ら二人は何なんだよ、まとめて一片に質問するなっての!
「よくない世界ってやつについては私、話を聞きましたけど、まあ、その……なんというか……私には理解の及ばない世界といいますか……」
"いやあその世界、私みたいな半端者には中々荷が重くてね! 困ったものだよほんと"
「何なんすかその余裕!? つーかどっちでもいいんで勿体ぶらずに早く教えてくださいよ!」
"その世界ってのはね……死後の世界だよ"
ロリコン院長が謎の発言をしたちょうどその時、ビルの振動が止まった。
そして、我々がいる部屋の窓、空と雲が見えるはずの空中に浮くビルの外。
そこに"それ"はいた。
"あんな奴ら、私にはコントロールのしようがないんだけどねぇ……"
赤黒い魔力を放つ、禍々しい異形の物。
素人目にもはっきりわかる、敵意の塊であった。
「え、なんすかあれ? なんすかあれ!?」
「冥界の守護者らしいです、この世界が冥界との不要な接続をしたことで怒ってるみたいです!」
「死神! 死神だよエリちゃん!!」
大きな鎌と黒いフードを携えた、いかにも死神な姿の化け物がそこにいた。
ただ、我々のイメージする死神と、窓の外の死神に、一つ大きな違いが。
"いかん、レーザーの照準がすでにリザちゃんに向いている! 伏せるんだ!!"
死神のその体は、鋼鉄で出来ていた。
眼はセンサーで、指はガトリング。
そして、間接の隙間には歯車が見えていた。
「ロ……」
「「「ロボだこれーーー!!?」」」
"驚いてる場合じゃないよ! レーザーがくる! 他のみんなは伏せて!"
ロリコン院長の警告も空しく、ロボ死神の目が赤く光る。
瞬間、死神の眼前に巨大な熱量が生みだされ、収束し、一筋の熱線となり我々のいる廃ビルの一室を薙ぎ払った。
その後、ワンテンポ遅れて起こった爆発に、我々は木っ葉のようにビルの外へ吹き飛ばされた。
空中に浮かぶ30階建ての廃ビルの外、地上数百m、重力に引かれて落ちる浮遊感のさなか。
俺は意味不明の言語で叫ぶ、死神の声を聞いた。
死神の、電子の合成音の声を聞いた。
科学蔓延るエルフの国。
その死後の世界の住人、彼らもまた、近代化の波に呑まれていたのであった。