5話「ランチタイム・パレード(後編)」
魔王のおっさんが、姉御と俺の体を連れ去って逃げた場所、時計塔。
古代の魔法使いが作ったとされるその塔は、利権の関係で行政の及ばぬ無法地帯となっており、難民、移民、犯罪者等を際限なく吸収し、上下に伸びる巨大なスラム街と化している。
そんなこの国最大のスラム街、法の及ばぬ時計塔のその地下は、当然幽霊が地上をはるかに超える量の幽霊が溢れているため……
"うらめしやぁあ!!"
いやあああ!!! 姉御!! またでた!!
追い払って! ねえ追い払って!!
「ちょっと! 引っ付かないでって言ってるでしょうが!!」
幽霊嫌いの俺にはまさに地獄のような場所である!!
「アンタ、幽霊大丈夫になったんじゃなかったの!?」
無理無理!! やっぱり一朝一夕では無理だって!!
「ああもう!! だったら表で待機してればよかったでしょうが!!!」
"う、らめし、や!!"
「うっさい!! 成仏しなさい!!」
"ぐああああ!!!?"
ぎにゃああああ!?
「ちょっと!? なんでアンタまで成仏しかけてるのよ!?」
だって俺、今幽霊ですから!!
「なんでそんな事になってんのよ!?」
だーかーらー!!
あの魔王のおっさんが俺の体持っていったんだってば!
PM12:00。
魔王のおっさんを追って、時計塔地下への入り口、地下通路に入った俺とアラサーの姉御、そして白スーツの男は、二手に分かれて地下通路内を走っていた。
攫われた前髪さんの手がかりは、前髪さんの持っているスマホのGPS発信のみ。
「ああもう、執事の人達もいればこんなに走らなくて良かったのに……」
だってパンツ被れないって言うから……
「ねえ、ホントにこれパンツ被る意味有るの!?」
何回も言ったでしょうに、仕事でくるような奴はここには入れないの。
そういう奴はここの守護者に追い払われるの。
趣味で来たって証明しないといけないの。
「だからって、もっとこう……他の手があるんじゃないの!?」
そんなもの用意する時間がある?
今身につけているものを使うのが、もっとも効率的ではないの?
「なんでこういう時だけそれっぽい理屈がスラスラ出てくるのよ……」
それよりもうすぐ突き当りだよ、壁の端に隠し扉のスイッチがあるからそれ押して。
「……場所がわかってるのなら、アンタが押せばいいんじゃ?」
さっきから少しづつ物に触れなくなってきてるんだ。
「……そう、急いだ方がいいわね」
姉御が俺の指示に従い隠し扉のスイッチを押すと、扉の先には巨大な空洞が広がっていた。
穴の底が見えないほどに深く、対岸が霞む程に広い、すり鉢状の大空洞。
周囲を取り囲む壁には、無数の通路と人影が揺らめく窓、そして幾重にも垂れ下がる商店の看板、中央には時計の付いた長い長い尖塔。
生活感あふれる時計塔地下の大空洞。
しかし、普段その中を飛び回る住人は、今この時間においては誰もいない。
GW、幽霊の飛び回る時期だからだ。
住人たちは住居の中で、鎮魂の鐘を鳴り響かせ……
鎮魂の……鐘ッ! あぁああ……大きな河が! 大きな河が見えルヨ……!!
「ちょっと、アリエル!? しっかりしなさい!? 成仏しかけてるわよ!?」
ああ、ロボババアと幽霊ババアが手振ってる……!!
「ロボババアって何よ!? ほらしっかりしなさい!!」
痛ぁ!? 霊体なのに痛ぁ!?
「しっかりしてよ、GPSの受信機はアンタが持ってんだから!!」
GPS……?
そ、そうだ! 前髪さんを救出しに来たんだった!!
執事さん達から渡されたGPSを見てみると、その機械は我々の下方を指し示している。
天井から飛び出した逆さの尖塔が、下へ下へと伸びていく穴の先。
霞がかかるほど遥か下層の、黒い漆黒の中へ、機械の反応は指し示している。
時計塔地下の下層、それは世を憚る忌み嫌われた魔術師たちの実験場。
その最下層にあるのは、この大空洞が出来る原因になった巨大な古竜が、かつて住んでいたと言われている地底湖で、この塔から生まれた怨嗟や呪いが堆積して地獄のような様相になっているだとか。
足を踏み入れるには相応の覚悟と準備を要する場所だ。
「ふーん、そうなんだ? そんじゃ行くわよ! 掴まってなさい!」
何言ってんの!? ねえ今の説明聞いてた!?
相応の覚悟と準備が必要だって……
「ミシェルとアンタの体が攫われてるのよ!? それに急いだ方がいいってアタシにパンツ被せたの、アンタでしょうが!!」
だからって下層になんの準備も無しに……
「何いってんのよ安心しなさい! アタシは、魔法の、プロなんだから!!」
親のコネで就職したくせにぃいいいい!!?
「喋ってると舌噛むわよ」
俺の忠告も聞かず、アラサーの姉御は俺をひっ掴んで大空洞の中央へ飛びこんだ。
厭世観の強い下層魔術師達が、一斉にざわめき立つ。
分をわきまえない余所者が、自分たちのテリトリーに侵入したのだから当然だ!
大空洞の真ん中で、地下へと延びる塔の近くで、急降下のGに晒されながら、俺はこの世の物とは思えないエルフの魔術師たちの声を聞いた!
余所者の侵入者を排除する為の、攻撃呪文の詠唱を聞いた!
炎も焦がす巨大な熱の塊が、稲光をあげ疾走する迅雷が、魂をも凍らす不可視の氷が、そこかしこから飛んでくる!!
だから言ったのに! だから慎重にって言ったのに!
「だーかーらー、さっきから何回も言わせないで! アタシは! このエルフの国の! 魔法のプロなのよ! この程度の魔法は、こうよ!」
姉御は右手をかざすと、白い淡い魔法の光で我々を包んだ。
小学校で習うような下級の防御魔法、放たれた攻撃魔法に比べ、遥かに低ランクの魔法だ。
……が、姉御のその低級魔法は敵の攻撃の一切を通しはしなかった。
「アタシ達はね、エルフって言う魔術に長けた種族の中で、プロとして選ばれたのよ! 文字通り桁が違うのよ!」
周辺の壁の住居から、感嘆とも怨嗟ともとれるため息が聞こえてきた。
それだけ姉御は凄いのだろう。
もちろんそんなことは知っている。
知っているけど、その強さはこの時計塔では何の意味もないんだよ!!
「は? 何言ってるの?」
発言の意図がわからない、といった表情を浮かべた姉御。
しかし、その表情がみるまに驚愕へと変わっていく。
姉御の視線の先、我々のすぐ近くにある、地下へと伸びる尖塔から、次元を裂いて異形の怪物が現れたからだ。
かずのこの様なつぶつぶの房をいくつも束ねた、ひも状の管楽器が現れたからだ。
「な、何この化け物……!?」
これは複数いる時計塔の守護者、その一柱である。
自然法則だの魔術法則だの、そういったものには縛られない、超常的存在だ。
騒ぎすぎたのだ! 不埒者を排除する、この塔の機構が働いてしまったのだ!
戦うなど無謀極まりない! こうなれば逃げるしか……
「逃げる……? 待って、無理よ、それはダメよ!」
な、何を言って……!?
「アンタの手にあるその機械、見てみなさい」
姉御の指摘に機械を見る。
執事たちから渡されたGPSの機械、それが強い反応を示している。
その指し示す先は……今現れた守護者の、切り裂いた次元の裂け目。
「中に、いるってことよ……ミシェルとアンタの体!」
……まさか、この守護者は……!!
"可愛いお嬢さん、私と一緒においで? 楽しく遊ぼう
キレイな花も咲いて 黄金の衣装もたくさんある……"
かずのこを束ねたひも状の管楽器が、明朗な歌声を披露した。
今日この日、嫌になるほど聞いたあの楽曲、"魔王"を!!
PM12:05、幽霊塗れの大空洞。
かつて、一国の軍の精鋭が、逃げる以外の手がなかった時計塔の守護者と、我々は立ち向かわなければならなくなった。
顔中落書きまみれの幽霊女子高生と、パンツを頭に被ったアラサー女子高生の、その2人がである!




