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エルフの森へようこそ  作者: やゃや
4章「Do the 姉御 motion」
42/54

4話「ランチタイム・パレード(前編)」


 AM11:05。

 意識を失い、知らないおっさんの下手くそな歌を聞かされること数分。

 体を揺さぶられるような感覚を覚え、再び意識が覚醒する。

 

 ひんやりとした機械の上、ぼんやりとした視界に映るのは、広い室内、豪華な調度品。


「アリエルちゃん! ああよかった、やっと起きた!」


 見慣れた前髪さんの顔。

 先程気絶した場所と全く同じ場所で目が覚めたようだ。


"おお、起きた起きた"

"ぷ……くふふ……おはようミシェルのお友達さん……くく……"

"ねぇねぇ、やっぱり顔のあれは……ふふふ……やめた方が良かったんじゃ……"

"やめなよ3人とも、気づいちゃうだろ?"


 そして、前髪さんと俺の周りを、知らない人が大勢囲んでいた。

 男性も女性も、大人も子供もいる、多種多様なエルフが周りを囲んでいた。

 いったいこの人達は一体……?


"私達はねぇ仲間だよぉ、君と同じぃ"

"さっきも会っただろう?"


 さっき、ということはつまり……


「ええそうよ、この人達も幽霊よ」


 ……やはり!!

 しかし先程と違って人の姿に見えるのは……魂を抜くとかなんとか言っていた……機械のせい……だろうか……


「そうよ! 私達も一時的に、同じ幽霊になったの! これならアリエルちゃんも幽霊なんて怖くは……」


 う……うぐ、ひっく……怖い、無理ぃ!!!


"あらぁ、泣いちゃったぁ"


「ええ!? これでも駄目なの!?」


"おいおいそんな悲しいこと言わないでくれよ、傷付くじゃないか"

"私達だって元々は同じエルフだったんだからね?"


 うぐ……同じエルフ……?


"そうそう、それにそんなに涙を流したら顔のインクが……"

"ああ、馬鹿! それはまだ言うなって!!"


 うん? 顔のインク……?


 ……意味もわからず顔に手を当ててみると、そこにはなにやらべたべたした黒い物が。

 スマホの自撮り機能で確認すると、俺の顔には所狭しと並んだ"アホ"、"肉"、"売女"等の罵詈雑言。


 俺の顔に、"俺の美しい顔に"、薄汚い落書きがなされていた!


「お、落ち着いてアリエルちゃん!! それって思いっきり悪役のセリフよ!!」


"ツッコむところはそこじゃないだろミシェルちゃん!!"

"と、とりあえず落書きは謝ろう?"

"へ、へん! 何をビビる必要があるんだい! こちとらGWまで成仏しなかった悪霊だよ! こんな小娘如き……ぎにゃああああ!?"


 あいにく、落ちこぼれとはいえ、俺はこれでもエルフである。

 怒りが恐怖を越えた今、霊の一人や二人くらい、祓えぬわけではな、ぎにゃあああああ!?


「貴女も幽霊になってるって言ったでしょう? そんな状態で霊祓いしたらそうなるわよ!?」


 ぎにゃああ!! 成仏する! 成仏しちゃうううう!!


「待っててアリエルちゃん! 大丈夫! 機械にあなたの生身があるから成仏はしない……」


"ぐおおおおお!? 成仏する!? 成仏してしまう!!"


「どちら様!?」


 霊祓いの痛みに悶える俺の霊体から、知らないおっさんが飛び出してきた!!

 黒いスーツで髭もじゃの、巨大なおっさんが飛び出してきた!!

 誰のこのおっさん!? 誰このおっさん!?


「もしかしてさっきの魔王もどき!?」


 まさか、娘に追われて俺の体に逃げ込んだのか……?


"ぐおおおお!!

可愛いお嬢さん! 私と一緒においで! 楽しく遊ぼ、ぐああああ!!"


 この状況下でも歌うのかよ!?


"やばい、アイツだ……"

"魔王の呪いが来たぞ!"

"逃げろ逃げろ!"


 魔王の呪いって何!?


"素敵な少女よ! 私と一緒においで!"


「あらら、アリエルちゃんの霊祓いじゃビクともしてないわね……って、ああ!?」


 俺から飛び出した魔王さんは、俺や前髪さんには目もくれず、俺が寝ていた機械の方へと駆けだした。


"私の娘が君の面倒を見よう! 歌や踊りも披露させよう!"


「ああ!? 大変!? アリエルちゃんと私の体が持ってかれるわ!!」


 おいおいおい、ちょっと何してんの!?

 娘さん! 娘さん早く来て!

 あなたのお父さん俺を誘拐しようとしてるの!!


「もう間に合わないわアリエルちゃん! でも、これは考えようによってはチャンスよ!」


 チャンス!? どこが!?


「だって、さっきまでは霊祓いの鐘が効かなかったのに、今はアリエルちゃんの霊祓いでも嫌がってたのよ?」


 ……! 今なら退治できるのか!?


「レイチェルちゃんクラスの霊術師なら、ほぼ確実よ!」


 姉御なら……

 あー、でも……今の姉御にお願いするのは……


「私を誰だと思っているの! 私はリンドグレーン家の跡取り娘、霊術だってプロ並みよ!」


 今霊祓い使えないでしょうが!!


「……あ」


 "あ"じゃねえよ!!


"お前が大好きだ、可愛いその姿が!"


 ああああ!! 俺の体! それに前髪さんの体も持ってかれる!!


「とりあえず追いましょう!! 祓い方は捕まえてから考えましょう!」


"いやがるのなら、力ずくで連れて行く!"


 魔王さんは我々など目もくれず、屋敷の外へと逃げていく。

 それを追って、我々も駆けだすが、一歩外に出て俺は気づく。


 現在時刻はAM11:15。 幽霊が活発になる昼食時。

 生前の記憶を保持する幽霊たちが、それを辿って昼食を食べる真似事をする時間!


 魔王さんが逃げていく先は、そんな幽霊たちの溜まり場。

 首都の南方面、潮の匂いが激しく香る、オーシャンビューの大通り!


「あ、アリエルちゃん……? やっぱり私一人で行きましょうか?」


 じょ、じょじょじょ、冗談じゃない!!

 怒りが恐怖を、ここ、越えた今!!

 俺の体は、おお、俺が奪い返しゅ!!


「呂律まわってないけど本当に大丈夫!?」


 大丈夫! 大丈夫……だけど怖いので手を握っててほしい!!


「……アリエルちゃんらしいわねぇ」



 AM11:15。

 幽霊蔓延るエルフの国で、魔王とエルフ幽霊の奇妙な追いかけっこが始まった。


 魔王さんは、高級住宅街を南西に抜けると、汐風が香る長い下り坂へと逃走する。

 負けじとこちらも追いかけるが、霊体としての経験値は向こうに分がある。

 足の速さではかなわず、じりじりと距離を離されていく!


「安心してアリエルちゃん、ここから少し先にいった十字路で、家の執事たちがあの魔王もどきを挟撃するわ!」


 なるほど、挟み撃ちという奴か!

 ……で、俺達はどうすれば? 


「挟撃で魔王もどきの動きが止まったら、私達の体に戻るのよ! 元の体に戻りさえすれば、あとは霊祓いの魔法で追い返せるわ!」


 首都から南に伸びる長い坂道は、港と首都を直に結ぶする大きな道路である。

 交通量も多く、飲食店なども数多く設置されている。


 しかしそんな大通りもゴールデンウィークは休業中、幽霊の溜まり場となっている。

 そこなら好きなだけ暴れられる、という事か。


「ええその通り! ちょうど今連絡も入ったわ、ほら、そこよ!」


 前髪さんの指差す先、大きな交差点の中央に、先程の知らないおっさんが執事の集団に襲われている。


 我々の体はその腕に抱えられたままだ。


「今よ!! 飛びこみましょう!!」


 俺の手を引く前髪さんが、交差点の戦場へと飛びこんでいく。

 執事たちの魔法はすさまじく、魔王のおっさんはこちらには気づかない。


 魔王のおっさんの腕に抱えられた我々の体は、まるで持ち主の魂と引き合うかのように引力を発している。

 元の体への還り方は、不思議と体が覚えていた。


 これなら、元の体に戻れそう……


"ごめんなさい、ここは満員よ"


 !?


「あ、アリエルちゃん……? 大丈夫!?」


 元の体に戻った前髪さんが、俺ではない俺を見て驚愕している。

 その隣で魔王さんに抱えられている俺の体は、赤く妖艶に光る美しい瞳をこちらに向けている!


 俺の中に、俺ではない誰かがいるのだ!


"アリエルって誰かしら? 私は……"


「ようやく……ようやく見つけたぞ、アンジェラ!!」


 今度は交差点の外の方から大きな男の声がした!

 いったい誰だ!? これ以上は俺の脳の許容量がパンクするのだが!!

 アンジェラって誰だよ!?


"あらあら、誰かと思えば「元」旦那様……"


 元旦那様?

 えーっと、という事は俺の体に入っている何者かは、人妻ってこと?


「え……旦那様って……あの人は……!!」


 前髪さんが声の主を見て驚いている。

 それにならって、そちらへ視線を向けて気づく。


 先程"アンジェラ"、と叫んだ人物。

 ……それは


「2年、いや、今年で3年か……GWが来るたびに、お前と会えるのを待ちわびていたぞ! 我が妻、いや、元妻よ!」


 その男は白スーツにサングラスの、橋の上の男であった。


「今日こそ俺は……お前とよりを戻す! 頼む、結婚してくれ!」


 そして、その男は、ポケットから取りだした花束を、そのアンジェラという女へ向けた。

 その女に……そう、俺の体に!!



 AM11:20。幽霊だらけの交差点。

 俺の友達が惚れている男が、俺の体に入った謎の女に復縁のプロポーズをした。

 大量の執事に襲われている、魔王のおっさんの脇の下で。

 なんとシュールな光景か!


 ……そして、その光景を見ていた者がもう一人。


「あ、え、嘘……嘘でしょ……? なんで? アリエルが、あの人に、なんで……?」


 姉御が交差点の脇から、今の光景を覗いていたのだ!


 いかん、説明しないと! 話がこじれる!!

 姉御! 待つんだ! これには訳が!!


「……あれ? でもアリエルにしては顔が凛々しいような……」


 普段の俺が馬鹿みたいな発言やめてくれませんかね!!

 俺は普段から超絶美少女なんですが!!!

 

「……あ、あれ? こっちにもアリエルが!? あー……あーなるほど、大体わかったわ……」


 理解してくれたようで助かる!!


「アンジェラ答えてくれ! よりを戻してくれるか!?」


 姉御の誤解が解けた一方では白スーツが、俺の体に向かって叫んでいる。

 俺の体を使ってラブロマンスするのはやめて欲しい!


"え、いや……よりを戻すっていっても……"

"下船の者め、我が娘に指一本触れさせんぞ!!"


 魔王さんが歌以外の発言を!?


"私あなたの娘じゃないんですけど!"


 アンジェラ、魔王おっさんの娘じゃないのかよ!?

 本格的に誰なんだアンジェラ!?


「だからアンジェラは私の妻だと……」


"もう妻じゃないって言ってるでしょ! 放っておいてよ!!"


「ねえアリエルちゃん、どうしよう!? このまま霊祓いしたらアリエルちゃんどうなっちゃうのかな!?」

「ねえねえアリエル、あの人、妻って言ってたけど、やっぱりあれって……」


 ああもう全員一片に喋るんじゃないよ!!

 それより魔王さんが……!


"ええい邪魔をするな! 私の娘に手を出すのなら、容赦は……

可愛いお嬢さん、私と一緒においで 楽しく遊ぼう……"


 何なんだこのおっさん……?

 急に真面目になったと思ったら、また歌い始めた……?


"あーあ、歌い出しちゃった……こうなったらもう止まらないんだよねぇ……"

"私の娘が君の面倒をみよう……"


 ……!? 魔王のおっさんの回りを、地面の下から触手が取り囲み始めた!

 この触手は、時計塔の……!!


「え? ちょっと待って! この魔王もどきどこかへ行くつもりの!? 私、まだ脱出が……」


"貴女もあきらめましょう? 私ももう何年も、これに捕まって逃げられなくってさ……"


「アンジェラ!? ……?! 何だその怪物は!? まさかそいつに捕まっていたのか!?」


 まさかこの白スーツ、今まで魔王さんに気付いてなかったのか!?


「え? あれ!? ミシェルが変なおっさんに捕まってる!?」


 まさかこの姉御まで、今まで魔王さんに気付いてなかったのか!?

 恋は盲目ってレベルじゃないぞ!?


"こんなわけだからさ「元」旦那様、私の事は諦めて、他のいい女さがしなよ?"


「ま、待っ……」


 前髪さん家の執事や、白スーツのおっさんが多種多様な魔法で妨害を試みていたが、魔王のおっさんが触手に取り込まれ、地下に入っていくのを止められなかった。


 AM11:20。交差点の魔王は、触手の生み出した亀裂の中に跡形もなく消え去った。


「え? 嘘でしょ……?」


 前髪さんも、俺の体も、ここではないどこかへ消え去った。

 ……だが、確かに分かった事がある。


「分かった事? 分かった事ってなにがだ!? アンジェラが、アンジェラがあの触手に!!」


 あの魔王のおっさんは、時計塔の地下へと逃げたということだ。

 あの触手は、時計塔への案内人だからだ。


 ……そしてもう一つ。

 あのおっさんは、決して誰かに命令されたり、仕事でミシェルさんを拐ったわけではないということだ!!

 時計塔に、そういうやつは入れないからだ!!

 決して許してなるものか!!


「考察はどうでもいいわよ!」

「場所が分かっているのだろう!? ならばアンジェラの所へ案内してくれ!!」


"我々執事衆からも是非お願いしたい!! お嬢様の安全を確保せねば!"


 分かってる、分かってるよ。

 だから一つだけ、これから言う事を守れる人だけ俺の近くに来て欲しい。


「守る事?」


 パンツ。


「?」


 ……パンツ、頭に被って下さい。

 そして、"これが私の趣味です"と言って欲しい。


「「「はああ!?」」」


 交差点のど真ん中、幽霊だらけのお昼時。

 俺から飛びてた馬鹿みたいな提案に、その場の誰もが憤慨した。


 違うんだ、信じてくれ。

 これはどうしても必要なことなんだ。

 俺は決して変態じゃないんだ。信じてくれ。




 

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