4話「ランチタイム・パレード(前編)」
AM11:05。
意識を失い、知らないおっさんの下手くそな歌を聞かされること数分。
体を揺さぶられるような感覚を覚え、再び意識が覚醒する。
ひんやりとした機械の上、ぼんやりとした視界に映るのは、広い室内、豪華な調度品。
「アリエルちゃん! ああよかった、やっと起きた!」
見慣れた前髪さんの顔。
先程気絶した場所と全く同じ場所で目が覚めたようだ。
"おお、起きた起きた"
"ぷ……くふふ……おはようミシェルのお友達さん……くく……"
"ねぇねぇ、やっぱり顔のあれは……ふふふ……やめた方が良かったんじゃ……"
"やめなよ3人とも、気づいちゃうだろ?"
そして、前髪さんと俺の周りを、知らない人が大勢囲んでいた。
男性も女性も、大人も子供もいる、多種多様なエルフが周りを囲んでいた。
いったいこの人達は一体……?
"私達はねぇ仲間だよぉ、君と同じぃ"
"さっきも会っただろう?"
さっき、ということはつまり……
「ええそうよ、この人達も幽霊よ」
……やはり!!
しかし先程と違って人の姿に見えるのは……魂を抜くとかなんとか言っていた……機械のせい……だろうか……
「そうよ! 私達も一時的に、同じ幽霊になったの! これならアリエルちゃんも幽霊なんて怖くは……」
う……うぐ、ひっく……怖い、無理ぃ!!!
"あらぁ、泣いちゃったぁ"
「ええ!? これでも駄目なの!?」
"おいおいそんな悲しいこと言わないでくれよ、傷付くじゃないか"
"私達だって元々は同じエルフだったんだからね?"
うぐ……同じエルフ……?
"そうそう、それにそんなに涙を流したら顔のインクが……"
"ああ、馬鹿! それはまだ言うなって!!"
うん? 顔のインク……?
……意味もわからず顔に手を当ててみると、そこにはなにやらべたべたした黒い物が。
スマホの自撮り機能で確認すると、俺の顔には所狭しと並んだ"アホ"、"肉"、"売女"等の罵詈雑言。
俺の顔に、"俺の美しい顔に"、薄汚い落書きがなされていた!
「お、落ち着いてアリエルちゃん!! それって思いっきり悪役のセリフよ!!」
"ツッコむところはそこじゃないだろミシェルちゃん!!"
"と、とりあえず落書きは謝ろう?"
"へ、へん! 何をビビる必要があるんだい! こちとらGWまで成仏しなかった悪霊だよ! こんな小娘如き……ぎにゃああああ!?"
あいにく、落ちこぼれとはいえ、俺はこれでもエルフである。
怒りが恐怖を越えた今、霊の一人や二人くらい、祓えぬわけではな、ぎにゃあああああ!?
「貴女も幽霊になってるって言ったでしょう? そんな状態で霊祓いしたらそうなるわよ!?」
ぎにゃああ!! 成仏する! 成仏しちゃうううう!!
「待っててアリエルちゃん! 大丈夫! 機械にあなたの生身があるから成仏はしない……」
"ぐおおおおお!? 成仏する!? 成仏してしまう!!"
「どちら様!?」
霊祓いの痛みに悶える俺の霊体から、知らないおっさんが飛び出してきた!!
黒いスーツで髭もじゃの、巨大なおっさんが飛び出してきた!!
誰のこのおっさん!? 誰このおっさん!?
「もしかしてさっきの魔王もどき!?」
まさか、娘に追われて俺の体に逃げ込んだのか……?
"ぐおおおお!!
可愛いお嬢さん! 私と一緒においで! 楽しく遊ぼ、ぐああああ!!"
この状況下でも歌うのかよ!?
"やばい、アイツだ……"
"魔王の呪いが来たぞ!"
"逃げろ逃げろ!"
魔王の呪いって何!?
"素敵な少女よ! 私と一緒においで!"
「あらら、アリエルちゃんの霊祓いじゃビクともしてないわね……って、ああ!?」
俺から飛び出した魔王さんは、俺や前髪さんには目もくれず、俺が寝ていた機械の方へと駆けだした。
"私の娘が君の面倒を見よう! 歌や踊りも披露させよう!"
「ああ!? 大変!? アリエルちゃんと私の体が持ってかれるわ!!」
おいおいおい、ちょっと何してんの!?
娘さん! 娘さん早く来て!
あなたのお父さん俺を誘拐しようとしてるの!!
「もう間に合わないわアリエルちゃん! でも、これは考えようによってはチャンスよ!」
チャンス!? どこが!?
「だって、さっきまでは霊祓いの鐘が効かなかったのに、今はアリエルちゃんの霊祓いでも嫌がってたのよ?」
……! 今なら退治できるのか!?
「レイチェルちゃんクラスの霊術師なら、ほぼ確実よ!」
姉御なら……
あー、でも……今の姉御にお願いするのは……
「私を誰だと思っているの! 私はリンドグレーン家の跡取り娘、霊術だってプロ並みよ!」
今霊祓い使えないでしょうが!!
「……あ」
"あ"じゃねえよ!!
"お前が大好きだ、可愛いその姿が!"
ああああ!! 俺の体! それに前髪さんの体も持ってかれる!!
「とりあえず追いましょう!! 祓い方は捕まえてから考えましょう!」
"いやがるのなら、力ずくで連れて行く!"
魔王さんは我々など目もくれず、屋敷の外へと逃げていく。
それを追って、我々も駆けだすが、一歩外に出て俺は気づく。
現在時刻はAM11:15。 幽霊が活発になる昼食時。
生前の記憶を保持する幽霊たちが、それを辿って昼食を食べる真似事をする時間!
魔王さんが逃げていく先は、そんな幽霊たちの溜まり場。
首都の南方面、潮の匂いが激しく香る、オーシャンビューの大通り!
「あ、アリエルちゃん……? やっぱり私一人で行きましょうか?」
じょ、じょじょじょ、冗談じゃない!!
怒りが恐怖を、ここ、越えた今!!
俺の体は、おお、俺が奪い返しゅ!!
「呂律まわってないけど本当に大丈夫!?」
大丈夫! 大丈夫……だけど怖いので手を握っててほしい!!
「……アリエルちゃんらしいわねぇ」
AM11:15。
幽霊蔓延るエルフの国で、魔王とエルフ幽霊の奇妙な追いかけっこが始まった。
魔王さんは、高級住宅街を南西に抜けると、汐風が香る長い下り坂へと逃走する。
負けじとこちらも追いかけるが、霊体としての経験値は向こうに分がある。
足の速さではかなわず、じりじりと距離を離されていく!
「安心してアリエルちゃん、ここから少し先にいった十字路で、家の執事たちがあの魔王もどきを挟撃するわ!」
なるほど、挟み撃ちという奴か!
……で、俺達はどうすれば?
「挟撃で魔王もどきの動きが止まったら、私達の体に戻るのよ! 元の体に戻りさえすれば、あとは霊祓いの魔法で追い返せるわ!」
首都から南に伸びる長い坂道は、港と首都を直に結ぶする大きな道路である。
交通量も多く、飲食店なども数多く設置されている。
しかしそんな大通りもゴールデンウィークは休業中、幽霊の溜まり場となっている。
そこなら好きなだけ暴れられる、という事か。
「ええその通り! ちょうど今連絡も入ったわ、ほら、そこよ!」
前髪さんの指差す先、大きな交差点の中央に、先程の知らないおっさんが執事の集団に襲われている。
我々の体はその腕に抱えられたままだ。
「今よ!! 飛びこみましょう!!」
俺の手を引く前髪さんが、交差点の戦場へと飛びこんでいく。
執事たちの魔法はすさまじく、魔王のおっさんはこちらには気づかない。
魔王のおっさんの腕に抱えられた我々の体は、まるで持ち主の魂と引き合うかのように引力を発している。
元の体への還り方は、不思議と体が覚えていた。
これなら、元の体に戻れそう……
"ごめんなさい、ここは満員よ"
!?
「あ、アリエルちゃん……? 大丈夫!?」
元の体に戻った前髪さんが、俺ではない俺を見て驚愕している。
その隣で魔王さんに抱えられている俺の体は、赤く妖艶に光る美しい瞳をこちらに向けている!
俺の中に、俺ではない誰かがいるのだ!
"アリエルって誰かしら? 私は……"
「ようやく……ようやく見つけたぞ、アンジェラ!!」
今度は交差点の外の方から大きな男の声がした!
いったい誰だ!? これ以上は俺の脳の許容量がパンクするのだが!!
アンジェラって誰だよ!?
"あらあら、誰かと思えば「元」旦那様……"
元旦那様?
えーっと、という事は俺の体に入っている何者かは、人妻ってこと?
「え……旦那様って……あの人は……!!」
前髪さんが声の主を見て驚いている。
それにならって、そちらへ視線を向けて気づく。
先程"アンジェラ"、と叫んだ人物。
……それは
「2年、いや、今年で3年か……GWが来るたびに、お前と会えるのを待ちわびていたぞ! 我が妻、いや、元妻よ!」
その男は白スーツにサングラスの、橋の上の男であった。
「今日こそ俺は……お前とよりを戻す! 頼む、結婚してくれ!」
そして、その男は、ポケットから取りだした花束を、そのアンジェラという女へ向けた。
その女に……そう、俺の体に!!
AM11:20。幽霊だらけの交差点。
俺の友達が惚れている男が、俺の体に入った謎の女に復縁のプロポーズをした。
大量の執事に襲われている、魔王のおっさんの脇の下で。
なんとシュールな光景か!
……そして、その光景を見ていた者がもう一人。
「あ、え、嘘……嘘でしょ……? なんで? アリエルが、あの人に、なんで……?」
姉御が交差点の脇から、今の光景を覗いていたのだ!
いかん、説明しないと! 話がこじれる!!
姉御! 待つんだ! これには訳が!!
「……あれ? でもアリエルにしては顔が凛々しいような……」
普段の俺が馬鹿みたいな発言やめてくれませんかね!!
俺は普段から超絶美少女なんですが!!!
「……あ、あれ? こっちにもアリエルが!? あー……あーなるほど、大体わかったわ……」
理解してくれたようで助かる!!
「アンジェラ答えてくれ! よりを戻してくれるか!?」
姉御の誤解が解けた一方では白スーツが、俺の体に向かって叫んでいる。
俺の体を使ってラブロマンスするのはやめて欲しい!
"え、いや……よりを戻すっていっても……"
"下船の者め、我が娘に指一本触れさせんぞ!!"
魔王さんが歌以外の発言を!?
"私あなたの娘じゃないんですけど!"
アンジェラ、魔王おっさんの娘じゃないのかよ!?
本格的に誰なんだアンジェラ!?
「だからアンジェラは私の妻だと……」
"もう妻じゃないって言ってるでしょ! 放っておいてよ!!"
「ねえアリエルちゃん、どうしよう!? このまま霊祓いしたらアリエルちゃんどうなっちゃうのかな!?」
「ねえねえアリエル、あの人、妻って言ってたけど、やっぱりあれって……」
ああもう全員一片に喋るんじゃないよ!!
それより魔王さんが……!
"ええい邪魔をするな! 私の娘に手を出すのなら、容赦は……
可愛いお嬢さん、私と一緒においで 楽しく遊ぼう……"
何なんだこのおっさん……?
急に真面目になったと思ったら、また歌い始めた……?
"あーあ、歌い出しちゃった……こうなったらもう止まらないんだよねぇ……"
"私の娘が君の面倒をみよう……"
……!? 魔王のおっさんの回りを、地面の下から触手が取り囲み始めた!
この触手は、時計塔の……!!
「え? ちょっと待って! この魔王もどきどこかへ行くつもりの!? 私、まだ脱出が……」
"貴女もあきらめましょう? 私ももう何年も、これに捕まって逃げられなくってさ……"
「アンジェラ!? ……?! 何だその怪物は!? まさかそいつに捕まっていたのか!?」
まさかこの白スーツ、今まで魔王さんに気付いてなかったのか!?
「え? あれ!? ミシェルが変なおっさんに捕まってる!?」
まさかこの姉御まで、今まで魔王さんに気付いてなかったのか!?
恋は盲目ってレベルじゃないぞ!?
"こんなわけだからさ「元」旦那様、私の事は諦めて、他のいい女さがしなよ?"
「ま、待っ……」
前髪さん家の執事や、白スーツのおっさんが多種多様な魔法で妨害を試みていたが、魔王のおっさんが触手に取り込まれ、地下に入っていくのを止められなかった。
AM11:20。交差点の魔王は、触手の生み出した亀裂の中に跡形もなく消え去った。
「え? 嘘でしょ……?」
前髪さんも、俺の体も、ここではないどこかへ消え去った。
……だが、確かに分かった事がある。
「分かった事? 分かった事ってなにがだ!? アンジェラが、アンジェラがあの触手に!!」
あの魔王のおっさんは、時計塔の地下へと逃げたということだ。
あの触手は、時計塔への案内人だからだ。
……そしてもう一つ。
あのおっさんは、決して誰かに命令されたり、仕事でミシェルさんを拐ったわけではないということだ!!
時計塔に、そういうやつは入れないからだ!!
決して許してなるものか!!
「考察はどうでもいいわよ!」
「場所が分かっているのだろう!? ならばアンジェラの所へ案内してくれ!!」
"我々執事衆からも是非お願いしたい!! お嬢様の安全を確保せねば!"
分かってる、分かってるよ。
だから一つだけ、これから言う事を守れる人だけ俺の近くに来て欲しい。
「守る事?」
パンツ。
「?」
……パンツ、頭に被って下さい。
そして、"これが私の趣味です"と言って欲しい。
「「「はああ!?」」」
交差点のど真ん中、幽霊だらけのお昼時。
俺から飛びてた馬鹿みたいな提案に、その場の誰もが憤慨した。
違うんだ、信じてくれ。
これはどうしても必要なことなんだ。
俺は決して変態じゃないんだ。信じてくれ。




