3話「GWレクイエム(後編)」
あの男は、もしや幽霊なのではないか?
「はあ? アンタ何言ってんのよ?」
橋の上の騒ぎから少し後。時刻はAM10:50。白スーツの男と別れた後のこと。
前髪さんの"こんな場所にいても何だから、私の家に行きましょう?"という旨の発言をうけて、我々三人は前髪さんの邸宅へ戻る事となった。
そして邸宅の中、前髪さんの自室に戻って早々、俺は二人に先の疑問を投げかけたのだが……
「それは無いでしょうアリエルちゃん、だってあの男の人は鐘が鳴っててもおかまいなしに私達に向かってきたのよ?」
「大体あの人とは去年も一昨年もこの時期あの橋の上で出会ってるの、幽霊ならとっくにゴールデンウィークで強制成仏させられてるわよ!」
見事に全否定されてしまった。
「でもアリエルちゃん、なんでそんな風に思ったの?」
だっておかしいじゃないか。
この時期のあんな場所に、男1人がぶらぶらしているなんて。
それに、去年も一昨年もって事は、ほぼ毎年そんな危険なことをしてるんじゃないのか?
「確かに言われてみると変なところは多いわね……」
「……ちょっと、アンタ達まさか、あの人に何か変なことしようってんじゃないでしょうね!?」
変な事って……別にちょっと調べてみようかなってだけで……
「やめてよ!? あの人に迷惑かけるようなことしたら、タダじゃおかないから!! いい? 絶対余計なことはしないでね!! 釘刺しに来てよかったわほんと!」
姉御はそれだけ言うと、前髪さんの自室のドアに手をかけ外に……
あれ? 姉御、一体どこへ……?
「どこって、あの橋に戻るのよ?」
え? なんで?
「なんでって……あの人がいるからよ、それ以外ないでしょう!?」
ああ、そうか。
姉御があの橋にいたのは、逢瀬を交わすため……
我々はすっかりオジャマ虫であったか。
「……あら? でもその割にはあの男の人、レイチェルちゃんとは知り合いって感じにも見えなかったような……?」
「…………片思いよ」
あらあら。
「まあまあ」
「それにお話もちゃんとしたことないわ……でもね、今年こそ、片思いから両想いにしてやるんだから!! みてなさいよ!」
そう言うと、今度こそ姉御は外へと飛び出していった。
それはもう風の如く。
恋は盲目というか、なんというか。
「あまり人の恋路にあれこれ言うつもりはないけれど……」
心配だよなぁ……
「アリエルちゃんが言った通り、あの男の人、色々怪しい所も多いわよね」
正直もう外を出歩きたくはないが、このまま放っておくのもバツが悪い。
「やはりここは、調べるしかないわね! 迷惑がかからない程度に!」
しかし調べるといっても、何をどうしようか……
「まかせなさい! 私に良い考えがあるわ!! こっちの部屋にきてちょうだい!」
<<数分後>>
「ふふん! 準備OKよ! さあ目を開けて!!」
前髪さんに促され、よく分からない部屋に連れていかれ、謎の機械に座らされること数分。
気が付けば俺は、奇妙な機械に鎖で繋がれていた。
……あの……これ、なんなんです?
「いいアリエルちゃん? あの男はこの幽霊だらけの時期にしか出没しないのよ? という事はつまり……」
畜生、質問に答えてくれない!
「つまり、あの男の目的は! 幽霊に関係する何かなのよ!」
そんな事は分かりきってるんだよ!?
それとこの機械と何の関係があるのかという話をだね……
「だからあの男を探るには、私たち自身が、幽霊になるのが最短ルートだと思うの!」
……
……?
……何言ってんのこの人?
幽霊になる!?
「と、いうわけで! この機械は、人から魂を引きずり出す超ハイテクロボ、"ザ・タッチ"なの!!」
何その名前!?
というか今魂を引きずり出すって言わなかった!?
"魂を引きずり出す"って言わなかった!?
俺今どんな非人道的機械に乗せられてるわけ!?
「安心してアリエルちゃん、この機械の性能は、我がリンドグレーン家専属技師からのお墨付きよ!」
そのお墨付きがついさっき大失敗に終わった事忘れてません!?
「今回のは大丈夫よ! 上位存在の介入も有り得無いし、それにちゃんと私自身がこの手で作った自信作だもの!」
まさかの女子高生ハンドメイド!!
不安しかねえよ!?
「まあまあ、命にかかわるような事にはならないから、そこだけは安心して?」
"そこだけは"!?
「それじゃあスイッチ、オン!」
ねえちょっと待って! やっぱり止め、あばばばば!!?
「安心してアリエルちゃん、私もすぐ後を追うからね!!」
無理心中みたいな不吉な発言を聞きながら、俺は自分の口から溢れ出る、緑色の魔力の光を見た。
目の裏に飛び散る星を見た。宇宙の真理を見た気がした。
そして、意識が完全に遮断される直前、どこか遠くから聞こえる声が聞こえた……
"……わい……ゃん……うちゃん……"
どこか聞き覚えのある、大人の男性の声を聞いた。
"かわいいお嬢ちゃ……私と一緒に話……よう"
さっきの魔王さんだった。
お前まだいたのかよ!?
"あの男はダメだ……あの男は……だ……"
……? まさかの警告!?
え? おっさんもしかしていい人なの!?
"だか……私と……一緒に……黄金の衣も……"
……ダメだこりゃ、また歌劇が始まった。
薄れゆく意識の中、魔王のおっさんの下手くそな歌曲が再び始まる。
おっさんの語りのほとんどは、この世界でも有名な歌曲の歌詞であった。
"魔王"という名の歌曲。
"……ちゃん……ルちゃん……"
狡猾な魔王が、病気の子供の命を奪うという内容で、俺も昔歌……
"アリエルちゃん! 起きてアリエルちゃん!!"
なんだ、うるさいな!?
この歌の歌詞にそんなものは無……
「ああ、よかった! 全然起きないから失敗したかと思ってたのよ!!」
……うん? あれ? 前髪さん!?
魔王のおっさんは?
「……何言ってるの? まさか、魂を抜く過程で不具合が……?」
え? 魂を抜くって……
あ、そうだ思い出した!
俺は非人道的な機械に繋がれて、それで……
「ええそうよ、これで晴れてアリエルちゃんも、幽霊の仲間入りよ!」
幽霊……? 仲間……?
"おお、仲間! 仲間だ!"
"活きのいい新鮮な仲間!!"
"GW終わるまでの短い間だけどよろしくねー"
困惑で埋め尽くされた俺の脳の中、視界に入る光の刺激だけが、俺の思考を埋め尽くす。
俺と前髪さんの周りには、白いふわふわの綿あめの集団が!!!
「あ、アリエルちゃん……? 大丈夫……?」
そして、俺の傍の前髪さんもまた、その姿は半透明で、膝から下の脚が無くて……
「とりあえず起きた方がいいと思うわ、手を貸すわよ……?」
そして、その手からは体温を感じられなかった。
前髪さんも、幽霊に……幽霊になっていた!!
幽霊に……きゅう。
「あ、アリエルちゃん!? どうしたの!? 大丈夫!!?」
"気絶した気絶した!"
"なんだこいつおもしろいな"
"とりあえず落書きだー"
空が金色に染まるエルフの国、時刻はAM11:00。
俺は今日、わずか1時間で二度意識を失うという、大変貴重な体験をする羽目になった。
"お……また会っ……嬢ちゃ……私の娘が君の面倒を……"
そして、意識を失った後も、俺に逃げ場など無かった!!
こんな状況で、白スーツの男を探るなど、いったいどんな拷問なのか!!
というかこのおっさんは一体何なんだ本当に!!
GWのエルフの国。大嫌いな幽霊に囲まれて、すっかり精神を摩耗していた俺。
しかし残念なことに、幽霊との対面はここからが本番であった。
時刻はAM11:00。
幽霊だって昼食の時間。
金色の街の幽霊の数は、今この瞬間からピークを迎えるのであった。




