2話「馬鹿とポンコツとロリコン院長1」
「あんたらのとこの糞院長、借金抱えて逃げるだけやのうて、俺の娘と駆け落ちしよったんじゃ!!」
「「駆け落ち!?」」
9月1日、入学式の日。
借金取りのおっさんが、突然孤児院の院長の恋バナを始めたのであった。
「頼む! あの糞院長探すの、あんたらも手伝ってくれ!」
うん、まあ、よく分かんないけど、娘さんが心配なのはわかったよおっさん……
家族があの借金院長と駆け落ちしたってんなら、そりゃ心配だよねうん。
「でも、なんでその手伝いで私達に?」
「糞院長と知り合いで、うちの娘と歳が近い奴が、他に探してもおらんかったんや」
説得、というからには、確かに近しい間柄の方が有効ではあるのだろう、が……
「……そういうのって当人同士の問題じゃないの?」
「普通ならそうじゃろう……けどな……俺の娘は……俺の娘は……!!」
娘は……?
「まだ小学生なんじゃ!!」
赤や黄色の葉っぱが舞い落ちる、エルフの国の入学シーズン。
俺とクリスの高校生最初の一日は、自分達を育てくれた先生が、小学生と駆け落ちするロリコンである、という落胆から始まった。
「頼む! もしうちの娘を説得できたら、この孤児院の請負人は俺と俺の組織が責任もってやったる! 高校生活とか孤児院の維持とかそういうんも全部や!」
落胆に、思わぬ僥倖が添えられて。
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そんなわけで、ゴブリンみたいな顔のおっさんが、俺達に娘の説得を依頼してから約5時間後。
秋雨模様のエルフの国。時刻は12時30分と少々。
俺とクリスは学校が午前で終わったため、入学式の後、学校近くのカフェテリアにてロリコン院長捜索のための会議を行っていた。
行っていた、はずなのだが……
「まずはお昼にしようよ!! 腹が減っては戦はできぬだよ!! というかしてくれないと私が空腹で死ぬ!」
赤毛の幼馴染"クリス"がそのようなことを言い放ち、カフェに来て早々昼食の注文を取っていた。
10人前はあろう量の料理を注文し、ものすごい勢いで食っていた。
この馬鹿がマイペースなのはいつものことだ。
俺が生まれてから15年、ずっとこの馬鹿につき合わされ続けもう慣れてしまったので、それについては何も言うまい。
しかし気になるのは食事代、今はまだ国から孤児院への支給で賄われてるが、もし先日の孤児院のドタバタでそれが不可能になったら……
もしも、共通の資金を二人の間でやり繰りする、なんて羽目になったら……!
いや……やはり深く考えるのはやめよう。
そうならないために、今こうして捜索会議を行っているのだから。
「ふーい、ごちそうさまでした……」
箸の音が止んだため、意識を窓の外からクリスの元へ戻すと、山のように詰まれた食事が5分とかからず消え去っていた。
十数kgはあろう質量が、あっという間に消失していた。
こいつは本当に俺と同じエルフという種族なのだろうか。
「さて、それじゃあ追加でデザートでも! すいませーん、店員さん……」
そしてこいつは、俺達がこのカフェに何をしに来たか理解しているのだろうか。
昼飯を食うためにわざわざ来ているわけではないのだが!
さすがにそこまでの馬鹿とは思いたくないのだが!
「ど、どうしたのエリちゃん……? そんなに怖い顔して……」
なあクリスよ、何で俺達が今ここにいるか言ってみ?
「え、え? 急にどうしたのエリちゃん!? 私達はお昼を食べに……」
……
「……え、あ! は、はいはい! 思い出したよ!! 私達の輝かしき高校生活のために、借金取りのおじさんの依頼をいかにして解決するかの会議だったよね!!」
どうやらこいつは、今この瞬間までその事を完全に忘れていたようだ。
高校生活が危ういこの状況で、味方になってくれるのがこの馬鹿だけ。
どうしてこう、俺の人生、もといエルフ生はこんな状況ばかりなのだろう。
「えーっと、院長先生とおじさんの娘が駆け落ちして、それを探すにあたってまず目星をつけようってとこだよね!! 大丈夫だよ、ばっちり覚えてるよエリちゃん!」
この背の低い赤毛の幼馴染は俺の悩みなぞ露知らず、貧相な胸を張って"私にまかせて"とアピールをしている。
しかし、歯に青のりを挟めたその姿に、寄せる事のできる信頼は皆無だ。
「覚えているから、私はこの問題への解決策を今この場で提案するのだよエリちゃん!!」
……意外な奴から意外な言葉が出た、解決策とは。
いいだろう、聞こうじゃないか。
「じゃあ説明の前にまず前提として、私達が探してる院長先生は借金取りのおじさんやおばちゃん達から逃亡中の身! つまり……」
……つまり?
「こちらから探しに向かっても相手は逃げる一手なんだよ! だから今は、向こうから出てくるように罠を仕掛けるのがいいと思うんだよ!!」
……一応筋は通っているように見える。
そもそも今の俺達にはロリコン院長の手がかりがほとんどないのだ。
あるのはゴブリンのおっさんから貰った娘さんの写真だけ。
それも姿形など魔法でいくらでも変えられるこのエルフの国では、何の意味も持たないだろう。
つまりそんな状態で、しかも人手が二人だけで闇雲に探し回るよりは、待ち構えて罠を貼る方がまだ成功の目は高い。
しかし問題が一つ。
「どうやって院長先生をおびき寄せるかだよね? 大丈夫、そこも含めた解決策だよ!」
今日のクリスはずいぶんと用意がいい。
まさか、今までは馬鹿な振りをしていたのか!?
「と、いうわけで用意したのがこちらの"エロ本"と"ロープ"になります! こいつで罠を仕掛ければ1発捕獲ってすんぽーですよ!!」
……この馬鹿に期待した俺が馬鹿だった!
もういいクリス、お前は帰れ。
「待って待って、なんで!? 中学校の頃のエリちゃんはこのエロ本トラップに引っかかってたじゃない! 罠にかかってロープで逆さ吊りになったエリちゃんは顔真っ赤で泣……」
あーあー!! 言わなくていい、それ以上言わなくていいから!!
お前の作戦は完璧だ! 俺が間違ってたよ! だからそれ以上何も言うな!!!
「じゃあエロ本作戦始動だね!」
……い、いや、やっぱり待って!
流石にその罠を街中で使うのはちょっとこう違うというか……
「でもでも、この作戦で小学校の時のエリちゃんは宙ぶらりんでスカートめくれてパンツ丸出しのままクラスの皆に……」
わーわーわー!!!
ごめんなさい! やります! やらせていたただきます!!!
……こうして、クリス主導による"エロ本作戦"が始まった。
明日から学校に行けるかどうかすらも怪しいこの状況下で、"エロ本作戦"は開始された。
……どうしてこんなことになってしまったのだろう。
俺は気が付けば、エロ本を地面に置き、その周りにロープをくくり、人を捕らえる為の原始的な罠を作っていた。
この科学蔓延る現代エルフの国、魔法の灯が煌めくカフェの中で、俺は魔法も科学も不要のブービートラップを仕掛けていた。
自分達の立場が危ういこの状況で!
……罠を貼るのはもう仕方がないとして、なんでこのカフェの中でやる必要があるのだろう。
「"木を隠すなら森の中"、そして"灯台下暗し"、だよエリちゃん! "いるはずがない"、"人目に紛れる"、そんな風に思う場所こそまずは調べてみるべきなんだよ!」
罠を設置し終えた俺とクリス。
カフェの奥のトイレに向かう短い廊下の物影、人目につかぬよう二人で身を隠しながら、赤毛の馬鹿は小声で自信満々に説明する。
この馬鹿は昔から馬鹿なことをやって、先生や警察によく追われていた。
逃げる側の心理は俺より理解があるだろう。
しかし、だからといって、何もこんな店の中でやらなくても……
"きゃああ!! 何すかこれ!? ロープ!? 罠!?"
「かかったよエリちゃん! 作戦どおりだよ!」
かかっちゃったよ……
「これはもう事件解決で決まりだよ! さっそく成果を確認しようよ!」
馬鹿が小躍りしながら物陰から飛び出す。
院長先生が罠にかかったかどうか分からないのに、何故そこまで確信できるのか。
考えてもしかたがないので俺も物陰を出て罠の状況を確認する。
そこで目にしたのは……
「何なんすかこれ!? なんでこんなところに罠があるんすか!? あんたが仕掛けたんすか!?」
「あの……どちら様……? なんで院長先生がかかってないの?」
「訳のわからないこといってないで助けてほしいんすけど!?」
罠にかかっていたのはまったく知らない女の人だった。
俺達と同じ学校の制服を着た、耳の短い人間族が、エロ本片手にロープに吊られていた。
「ねえねえおかしいよエリちゃん! 私の計算ではここで院長先生が捕まってハッピーエンドに……」
おかしいのはお前の頭だボケ!
いいからとっととこの人を降ろすぞ。
こんなことしてないであのロリコン院長を探さないと……
「ん? 院長先生……? いま院長先生って言ったっすか?」
いや、ロリコン院長って言……
「そうだけど、院長先生を知ってるの?」
「まさかあんたら、あのゴブリンみたいなおっさんの手下なんすか!?」
「いや、違うけど……でも借金取りのおじさんの事も知ってるの?」
「あのおっさんのことも知ってるんすね!? ってことはやっぱりあんたら、あの二人を追ってる敵っす!!」
「ねえエリちゃん大変! この人会話が通じない!!」
お前も大概似たようなものだと思うぞ。
"何を騒いでいるんだいルチア君? あんまり目立つと困るんだが……"
トイレ前で騒ぐ我々3人の元に、エルフの成人男性が近寄ってきた。
「あれ? この声ってまさか……」
しかも俺とクリスにとっては聞きなれた声、見慣れた顔のエルフの男性。
"おや……もしかして君達は……"
「まさか……院長先生!?」
探し求めていた院長先生その人であった。
うちの馬鹿の推察も、あながち間違いではなかったらしい。
"あぁもう、なんてこった、誰かと思えばアリエル君にクリス君じゃないか! 一体ここで何を……"
ようし、ついに見つけたぞロリコン野郎!
とりあえず一発殴らせろ!!
"ま、待って、何を……痛ぁ!?"
「何やってるのエリちゃん!?」
こいつの借金とロリコンせいで、俺とクリスが迷惑被ってるんだろうが!
まずは血を持って償うべきだ!
"痛っ!? やめっ、待って、事情があるんだ! まずは話を聞いて、痛っ……あれ? あんまり痛くないな!? 君パンチ力全然ないね!?"
おかしいぞクリス!
このロリコン、俺のパンチが全然効いてない!
「おかしいのはあんたの頭っすよ!?」
「エリちゃんそれじゃダメだよ! 殴るときはちゃんと正中線を意識しないと!!」
「ツッコみどころはそこじゃねえっすよ!? そもそも暴力はダメっすよ!」
"いやぁ、その男は殴られても仕方のないクズだと思いますよ?"
「……っ!? また誰か来たよ!?」
"なんせこの男は、人様の娘を連れだして他の世界に送りだそうとしてるんですから"
「あ、リザちゃん! 出て来たらダメっすよ!? こいつらは敵っす!」
いつの間にか、我々の傍に7歳くらいのエルフの女児が佇んでいた。
きれいな長い銀髪と、同じく銀のワンピースが、その女の子を特徴づけている。
……しかしこの声、どこかで聞いたことがあるような?
「あ! エリちゃん、この娘! 借金取りのおじさんの写真と同じ女の子!」
「初めまして、"リザ"といいます、その通り、借金取りの娘をやっていますよ!」
この少女の年齢に不相応な言いまわしも、どこかで聞き覚えがある。
「そしてそっちの金髪さんは……おや、アリエルさんではないですか! いやぁお久しぶりです!」
……聞き覚えはある、しかしどこの誰だっか?
「え? 知り合いなんすか!?」
「私は全然見覚えないけど」
俺もこの少女の姿に身覚えはない、だが……
「おっと、そうそウ! あの時の捨て子ちゃんにはこっちの口調でしたネ! そしてその時のセリフもあれば思い出すでしょウ!」
「「?」」
だが、こればかりは間違いなく覚えている。
忘れるはずもない、薄く雪が積もるあの駅前で聞いた一つの言葉。
あのセリフを知っている奴は、俺の記憶には一人しかいない。
いや、"一つ"と言うべきか!
「"エルフの森へようこそ"!」
こんなセリフを俺に吐いた奴は前世にも今世にも唯一つ。
俺をこの世界に転生させた、あの謎のAIだ。
俺とクリスが探していたこの幼女は、俺をこの世界に転生させた謎のAIだったのだ。
「ふふふ、どうやら気づいたようですネ」
……ただ、一つだけ訂正させて欲しい。
「なんです?」
それ言ったの、俺が捨て子になるより前だから。
こっちの世界では言ってないから。
「あ、あれー!? おかしいですね、ここはカッコよくビシッと決める予定でしたのに!?」
どういう過程でこうなったかは知らないが、今は"リザ"を名乗るこの幼女は、相も変わらずポンコツであった。
このポンコツを説得し、ゴブリンおっさんのもとへ連れ帰る。
克服すべき課題は、どうやら相当難易度が高そうだ……
"ねえ、ちょっと僕のこと忘れてない!? とりあえず馬乗りになるのやめて欲しいんだけど!"
「ねえねえエリちゃん、私、院長先生見つかったから安心してお腹空いたかも、また何か注文していい?」
色んな意味で難易度が高そうだ!!
「あー、とりあえず、ここではなんなので場所変えましょうか? これ以上騒ぐと人目が……」
9月1日、入学式の日。魔法が傘代わりのエルフの国。
カフェには各地から入学式を終えた学生が大勢入ってきていた。
たしかにこの場所で、この人数で、内緒話はいろいろと難儀。
こうして我々は、より話し合いのしやすい場所として、この幼女の隠れ家へと向かう事となった。
9月1日、入学式のお昼時。
雨は段々と、強さを増していた。