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エルフの森へようこそ  作者: やゃや
4章「Do the 姉御 motion」
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1話「GWレクイエム(前編)」



 桜の花が開花した、5月初めのエルフの国。


 だんだんと気温が"暖かい"から"暑い"に変わっていくこの季節。

 この時期のこの国は、どこもかしこも大きな鐘の音が響いている。

 ゴールデンウィークと呼ばれる時期だからだ。


 5月初めの一週間は、昼夜問わず空が黄金色の夕焼けに染まる時期であり、それ故にゴールデンウィークと呼ばれている。

 そして、何故その時期に鐘の音が絶えないかというと……


「あー、エリちゃん、そっちオバケ入ってきた!」


 いやああああ!!?! オバケ! オバケいやああああ!!!


「相変わらずこの人、オバケだめなんすね……」


 ねぇ、幽霊なんで入ってくるの!?

 鳴らしてんじゃん!! ちゃんと鐘鳴らしてんじゃん!!


「うちの孤児院の鐘、もうだいぶ古いからね……たまに音が出なくなってるのかも」

「もうしょうがないっすね……ほい、悪霊退散」


 幽霊に怯える俺をよそに、ルチアさんが霊祓いの魔法を放ち、家の中に入ってきた幽霊を追い出した。

 払われた幽霊は窓を透過して外に出て、他の幽霊の集団へと合流した。


 "家の中に入って来た幽霊を追い出した"。

 幽霊は"外に出て、他の幽霊の集団へと合流した"。


 そう、空が金色に染まるこの季節、ゴールデンウィークは、幽霊がそこかしこに現れる時期なのだ。

 各地で鳴り響く鐘は鎮魂と霊除けの鐘であり、金に染まる空はこの世とあの世の境目。

 何かしらの理由で自然に成仏できなかった魂達が、この時期まとめてあの世へ強制送還される時期なのだ。


 俺の暮らす孤児院も、例に漏れずきしんだ鐘の音を響かせている。

 5月の初めはそんな時期なのだ、だから……


「エリちゃんさん……? ほら、もう幽霊は追い払ったんすから、部屋の隅でガタガタ震えるのやめて欲しいんすけど、揺れがこっちにまできて鬱陶しいんすけど」

「無理だよルーちゃん、この時期のエリちゃんはこうなったらテコでも動かないよ」


 この時期は、俺にとっては悪夢の時期なのだ。

 幽霊恐怖症の俺には、耐えがたい苦痛の時期なのだ。


「なんでそんなに怖がるんすか? 幽霊なんて、こんなイベント毎年あれば見慣れるっすよ?」


 無理無理、慣れない、絶対慣れない。


「エリちゃん子供の頃、幽霊に連れてかれてあの世の手前まで行っちゃったんだよ、だから怖いんだって」

「いや、何でそんな事に……この時期にその辺にいる幽霊って成仏できない"いわくつき"の幽霊ばかりっすよ? それに付いていくなんて誰が聞いてもダメな奴じゃないっすか?」


 その幽霊、きれいなお姉さんだったから……


「………………馬鹿なんすか?」

「ごめんね、エリちゃん馬鹿だから……」


 お前にだけは馬鹿だって言われたくないわ!!

 馬鹿の代名詞、クリスにだけは言われたくないわ!!


「流石にその言い方は私でも怒るよ!?」

「まあ、そこで女嫌いにならず幽霊嫌いになるあたりエリちゃんさんらしいっすね……」

「無視!?」


 あの世の手前でそのお姉さんの顔、ドロドロに溶けて骨になったんだよ……

 さっきまで手を握ってた人がそんなんなったら、誰だって幽霊トラウマになるよ……


「人の形するって珍しい幽霊っすね? さっきの幽霊もふわふわの綿あめ状なのに」

「ルーちゃん、幽霊を綿あめ呼ばわりはダメだよ!」

「え、あ、ごめんなさい、確かに失言だったっす、幽霊は尊厳ある死者だったっすね……」

「幽霊は綿あめみたいに味しないんだよ! 綿あめに謝って!」


 何言ってんだこの冒涜者!?

 死人に謝れ!!


「待って!? 何か勘違いしてるよエリちゃん! 流石の私も幽霊を食べようとしたわけではないよ!? 偶然口の中に入って来ただけだよ!?」

「そういう問題じゃねえっすよ」

「それにそもそも普通の幽霊は食べようとしてもすり抜けるから! 試したからわかるもん!」


 試してんじゃねえか!?


「もしかして疑ってるの!? ほらほら、ちょうど一人幽霊さんが入って来たよ!! 二人も試してみてよ!」


 いやあああああ!!??! 幽霊いやああ!!

 祓って!! ルチアさん早く祓って!!


「また入って来て……って、クリスちゃん、これ一人どころじゃないっすよ……」

「え……?」


 ルチアさんの指摘に、俺とクリスは部屋の周囲に視線を向ける。

 部屋には、白いふわふわの綿あめ幽霊、その群れが、所狭しと這入りこんでいた!!


「あー、これってもしかして……」


 耳を澄ますと、先程まで鳴っていた鐘の音が、今はもう聞こえない。

 このオンボロ孤児院のオンボロ鐘が、ついに寿命を迎えて壊れたのだ!!


「え、エリちゃんさん? 落ち着いて、心を沈めるっすよ? とりあえず今からウチらの言葉をよく聞いて、落ち着いて行動して欲しいっす」


 残念だが、ルチアさんの言葉は俺の耳には入らない。

 さっきから俺の右肩に、ひんやりした感覚が乗っかって来てるのだ。

 恐る恐る視線をやるとそこには、血色の悪い白い手が……


"う、う、うらめしやぁ……"


 ほ、ほ、ほあああああああ!!


「エリちゃんが壊れた!?」


 も、も、もうこんな所にいられるか!!!

 俺は安全なところに避難させてもらう!!


「エリちゃんどこ行くの!?」

「そっちは玄関っすよ!? エリちゃんさん、外は危ないっすよ!?」

「安全なところってどこに行く気!?」


 前髪さんの家の大邸宅、あそこなら絶対に鐘が壊れたりはしないはずだ!!


「結構距離有るけど大丈夫っすか!?」


 手提げの鐘があるからなんとかする!!

 カンカンやってく!!


「でも街は幽霊だらけだよ? 幽霊のパラダイスだよ?」


 ……

 ……

 ……や、やっぱり止めようかなぁ。


「意思弱っ!?」


 だ、だって幽霊怖いし……


"ウラメシヤ!!"


 ぎゃあああああ!? 新手!?

 新手のお化け!! お化けイやああ!!!


「エリちゃんさんどこへ!? マジで外に行くんすか!?」

「鐘は!? 鐘は持っていかないの!?」


 残念ながら二人の声はもう俺には届いていない。

 俺の頭の中にあるのは、「幽霊共から逃げないと!」という、脳が発する命令だけ!


 俺は幽霊だらけの部屋を飛び出し、床板が軋む廊下を駆けて、観音開きの大きな玄関の扉に手をかける!

 経年劣化でギイギイ鳴らすドアを開けると、外から黄金色の光が屋内に漏れる。

 兎にも角にもまずは外に! 外に逃げないと!

 持つ物持たず、脳の命令が発するままに、とにかく俺は外へ出……


「きゃあ!?」


 痛ぁ!?

 なんだ!?何かにぶつかった!?


 外に駆けようとした矢先、扉の外で何かにぶつかった。

 揺れる視界を気力で持ちなおし、目の前を確認する、そこにいたのは青髪青肌角付きの女性エルフ。

 知人で友人の前髪さん、ミシェルさんだ。

 ……どういうことだ?


 状況がわからず、まずはとあたりを見回すと、そこには高い天井、きらびやかな調度品、見覚えのある広い空間。

 俺は玄関を飛び出したはずだが、気が付けばそこは孤児院の玄関前ではない。


「痛たた……って、あらアリエルちゃん?」


 目の前にいる友人、見覚えのある邸宅内、それらを加味してようやく気付く。

 ここは首都の東にある高級住宅街、前髪さんの邸宅なのだ。

 何故かは知らないが、俺は別な場所に飛んでいた。


「あらあら、丁度良かったわアリエルちゃん! 今あなたの家に行こうと思って空間を繋いでたのよ!」


 空間を繋ぐって……相変わらずこの人は無茶苦茶をやりおる。

 いつものことなので、もうツッコむ気にもなれないが。


「ってそれどころじゃないわ! それより大変なのよ! レイチェルちゃんが、レイチェルちゃんが……」


 慌てた様子の前髪さんは、古い友人にして、アラサー女子高生たる姉御の名前を連呼する。

 果たしてこの人がこれほど慌てる事態とは一体……


「レイチェルちゃんが、死んじゃうかもしれないの!」


 5月の初頭、空が金色に染まる季節、ゴールデンウィーク。

 時刻は昼の10時ちょうど。

 今回の話は、前髪さんの洒落にならない発言から始まった。



 一体何がどうして姉御がそんな事態に……!?


「レイチェルちゃん今日ね、有給休暇をとってお買い物に出掛けてるのよ! あの仕事の鬼がこんな事するなんてあり得ないことよ! きっとこれから死ぬ気なのよ!!」


 前髪さんのなんともくだらない杞憂から、今回の話は始まった。

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