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エルフの森へようこそ  作者: やゃや
3章「ラビ-LA-DI・ラビ-LA-DA」
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2話「海の向こうの白うさぎ 中編」


「お願いですエリちゃんさん! 人質になって下さい! 私は! どうしてもエロ本を買わなければならないのです!」


 春風香る穏やかな休日。

 空から降ってきたウサ耳の少女にそんなことを言われた俺は、気が付けばその獣人の少女に刃物を向けられ、脇に抱えられ、連れ去られて空を跳び、エルフの国のビル街を少女の脇の下から見下ろしていた。


 空から見るエルフの国は、魔法の光と科学の光が混在し、ラテアートのようなまだら模様を描いている。

 そしてまだら模様の中心、この国最大のスラム街、悪名高き首都北部の"時計塔"は遠くからでも良く目立つ。


 わけもわからず誘拐された状況でもなければ、さぞ素晴らしい景色だったろうに。


「このようなことに巻き込んで申し訳ありません! ですが、いまは説明してる暇はなくて……」


 困惑する俺を抱え、20階ほどの高層ビルの上を跳び回るウサ耳さんは、それはそれは申し訳なさそうに謝っている。

 きっと本気で困っているのだろう。止むに止まれぬ事情でこのような行動をしたのだろう。


 ……が!それでも言いたいことは山ほどある!

 "お願いします"という割に刃物を向けるのはどうなのだ、とか、ウサ耳さんを追ってきた黒服ウサ耳おっさんの”姫様"発言はどういうことだ、とか、そもそもエロ本買うのにここまでする必要あるの、とか!


「ですから今は説明している時間は……」

 

 そして、そんな中でも最優先して言わなければならない事が一つ!


「あの……話を……」


 ビル街の空を飛ぶのはヤバい! マジヤバい!

 早く! 早く地面に降りて!


「え? や、やばい……? ヤバいって何がですか……? それに地面に降りたら人目があ」


"警告しまス! そこの未確認飛行生命体、止まりなさイ! IDが提示されていませン、飛行を止め直ちに地上に降りなさイ!"


 ウサ耳さんの発言を遮り、無感情な機械音声があたりに響く。


 そう、これがヤバい、マジヤバいのだ。

 ビル街の屋上には、科学警備システムによる対空レーダーが作動しているのだ。


「え?IDってなんですか!? 対空レーダーってなんですか!? 警告ってなんなんですか!?」


 エルフの国は魔法が盛んな国。

 人や車が空を飛ぶなんてよくあること。

 だが、それは相応の魔法教習を受け、厳しいテストに合格し、"免許"を手に入れた者にのみ許された特権。

 許可なく空を飛ぶ者には……


「飛ぶ者には……?」


"3回目の警告までに飛行を停止しなイ、またはIDの提示が行われない場合、レーザーによる射撃が行われまス!"


「レーザー!!? 生身の人相手にですか!?」


 そういう国! ここはそういう国なの! ガイドブックを読まない旅行客が毎年百人以上撃ち落されてるの!!


「いいんですかそれ!? 倫理的に!」


 そういうものだからしかたないの! だから早く降りて!! 撃たれて焼き鳥になりたくなければ早く!!


"2度目の警告でス、IDが提示されていませ……"


「わあああ!! 降ります! 降りますから撃たないでえええ!!!」


 うん、そうだね、それがいいよウサ耳さん。

 でもね? 一つだけ言わせて?

 急いで降りたら着地が危ないよ!? スピード出過ぎてるよ!?

 さっきも失敗してたけどちゃんとできるの!?


「大丈夫です! たとえ失敗して墜落しても! 私、頑丈ですので!」


 俺もいるの忘れてませんかね!!


「…………あ」


 あ、じゃねええええええ!!!


「あああああ!! もう無理です! 軌道修正不可能です! せめてしっかりつかまって下さい!」


 アホかあああああああ!!


「ごめんなさああああい!!!」


 不完全な着陸体勢に入ったウサ耳さんは、俺を抱えて急速に地面へと落下していく!

 俺を庇いながら落ちるウサ耳さん、彼女は耐衝撃用の魔法を紡いでいるが、それはあまりにか弱く頼りない!


 命の危機を感じた俺は、こんなこともあろうかとスマホにダウンロードしていた、緊急安全装置を作動させる。

 国際的に認められた満足度ナンバーワンの救命アプリは、プロの魔術師お墨付きの魔法で使用者を保護する!

 アプリに内蔵された高度なAIが状況を速やかに判断し、精密な魔法陣で二人を包み、暖かな光をもって落下速度を抑制し始め、ぐぇ!!?


「ぴぎぃ!!」


 が、時すでに遅し。

 スマートな着陸をするには地面があまりに近すぎた。

 こんな状況では、満足度ナンバーワンアプリといえども地面への激突は防げない。


 あわれ二人は、揃って顔面からアスファルトへ激突、硬い地面をぶち抜き矢のように突き刺さる羽目となった。


「あだだだ、で、でも生きてます! 私達生きてますよ! 感謝ですエリちゃんさん!」


 棒きれのようにアスファルトに突き刺さった我々は、そのまま重力に従い"くの字"に曲がって膝を折り、ケツをつきだしたポーズでようやく静止。

 まあなんとも無様な様相ではあったが、目立った怪我は鼻血程度で済んでいた。

 地面への激突を防げなかったとはいえ、満足度ナンバーワンアプリが仕事した結果である。


 着地点が人気(ひとけ)のない裏路地で、周辺住民に被害がなかったことも不幸中の幸いってやつだろう。


「こんな状況でも幸いだなんて、エリちゃんさん随分ポジティブですね! 鼻血たくさん出ていますよ?」

 

 だーれーのせいだと思ってるのかなぁ!!


「あー!! 痛い痛いごめんなさい! 私が悪かったです! ごめんなさい!! だからほっぺを引っ張らないで、あぅ! あぅ!! ほっぺが! ほっぺが落ちるううう!!」


 あといい加減俺のこと離してくれないかな!?

 腕つかまれたままだと、とても動きづらいのですが!!


"あーあー、イチャついてるとこ悪いんだけどネお二人さン、無免許飛行の件でちょっとお話いいですかネ?"


 突如として、人気(ひとけ)のない路地裏に機械音声がキリキリ響く。

 先程ビルの上で発せられた警告に、よく似た機械の声が響く。

 エルフの国の守護者である"ヤツ"が来たのだ。


「うわああ!! なんですかあの鉄の箱! 壁から出てきました!? しかもしゃベりました!!? 気持ち悪いです! 怪奇です! 幽霊ですか!? ポルターガイストですか!? 悪霊払いは専門外ですよ!!」


"幽霊扱いとはまた珍しい反応いただきましたナ……"


 原始人の反応かよ。


「ででで、ですが!!」


 今そこの壁から這い出てきたシャカシャカ動く鉄の箱は、エルフの国の警備システム"ロボポリス"。

 ようするに動いて逮捕もできる監視カメラだよ。


「ポリス!? 警察!? あわわわ! うう、動くな! こここ、この人質が目に入らぬか!!」


"んナ!? 何事!?"


 え? え? 何やってんの!? 何やってんのウサ耳さん!?


「だ、だって私不正入国で! あなた人質で!! 私叩けばいくらでも埃が出てて!」


"吾輩、この仕事長いですガ、自分からここまでボロを出す人初めて見ましタ……"


「……え?」


 ウサ耳さんが思わず俺を掴んだ腕を離す。


「え? だって……」


 毎年何人もの旅行客が撃ち落されてるって言ったでしょ!?

 旅行客のフリして適当にごまかせばいいのに!

 馬鹿なの!? ウサ耳さんそれでもお姫様なの!?


「あー!! エリちゃんさんしーっ! しーっ!」


"ン?お姫様?"


 あ、やばっ!


"そういえば某国で失踪がどうとか国際チャンネルデ……データの照合ヲ……"


「あーあーあー!!! 言わなくてもいいことを! 言わなくてもいいことを!」


 わわ、ごめんなさい! ホントごめんなさい! 悪気はなかったんですウサ耳さん! 

 うっかりなんです!ちょっとしたうっかりで……


「そういうのいいですから! もうこっちに来て一緒に逃げてくださいよ!」


 ウサ耳さんがこちらに手を差し伸べる。


"おっト、このロボポリスEL-7型から逃げられると思っているのですカ? 某国の姫だろうがなんだろうが、吾輩が開発したメタルフレームは逃しはしませン!"


 眼前でロボポリスがシャカシャカと音を鳴らし威嚇する。

 俺は反射的に横のウサ耳さんの手をつかんだ。


「あ……ふふふ!! ではいきましょうか人質さん! シャカシャカロボめ! 獣人の脚力、舐めてもらっちゃ困りますよ!!」


 ウサ耳さんごめんね! 俺が口滑らせたばっかりにこんなことに! あの、ほんとごめんね! ここんとこ忙しくて頭が回らなくてそれでそれであの


「そういうのいいですから! さっさと私の背中に乗りなさいって言ってんですよ!!」


"ふム、その会話ぶリ、どうやらそちらのエルフのお嬢さんも犯罪に加担してるのですネ! 確保対象のリストに加えましょウ!"


 え!? ちょっと待ってポリスメン! 誤解です!

 俺は誘拐されてるだけで……


「人質さん! また跳びますよ! 喋ってると舌噛みますよ!」


 待ってぇええ!! せめて弁明の機会を! 発言の許可をおおおお!??


"なるほド、なかなか素晴らしい速度! さすがに獣人族の姫だけはあル、これは警戒態勢を引き上げなけれバ!"


 俺の叫びも空しく、ウサ耳さんはビル街の路地裏を縫うように跳びはじめた。

 その速度は空を飛ぶ時の比ではなく、我々を追うロボポリスはじりじりと後方へ突き放されていく。


 やがて少しづつ小さくなっていくシャカシャカ音。

 それに混じって、ロボが警察回線に無線を放つ声が聞こえてきた。


"市内警備中の全警察官に告グ!"

"重要警戒対象がビル街を北東に向かって逃亡中"

"逃亡中の対象は獣人の姫とエルフの少女二人組"

"幹線道路を封鎖し逃亡者を捕獲せヨ!"


 ……警戒がガチすぎません!?

 もしかしこの姫様(仮)かなり危ない御人!?


「ありがとうございますエリちゃんさん……」


 え!? 急に何!? こんな状況で何!? 走りながら何!?

 別な意味で危ない人!?


「だってさっき、私の手を取らず警察の方にいってれば、貴女は追われずに済みましたよね?」


 …………あ!


「ですから貴女が協力の意を示してくれ……うん?"あ"ってなんですか?今の"あ"はなんですか!? 説明してほしいのですが!」


 い、いや……違うよ……? ほ、ほら! チョコを余分にたくさん貰ったからね!? そりゃ協力しないとってね!?


「そんなあからさまに目を反らして言うセリフを信じるとでも!? ちゃんと目を見ていってくださいよほら!!!」


 え? なんで顔こっち向いてるのウサ耳さん!? 今走ってるんだよ!? こっち見ないで前見て前!! あぶないでしょ!!


「心配無用ですよ! 我々獣人族はよそ見をしていても壁にぶつかることなど……おっと! 右の道には別のシャカシャカが! この道は左へ行かないと!」


 あ、待ってそっちの道はダメだ!

 今ウサ耳さんが進んでる道、どこに向かうか分かってるの!?


「はい? たしか方角的には大通りに出ますが、何か問題でも?」


 あんね! 今日は休日なの! 大通りには人が一杯いるんだよ!

 人が一杯いるってことはさ!


「?」


 警官さんも大勢配置されてるってことだよ!!


「!?」


「こちらチャーリー! 逃亡者を目視! 大通りへ追い込みます!」

 

 通りすがった脇道から、生身の警官の嫌な発言が聞こえてきた!

 すぐ後方からはシャカシャカと不快に響くロボロボしい金属音!


「どどど、どうしましょう!? もう大通りに行く道しか空いている所がありませんよ!!? こうなれば私が囮になって貴女だけでも……」


 道が全部塞がれてんのに囮もくそもないでしょ!?

 

「ですが……このままでは……」


 ウサ耳さんが行動を決めあぐね足踏みしているうちに、四方八方からロボのシャカシャカ音が大きくなりはじめている。

 前方は罠、後方はロボ。こうなれば逃げ道は一つ。


「何か手があるんですか!?」


 空も地上もダメ! となればあとは地下!


「地下!? いけるんですか!?」


 …………まあ地下……いけるけどなぁ……危ないんだよなぁ……。


「危なくてもかまいません! あのシャカシャカから逃げられるならなんだっていいですよ! 早くしましょう! さぁさぁ早く早く早く!」


 ああもう、わかったよ! わかったけどウサ耳さんに一つだけ確認しないと!


「何ですか!? 時間がありません! 私に答えられるものならすぐにでも答えますよ!?」


 よし、では……"ウサ耳さんがエロ本を買うのは趣味ですか? 仕事ですか?"


「……は?」


 エロ本を買うのは趣味ですか!? 仕事ですか!?


「何ですかその質問は!? それ今この場で言わないとダメなことですか!!? そんなことこの往来で言わなきゃ駄目なんですか!!?」


 地下に行くには必要なんだよ! いいから早く!! シャカシャカがもうすぐそこまできてるんだよ!!

 ほら! まだ周りには誰もいないから!


「あ、あうぅ……わ、分かりましたよ……え、エロ本を買うのは……仕事ではなく……」


 もっと大きな声で!!! 恥ずかしがらず!!!


「わ、私にとってエロ本は! エロは!! 人生です!!!」


 よく言った!! さあ案内人がくるよ! 地下に行くよ!!


「これ本当に必要なんですか!!?」


 必要なんだよ! 地下に、時計塔に行くには!


「はい? "地下"に"時計塔"……?」


 ウサ耳さんの疑問が口に上るのとほぼ同時。

 地面からぬらぬらとした触手が飛び出し、二人をにゅるりと包んだ。

 ウサ耳さんの叫び声がわずかに響いたが、それは1秒と立たずに途絶えた。





 数秒後、ビル街の裏路地。

 警官隊に完全に包囲されていたはずの獣人の姫とエルフの少女は、煙のように消え去った。

 二人は包囲を突破したのだ。


 だが、周辺に設置された固定型監視カメラには、二人の行動がばっちり映っていた。

 地下に潜る過程も、その前に発せられた獣人の姫の発言も。


”わ、私にとってエロ本は! エロは!! 人生です!!!”


 監視カメラの録画映像でそれを確認していた警官達が、思わず固まったのは言うまでもないだろう。


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