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エルフの森へようこそ  作者: やゃや
2章「前髪さんrhapsody」
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4話「遺跡とババアと二匹の化け物(前編)」


 エルフの国誕生から現在に至るまでの数十世紀、この国は魔法技術によって栄えてきた。

 だがその繁栄が脅かされる事態が約500年前に発生する、天然魔力の枯渇である。

 以上の二点より、エルフの国の貴族には二つの派閥ができていた。


 "今まで通り先祖伝来の魔法技術メインでいこう! 魔力だって頑張れば人造のものがあるんだから、他国の力なんて無くても大丈夫イケるイケる!"の魔法派。

 "天然魔力枯渇とかもうマジ無理っしょ!? 鎖国なんてやめて外国の科学技術取り込もうぜ!"の科学派。


「で、我がリンドグレーン家は最近まで魔法派の貴族だったのよ」

「え!? 機械の森なんてやってるのに!?」

「鞍替えしたのよ、"使えなくなった技術"なんて捨てて、新しい技術で生きようって」



 鉄と化学繊維で造られた冬の森。

 つい先程、化け物どもと戦っていたはずの前髪さんが、俺と姉御の前に現れた。


 なぜ、どうしてこんな事態になったのか。

 説明を求める我々の問いに対し、前髪さんはこう言い放った。

 "一口には説明できない、ともかく私を信じてついてきて欲しい、詳しい説明は歩きながらするから"と。


「ねぇミシェル、大分歩いたわよ? どこまでいくの? どこにいくの? 今の魔法派科学派の話は何の関係が?」


 姉御、一度に三つも質問したら答えられないよ。


「……うん、そうね、順を追って説明するのだけど、まずはこれを見ればわかると思うわ、ここが目的地よ」


 そういって前を行く前髪さんが足を止めた。鋼鉄の針葉樹が生い茂る小高い丘の麓。

 その丘の中腹には、たくさんの石の柱と石造りの大きな扉が備え付けられていた。

 前髪さんの言う目的地とはあの建造物らしい。


「あれって……遺跡?」


 それは歴史を感じさせる石造りの建造物。

 その入り口、半開きの扉の隙間からは、黴と死と、僅ながらのロマンの香りを漂わせる仄暗い洞穴が顔を覗かせている。


 そして看板として、きらびやかな装飾ネオンが。

 うん?……遺跡に……ネオン!?


「"エルフの古代遺跡へようこそ"って書いてあるんだけど……めっちゃギラギラしたネオンで書かれてるんだけど……」

「そうよ、うちの両親は"使えなくなった"遺跡を改造して、旅行者向けのテーマパークにしようとしてるのよ」

「て、てーまぱーく?」


 風情の欠片もないんだけど!? なにあれ!?

 改造するにしてももうちょっとこう……色々とあるじゃん! こんなんじゃなくて!


「ちなみにマスコットは"アーマードケルベロス"の"タロー"よ」


 アーマードって何!? ケルベロスって何!?


「確か"タロー"ってミシェルが飼ってた犬の名前じゃなかった?」

「大きな怪我をしたとき傷を治すついでに改造"させられた"のよ」


 "ついで"で犬を改造するなよ!?


「その改造の結果生まれたのが補助AI搭載型”人造魔獣ケルベロス"よ!」


 なにそれ……やめようよそういうの……


「ねえそのタロー死んでない? 犬としてのタロー一度死んでない?」


"体はもはや原型も無いが魂は同一だ、依然私はご主人の守護者タローである"


 !?


「いゃあああ!? なんかいる! ねえアリエルなんかいるんだけど!」


 姉御の足元、大型犬と同じくらいの大きさの鉄の塊が言葉を発していた。

 4足歩行のそれは、金属製であることを除けばドーベルマンにそっくりだ。


「タロー? なんでここに? 私の代わりにドラゴンの指揮をとっているはずじゃ?」

「これタローなの!? ねえこの喋る金属タローなの!?」


 つまりこいつがマスコット?

 鉄製のドーベルマンがマスコットは無理があるんじゃないかな……


「ツッコむとこはそこじゃないわよアリエル!?」

「私もタローがマスコットは厳しいってずっといっていたんだけど……」

「掘り下げるとこそこじゃないでしょ!? 犬が会話してることに驚こうよ!?」


 いちいち気にしてたら身が持たないよ。


"そんなことより緊急報告だご主人、ご両親と戦闘していた部隊が全滅した"


 全滅? たくさんドラゴンいたのに?


「あの化け物じみた3人がいたらそうなるでしょうねぇ」


"その化け物達がすでにこちらへ向かっている、早く遺跡から例のブツを奪取することを提案する"


「仮にも友達や両親を化け物って表現はどうなのよ……アイツらだってちゃんと話せば分かってくれると思う……」


「身代わりなんてセコイ手使いやがって!! でてこいやミシェルわれオラァ!!」


 姉御の声を遮って、極太のビームが空を焼く。


「ミシェルちゃんミシェルちゃんミシェルちゃん」


 虹色に光る液体金属が、森の奥で前髪さんの名前を連呼している。


「食い足りない……あんなドラゴンは偽物だよ、食べられないよ……」


 鋼鉄の触手の塊が蒸気を吹き、獲物を求めて森を彷徨う。

 我々の遥か後方、機械の森に魑魅魍魎が跋扈していた。


「前言撤回! 今すぐ化け物どもから逃げるわよ!」


 あいつら完全に本来の目的を見失ってるな……


「そういう次元じゃなくない!? あれ頭にナニカされてない!?」


 いや、ママさんはともかくあの二人はいつもあんな感じだよ?


「アンタらいつもあんな事やってるの!?」

「ミシェルちゃんミシェルちゃん……ッ!」


 え? この声は……そんな、まさか……


「ミィツケタァ……ッ!!」

「いけない、ママに見つかったわ!!」

「あんなに離れてるのに!? この距離で!?」

「ほらアリエルちゃん、ボーッとしてないで走るわよ!!」


 待って前髪さん、まだこの遺跡に来た理由を聞いてないんだけど!


「それどころじゃないでしょ!? 化け物が近づいてるのよ!!」

「いまは逃げるのが先決よ! ほら、いきましょ!!」


 前髪さんが俺の手をとり引っぱり、遺跡へ向かって走りだす。

 その光景に強い既視感を覚えるのはなぜだろう。

 それも嫌な方向での既視感が。


"遺跡に入ったらすぐに扉を閉めるんだ! 防犯機能は万全だからそう簡単に開かないはずだ!"


 考え事をする俺をよそに、タローが作戦を提案、姉御がそれに素早く対応。

 遺跡の中に入った我々三人と一匹は、扉を閉め封印を施すことで無事虹色の化け物を締め出すことに成功する。


「これでしばらくは大丈夫なはず……!」


 硬く封じられた扉を、固唾をのんで見守ること2~3分。

 何かを強く打ちつける音がしばらく聞こえていたが、やがてそれも止み静寂が訪れる。

 安全が確保されたようだ。


"ご主人! 私の機転はどうだった!? 完璧だったろう!"

「そうね、えらいえらい」


 見方によってはこの遺跡に閉じ込められたともとれるけど……


"なんだお前は!? 何もしなかったくせに私に文句をつけるのか!?"


 わるいわるい、ビーフジャーキー喰うかい?


「どこからそれ出したの?」

"ごはん!? くれるのか!?"

「警戒態勢が一気に解けたわね、尻尾まで振り始めてるわ」


 変わり身早いなぁ。


「ごめんなさい……うちのタロー温室育ちだから……」


 改造されたとはいえ基本的な部分は犬なんだね。

 どれ、頭撫でてやろう。


"わふ! わふ!"

「お腹まで見せ始めたわ、完全に気を許しちゃってるわ」


 人懐っこいというよりこれは……駄犬……


「あとできつく躾けておくから! これ以上は勘弁してちょうだい!!」

"ご主人、何をそんなに恥じるのだ? 私はこんなにもわふわふ! ああ、そこ、お腹もっと撫でてプリーズ!"

「もうやめてえ!!」


 顔を真っ赤にして俯く前髪さん。

 それを見て余裕ができたのか、姉御も前髪さんをいじりはじめる。

 からかわれた前髪さんは頬を膨らませ、みぞおちに拳を叩き込む。

 緊張した雰囲気はもうない。


 これならこの遺跡に来た目的も聞けそうだ。

 何故だか知らないが、さっきから悪寒が止まらない。早くはっきりさせておきたい。

 前髪さんはなぜこの遺跡に来たのかを。


「え? 目的? ああ、そうね! この状況なら話しても大丈夫そうね!」


 前髪さんはそう言うと俺の手を強く握り直した。

 この状況でそんなことをする意味は何か、悪い予感がどんどん膨らむ。

 遺跡の奥から吹く風の音が、やけに耳へとじっとり響く。


「おばあちゃんから教えて貰ったの! この遺跡にはエルフの古代魔法が眠っていると!」


 遺跡に眠る古代魔法、ロマンチックが止まらないはずなのに、どうして胸がざわつくのだろう。

 なぜ前髪さんは俺と出口の間になるように今移動しているのだろう。

 風の音かと思っていた音が、だんだん人の言葉に聞こえてきたのはなぜなのだろう。


「その古代魔法って言うのはね……なんと死者を蘇らせるのよ」


 もう嫌な予感しかしない。


「蘇生魔法って……そんなのが眠る遺跡ってことはここは……」

「そう、ここは安置所であると同時に実験場でもあったのよ、死体の」


 その時、俺の耳にそれが確かに聞こえた。

 遺跡の奥から流れてきた、生暖かい風の音。

 人ならざる異形の音。


「コッチヘオイデ……」


 いやあああああああ! おばけ! おばけ無理! おうちかえるぅうう!!!


「ちょっと! どこから逃げる気よ!? そっちには虹色の化け物がいるのよ!!」

「その扉は開けちゃダメだからね!?」


 前髪さんの両手が俺の右手を掴んで離さない!!!

 そうだ、前髪さんが俺の手を握ったことは以前もあった!

 あの時もこのメンツで! 俺の苦手な幽霊事案で! 俺を逃がさぬために!


「おばあちゃんが死ぬ前にいっていたの、どうしても困ったことがあったら、友達と一緒にここに来なさいって! お願いよ! いかないで!」


 もしかして生贄ですか!? わたし幽霊さんへの生贄ですか!!?


「ミシェルがそんなことするわけないでしょ!」

「まあなんで友達が必要なのかは聞けなかったんだけど……」


 やっぱり生贄じゃないのか!?

 ええいこんな所へいられるか! 右手がなんだ! 腕を切り離してでもおうちに帰って……

 ……

 ……あ、ああ……ッ!


「あれ?……おーい、どしたー?」

「アリエルちゃん……?」


 俺は見てしまった、暗闇に浮かぶ青白い"化け物"の目を。

 俺の眼前に突如現れた、顔面蒼白で目を見開いた恐ろしい形相のエルフと、目があってしまった!

 体中の血液が沸騰し! 脳を駆け巡り! やがて委縮した脳の伝令は全身に達して俺は……


 きゅう。


「アリエルちゃん? アリエルちゃん!?」

「気絶してる……」


"ご主人、このエルフは何故鏡を見て気絶したのです?"


「さぁ……」


 薄れゆく意識の中、俺はなぜか前髪さんのことを考えていた。

 そういえば前髪さん、"何に困っているのかについては結局言わなかったな"と。


"どうするご主人? 私に内蔵された治療キットなら無理やり叩き起こせるが? 私はとても便利だが?"


「でも考えようによっては、こっちの方が騒がれるよりは便利ねー」

「じゃあアタシが担いでいくわ」

"ずいぶんひどい扱いのような気もするのだが……"

「いつもの事よ」



 死と黴の臭いが充満する古代遺跡。

 俯き担がれ闇の底へと連れ去られる"エリちゃん"こと"アリエル・ダレット"の様相は、まさしく生贄として捧げられる哀れな供物のそれであった。


 そして、生贄が闇へ消えてから10分ほど。


「ほら、開いたよママ! さぁ一緒に宴を始めよう!!」

「ミシェルちゃんミシェルちゃん……ココにイルノネ……?」

「これは……エリちゃんの匂い……ッ!」


 堅固な防犯機能が力尽くで破壊され、科学で武装した化け物たちが遺跡へ侵入した。

 

「さぁパーティの始まりだ!!」

「ビームを! もっとビームを撃たせるっすよ!!!」


 完全に元の目的を忘れた、科学装備の馬鹿達が侵入した。



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