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エルフの森へようこそ  作者: やゃや
2章「前髪さんrhapsody」
22/54

1話「前髪ホームカミング(前編)」


 ささめ雪のしんしんと降る、12月の中旬、冬休み真っ只中。

 北の海に発生した高気圧が強い寒気を運び、エルフの国は一面の銀世界となっていた。

 木や土は雪で覆われ、公道に敷かれたアスファルトからは魔力ロードヒーティングにより湯気が上がっていた。


 "俺"がこの世界に生まれた日も、こんな冬の日だった。

 忘れもしないあの日の出来事。


 "貴方の願い叶えてあげよう"


 俺をこの世界に呼び寄せた存在は、確かにそう言ったのだ。

 きれいなエルフのお姉さんをファックしたい、そう願った俺に"叶えてやる"と言ったのだ。

 言っていたのに……ッ!


「ああああ!!! もう! 寒い! 凍える! しばれる! 冬なんて大っ嫌いだよ!!」


 蓋を開けてみりゃこのザマだ。


 目の前には大声で叫ぶ要介護な赤毛のおチビ。

 鏡を見れば金髪エルフの超絶美少女。俺。

 テレビに映る"同性愛は犯罪です!"の文字。


 お姉さんとのイチャイチャエロパラダイスは影も形もありはしない。


「あ、エリちゃん起きたんだねおはよう!! 大変だよ! ストーブ! ストーブが全然つかないんだよ! 石油ストーブ!」


 首都に唯一設立されていた北の孤児院、朝日差し込む客間にて、起き抜け一番に赤毛のちびエルフが叫んでいた。

 彼女の名は"クリスティーナ"、姓は"アンデルセン"。 

 幼馴染の雑種エルフだ、灯油臭い。

 "大人のお姉さん"とは程遠い幼児体形、幼い性格、そして灯油臭い。


「ねえエリちゃんこれ芯のとこに火いれてるのに全然火がつかないんだよ!! 壊れてるよこれ! 買い替えようよ!」


 赤毛は頬を膨らませながら石油ストーブにケチつけている。

 昨日まで使ってたものがそんなすぐ壊れるわけないだろうにまったく。


「つかないものはつかないんだよ!」


 本当にしょうがないなクリスは、高校生にもなってストーブもつけられないなんて。

 ほれちょっとチャッカマン貸してみ、俺がつけてや……うん?


「どしたの?」


 灯油が入ってないじゃないか。

 これじゃ火がつくわけないでしょうが。


「ええ!? ほんとだなんてこったい灯油が入ってないなんて! いちいち灯油入れる必要があるなんてやっぱり石油ストーブなんてダメだね!」


 ……急にどうした。


「こりゃあやっぱり、今どきのスイッチ一つであったかヒーティングな魔力式スペースヒーターに買い替えないとだね!」


 だからいきなりどうしたんだ。

 そんな高いもの買うお金、今の俺らにはないって言ってるだろうに。


 孤児院を巻き込んだドタバタは、お前も知ってるだろうに……


「そんなエリちゃんに朗報! なんと"偶然"にも、今私が手にしてるチラシのお店で中古品がセール中なんだよ! こいつはさっそく魔道具屋さんへGOしなきゃだよ!!!」


 ……あー"偶然"ね、そうかそうか、大体わかったよ。

 確かに今の時代石油ストーブはきついよね。

 よそのお家はみんな電気式か魔力式だもんね。


「わかってくれた!? さっすがエリちゃん……」


 でもさ、一つ聞きたいのよ。

 さっきからお前の手からめっちゃ灯油の臭いするのは何なのかな?


「え? あ、いや……それは……」


 さてはお前、わざと灯油空にしたろ。

 そのへったくそなセールストークするために。

 このくそ寒い日に! わざとタンクの灯油捨てただろ!! 後先考えず!!!


「待ってエリちゃん! 寒くても大丈夫なんだよ! この魔力ヒーターなら工事もいらず一瞬で部屋全体が温ま、ふぎゃあああ!! 鼻! 鼻つねるのは反則、みぎゃああああ!!!」


 北の郊外の孤児院に、馬鹿の叫びが反響する。俺とこの馬鹿にとってのいつもの日常。

 孤児院に住む孤児が、俺とこいつの二人だけになってからのおよそ5年間、ボケとツッコミが積み重ねられた日常だ。


 そんなエロとは程遠い生活に、特に高校入学後に加速したこの馬鹿騒ぎに、どこか満足感を得ているのはなぜだろう。

 こんな生活は、望んだものとは違うはずなのに……


「エリちゃん!! ギブ! もげちゃう! そろそろ本気で鼻もげちゃう……ってねえ聞いてる!? 聴こえてますかアリエルさん私の声いぎゃあああ!!」



「……と、いうわけなんだよルーちゃん! ひどいよね!? エリちゃんケチだよね!!?」

「いやぁ、お金無いんじゃ仕方ないんじゃないっすかね?」


 1時間後、石油ストーブで温まった客間にて、赤毛の馬鹿が友人を呼び込み愚痴をたれ流していた。

 ストーブ前でクリスと談笑するポニテの少女は、同級生の人間さん"ルチア・ロダーリ"。


「お金が無いわけないんだよ! 私達高校に進学したからお金たくさんもらえるはずなんだよ!」

「と、クリスちゃんは供述してますがどうなんすかエリちゃんさん」

「どうなんですか被告人! これは有罪ものではないですかね!」


 教科書代や制服代、授業料に諸々の出費、高校進学で糞ほどの支出が載った家計簿がここにあるけど見ますかいクリスさん。

 お前の日々の食費も載ってるぞ。エンゲル係数アゲアゲだぞ。


「う、うぐぐ……」


 なんなら証人として借金取りのおっさん呼ぼうか。

 学校での日頃の行いも含めて諸々ばらしてやろうかこの野郎!


「ま、参りました!」

「訴訟取り下げっすね」


 勝訴!みたか正義の力!しょせん世の厳しさも知らぬ小娘よ!!ふははは!!


「弱みを握って盾にするとか正義も糞もないっすね」

「そんなだから前世が"熾天使ガブリエル"なんだよ!」

「やーいやーい前世のアダ名ガブリエルー」


 前世の話はやめろおぉお!!


「クリスちゃんこの人涙目なってるっす、さすがにこれ以上はまずいっす、この人わけわかんない所で繊細っすから」


 ななな、泣いてねーし!! ちょっと冬の寒さが目に染みただけだし!


「ごめんねエリちゃん、これでも読んで元気だして」


 急にどうした。どっから出した。何を出した。


「なんすかその本」

「エロ本」


 それ俺の部屋に隠してたやつ!?


「ふっふっふ、こんなこともあろうかと用意していたプランBだよ! こいつをルーちゃんに見せられたくなかったら新型ヒーターを買……」


 もう見られてるっつーの! 馬鹿かお前!


「……あ」


 "あ"じゃねーよ。


「じゃ、じゃあこの本を汚されたくなければ……」


 脅されても買う金が無いから無理だっての。

 あと本気でそれやったら二度と口きかない。


「クリスちゃん無い袖は振れないって言葉知ってるっすか? ほら諦めてそれウチに渡すっすよ」

「うぐぅ……セールなのに……年に一度のセールなのに……」


 助かったよルチアさん、ありがと……


「うわぁ、ミシェルさんから聞いてはいたっすけどホントに女の人同士がエッチしてる本なんてあるんすね」


 え? 何でさも当然のように俺のエロ本読んでるの!?

 おかしくない!? 返してくんない!?


「いやぁエリちゃんさんの見るエロ本って攻め役が男なのか女なのか気になって」


 気にするとこそこ?


「前世ガブリエルのことで気になったの?」


 頼むからその名前で呼ばないで。頼むから!


「へいへーい! ガブリエルちゃん照れて、みぎぃいい!!?」

「エリちゃんさんはどっちとして扱われたいのかなぁと思って」


 そもそも前世では男として扱われていなかったのでどっちでも、ルチアさんの好きな方でいいよ。


「え、男として扱われないって……?」

「前世は"受け"の方だったってことだね! 男同士! それも無理矢理で!」


 待って! 違うからそうじゃないから!

 やめて誤解が生まれる!!


「ああガブリエル呼びが嫌なのってそういうことっすか……」

「ゲイよ!」


 ちがうから! 全然ちがうからね!!

 女人禁制の火星教会で女形やってたってだけだからね!


「おっと初耳の単語が満載だよ! これはこれでまだなんか隠し事がありそうですぞルーちゃん!」

「本当にそれだけっすかー? まだなんか隠してないっすかー?」


 ダイジョブ、アリエル、嘘つけない、元火星人だもん。


「ふーん?」

「後でホントかどうかミシェルさんに"素直になる魔法"かけてもらうっすよ」

「けだし名案ですな」


 やめて! 俺に怪しい魔法かけるのはやめてマジで!

 ほんとにやましいことは無いから! やましいことは!


「残念だけどすでにレイちゃんとミシェルさんへ連絡済みなのだよ! 二人とももう

こちらに向かっているのですよ!」

「おっとぉ! 噂をすればインターホンっすよ!」

「待ってて二人とも! いまドア開けるからね!!」


 おい止め……ッ! えぇいなぜ邪魔をするルチアさん!


「もう諦めるっすエリちゃんさん、全部ゲロって楽になるっすよ!隠し事は無しっすよ!」


 ぐぅう……前世の記憶なんて無ければこんなことには……


「エリちゃんさん記憶ない方が良かったんすか?」


 ……。

 ……あれ?

 そういえば、どうなんだろう。


「だ、大丈夫っすか? 今すんごいアホな顔してるっすよ?」


 自然と口をついた発言に自分で驚いてしまった。


 "前世の記憶がなければ"、そうなれば彼女達と頭空っぽにして一緒に馬鹿なことを楽しんでいただろうに、と。

 気がつけば俺の中に性欲より優先する項目が存在していた。

 前世で経験したことのない、名状しがたきもやもやした気持ちが生まれていた。


「あー、でもねでもね、ウチは思うんすよ! エリちゃんさんが変人じゃなかったらウチとは友達にならなかったって!」


 おまけにルチアさんに気を使われてしまった。

 ……しかし言われてみればそうかもしれない。

 気にしても仕方ないし、俺が変人でなければ今頃……


 うん? 今なんて? 変人て言った? 俺のこと変人って言った!?


「それにそうなるとミシェルさんやレイチェルの姉御とも会うことがなかったかもしれないっす、だからたとえ変人でも気にしなくて大丈夫っすよ!」


 ねぇ待ってルチアさん! 今俺のこと変って言ったでしょ!?

 違うから! 変じゃないから!

 ちょっと前世の記憶があるだけの超絶美少女エルフなだけだから!


「そういうナルシストなとこっすよ、擁護不能で気持ち悪いっす」


 待っておかしい! 俺が超絶美少女なんは事実だよ! ナルシストではなく! 事実を言ったまでだよ!

 胸だってルチアさんと違ってパッドなしで大きいし! お尻だって!


「え、なんでウチがパッド入れてるの知ってるんすか!!?」


 こんな超絶美少女が現実にいるなんて確かに信じられないだろうけど、この体は紛れもなく改造なしの天然物なんだよ!

 見てて! 今証明する! 脱いで変人じゃないって証明するから!!


「なんで脱ごうとしてるんすか!? そういうとこっすよ!! そういうとこ変なんすよ!!」


 そんなことない! ほら見てよこの肢体!! どうだよどこからどう見ても天然物の超絶美少女だよ!!

 さああやまって!! 変人ナルシストなんて烙印おしたのあやまって!!


「いやあぁあ!! 変態が!! 露出狂の変態があああ!!」


 な、なんで逃げるの!?

 あ!! そうか下着か!! パンツとブラも外せと申すかルチアさん!!


「いやぁああ!! 露出狂が未開の裸族にパワーアップしたっすよぉおお!!」


 裸で何が悪いの!? この美しい肢体のどこに罪があるんだよ!!? 美しさが罪だとでも!!!?


「そういう問題じゃないっすよ! 倫理の問題っすよ!」

「エリちゃんルーちゃん大変! 大変だよ!! ミシェルさんが! ミシェルさんが!!」


 クリスちょうどいいとこに!! 見てよ!! 俺は超絶美少女でしょう!!?


「え……急に何……? エリちゃんなんで裸なの……? 馬鹿になっちゃったの?」


 馬鹿に馬鹿っていわれた!?


「今のアンタは間違いなく大馬鹿っすよ!」

「ってそれどころじゃなくて! 大変なんだよ! ミシェルさんが大変なんだよ!!」

 

 大変って何が?


「こっちも自覚のない変態が大変なんすけど!」

「詳しいことはアタシが説明するわ!!」


 その声は!


「レイチェルの姉御!」


 客間の入り口、大きな扉。

 年季の入った観音開きを背に、金髪ロングのアラサー女子高生エルフが仁王立ちしていた。

 その隣にいるはずの友人、前髪の長い青肌角付きのミシェルさんは今日はいない。


「ミシェルさんが大変って、いったい何があったんすか?」

「ミシェルは……ミシェルは……誘拐されたの……」


「「ゆ、誘拐!?」」



 ささめ雪のしんしんと降る、12月のお昼前。

 姉御の不穏きわまりない発言から、今回の事件が幕を開けた。


「誘拐ってなんすか!? 警察は!? 警察には連絡を……」

「警察は駄目なんだよ!」


 まさか国家ぐるみの犯罪に巻き込まれた!?


「ミシェルは今朝……親御さんに実家に連れていかれて今レモンティーとワッフルでもてなされてるのよ!!」


 は?


「だーかーらー! ミシェルさんは実家で暖房の効いた部屋でティータイムで親子喧嘩の真っ最中なんだよ!!」

「は?」


 ……よくわからないけど、それ世間では"実家に帰省する"って言いません?


「そうじゃない! そうじゃないの! 誘拐なのよ!」

「帰省じゃないよ! 誘拐だよ!」


 シリアスな流れで忘れていた、この二人は馬鹿だった。


「あー、うん、一瞬でも心配したウチらが馬鹿だったっすね……」


 貴重な冬休みの数日が潰れる、しょーもない事件がここから始まった。



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