プロローグ「エルフの森へようこそ(後半)」
"エルフの森へようこそ"
深夜の駅前を歩いていた俺は、そんな言葉と共に、異世界に転生させられた。
"エルフ"。
北欧の民間伝承に登場する架空の種族。
彼らは長命で魔法の力を持ち 、とても美しく若々しい姿をとる。
そして森や泉、井戸や地下などに住むとされる。
"森や泉、井戸や地下などに住むとされる"。
"森や泉、井戸や地下などに住むとされる"。
重要な事なので三回言った。
エルフという種族は、自然溢れる土地で、牧歌的な暮らしをするのが定説だ。
意識が戻り、自分が耳の長いエルフの赤ん坊になっていることを確認した俺もまた、その定説を思い出していた。
牧歌的な生活、かつての自分とは無縁のもの。
転生については戸惑いを隠せないが、そういった暮らしができるのなら、結果的にこの状況は良いものなのではないか、俺はそう思っていた。
だが、俺は忘れていた。
俺をこの世界に送った存在は、人の願いを曲解するようなポンコツであった事を。
他人の期待に、まっとうな方法で応じるような存在ではなかった事を!
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薪ストーブがシンシンと響く、古い木造の建物の中、時間はおそらく朝。
「捨て子?」
「はい、そうなんです、森の近くに捨てられていたんですよ、この子こんなに凍えちゃって……一応魔法で暖めたんですがどうすれば……」
赤子として生まれた俺は、どうやら冬の森の中に放置されていたらしく、たまたま近くを通りかかったエルフのお姉さんに拾われた。
草木の茂る森という、初めて出会う自然環境。
そしてエルフという伝承の中だけの存在、お姉さんが俺を暖めるために使用した"魔法"。
それらはまるで、子供の頃に夢見た胸躍るファンタジー世界その物であった。
俺はこの邂逅に、剣と魔法の冒険を夢見ていた。
あるいは自然豊かな異世界でのスローライフを夢見ていた。
「どうすればいいんでしょう、お巡りさん」
……エルフのお姉さんが、俺を交番に連れていくまでは。
「なるほどなるほド、そういう事であれバ、この捨て子ちゃんのDNAを鑑定した後、マザーコンピューターにデータの登録を行いましょウ」
交番で、ロボットが警官をやっているのを見るまでは!
「ああ、よかった! これで安心できます、おばあちゃんにも知らせなきゃ!」
エルフのお姉さんが、懐から取りだしたスマホで電話をするまでは!
「それではこの子はパトカーで保護施設まで送りましょウ、通報感謝ですヨ」
ロボのお巡りさんに連れられたパトカーの中から、立ち並ぶ高層ビルの群れを見るまでは!!
このエルフ達の住む世界は、発達した科学社会が形成されていたのだ!
俺の捨てられていた森などほんの数ヘクタール。
その外に広がるのはどこまでも連なるコンクリートのビル、ビル、ビル!
世に蔓延るのはスマホ弄りながら街を歩くエルフ達、そこにはファンタジーのファの字も無い!
牧歌的とは何だったのか! これでは前いた世界と変わらないではないか!
失意に落ち込む俺に残された唯一の収穫は、お姉さんの腕の中にいることだ。
……が、俺はすぐさまエルフのお姉さんの手から離され、ロボに抱かれてパトカーの中へ。
エルフのお姉さんとの運命的な出会いすらもありはしなかった。
これを期にお近づきになる、なんてことも無かった! これでは詐欺だ!
「おやおやどうしましタ捨て子ちゃン、そんなに不満そうな顔をしテ」
暖房のよく効いた車内、科学満載で走行中のパトカーの中、ロボの警官が俺に話しかけてきた。
四角い弁当箱に手足と警察帽がくっついたようなロボットは、車を自動運転モードに切り替えて、赤く光る一つ目をこちらに向け俺を観察していた。
機械の癖に人の表情の機微がわかるのかこの野郎。
「この世界のロボットはAIで動いてませんからネ、それくらい余裕ですヨ?」
……"この世界"の……?
それにその喋り方、まさかお前……
「いかにモ! この私の仕事ハ、アフターサービスまで万全なのですヨ!」
やはりあの時のポンコツか!
「貴女をきちんとこの社会に取りこむまでが仕事ですのデ!」
無駄に親切……っておい待て、貴女(she)ってなんだ貴女って!? 俺は男(he)だぞ!?
「ふっふっふ、私は賢いですからネ、"あなたの大事な物を頂く"、貴女の"エルフのお姉さんをファックしたい"の願いも叶えル、両方同時にこなす効率的な方法を思いついたのですヨ!」
ちょっと待て……まさか……
「エルフってのは美男美女に育つものですからね! 転生のついでに貴女を女の子にしてあげましたヨ! 美人な自分のことを、自分で好きなだけファックしてくださイ! これなら誰にも迷惑かけなくて済みますヨ!」
願いを曲解するにもほどがある!
最悪だ……適当に口を付いた願いが、こんな結果を招くなど……
「あ、そうだ、これもあげますサービスでス、貴女の世界の物を参考に作りましタ、生体パーツって言うんでしたかネ?」
そういってロボは、なにやら肉感的な棒を一本俺に手渡した。
「大人になってから使うんですヨ……?」
渡されたそれは、男の股にぶら下がっている"アレ"、ボールと棒がセットになっている"アレ"。
それの模造品、"卑猥な肉の棒"をロボ警官から手渡された。
こんなの渡されてどんな反応をしろというのか!
「おっと、無駄話をしているうちにデーターベースに到着しましタ、ここであなたのDNAが登録されて、正式にあなたはエルフの森の住人となるのでス! まあ森は森でもコンクリートジャングルの方ですがネ!」
"ウマいこと言ったぜ"みたいな顔やめろ!
全然ウマくねえよ!
「さてさて、目的地に到着しましたのデ、ここから先はこのデータベースの職員が全て良きに計らうでしょウ、私の役目はこれで終了でス!」
おい待って、役目は終了ってお前どこに行くんだよ!?
この体で俺はどうすれば……
「それではさようなら、今度こそはよき人生を」
箱型ロボはそれ以上の言葉を発することは無く、すこし振動した後に機能停止した。
結局俺は為すすべなく、このままエルフの女性として生きていく事となるのだった。
数分後、誰もいなくなった車内、俺の横には模造品の"アレ"。
パトカーからの連絡を受け、俺を迎えに来た職員が、思わず無言となったのは言うまでもないだろう。
エルフとしての俺、後に"アリエル"と命名されるエルフの孤児の人生は、卑猥な肉の棒と共に始まった。