8話「新米妖精s」
紅葉のシーズンも終わり、冬の足音が聞こえてきた11月の初め。
夕暮れの放課後、俺と赤毛の二人は前髪さん家の夕飯に招待されてとある場所へ向かっていた。
"やっぱり卵焼きには醤油だよ!"
"いやマヨネーズだろ"
"マヨは無いよマヨは!? せめてケチャップだよ!?"
"マヨを舐めるな万能調味料だぞマヨは!"
などと、他愛も無いことを言い合いながら川沿いの大きな道路を歩いていると、目的地が見えてきた。
街の東側、高級住宅の並ぶベッドタウン。
その中でもひときわ巨大な邸宅の前で俺と赤毛が足を止める。
手前に見える庭だけで野球グラウンド4つ分くらいある広い家だ。
「ねぇエリちゃん、住所ここであってるの……?」
我々貧乏人を場違いなセレブ地区へ招待した黒幕、前髪さんからのメモには間違いなくこの巨大邸宅の住所が記されている。
書かれている住所は間違い無い。
これを書いた奴には問題があるが……
「あれ? アンタ達もここに用があるの?」
巨大な門の前で委縮している俺達二人の後ろから、聞き覚えのある声が響いた。
この声は間違い無い、留年すること13回の伝説の姉御だ。
「あー! レイちゃん! レイちゃんだ!」
「その呼び方止めてって前から何度も言ってるでしょ!?」
そういえばクリスと姉御も、あの一件以降知り合いになっていたな。
交流はまだ続いてたようだ、珍しい。
「レイちゃんもミシェルさんに呼ばれてきたの?」
「まあそうだけどアンタ達も?」
「うん! みんなでご飯食べるんだって!」
「そ、そう……? 私はなんか渡したいものがあるっていうから来たんだけど」
姉御の言葉に一抹の不安がよぎる。
別々の理由で複数人が同時に呼ばれるなど、陰謀の予感しかしない。
何より一番不安なのは、伝説を自称するほどのアホの姉御に、なにやら元気がないことだ。
「ねぇ、家の前でじっとしてても変に見えるよ?」
「……そうね、さっさと中に入りましょう」
怪訝な顔をする俺をよそに姉御がインターホンを押す。
大きな門が静かに開く。
視界が開けるとそこにはバイクに乗った前髪さんが。
「うわ、なんかいる!?」
「ようこそ我が家へ! うちの庭は広いからこれに乗っていくといいわ! サイドカーもちゃんとあるわよ!」
待って! いきなりでツッコミがおいつかない!
「サイドカー使っても3人までしか乗れなくない?」
姉御は冷静だな!?
「大丈夫よ! 私は空を飛ぶから!」
前髪さんは俺の困惑を無視してそれだけ告げると、直立不動で空へと飛び上がった。
「屋敷で待ってるわよ!」
そのまま空をバック走で滑空していく様は、なんとも言えないシュールさである。
「あの人いつもああなの?」
「うん……アタシ付き合い長いけどたまについていけない時がある……」
ところでこのバイク誰が運転するの? 誰か免許もってるの?
「私16歳の誕生日来月だからまだ免許取れないよ?」
「あ、アタシも花も恥じらう乙女なわけでバイクとかゴツいものは……」
……歩くか。
5分後、前髪さんの邸宅内。広い庭に負けず劣らず家も広い。
玄関で出迎えたメイドさんに案内され、屋敷内を歩くことさらに5分、客間と思しき広間に通される。
無駄に巨大なテーブルに空席の椅子がたくさんある。
「よく来たわねみんな! さぁさぁ自由に腰かけて!」
「お腹空いたー! ごっはん! ごっはん!」
人ん家でそういうことやめなさいはしたない。
それにご飯にはまだ早い時間だろう。
「細かいこと気にしたら駄目よアリエルちゃん! 今日は無礼講よ! 朝まで飲むわよ!」
おい未成年。
「アタシまで夕食に参加しちゃっていいの?」
「遠慮しないでレイチェルちゃん! 友達じゃないの!」
その友達に夕飯呼ばれてなかったのが気になるんじゃないのか前髪さんよ。
「え!? メールはみんなに送ったはずよ!?」
「ごめん最近忙しくてメール見てなかったわ……」
姉御がアホなだけだったか。
「ルーちゃんはバイトあるから来れないって」
「残念だけど仕方ないわね、あなた達だけでもゆっくりくつろいでいってね!」
「それよりアタシに渡したいものってなんなの?」
「あぁそれね! ちょっと待ってて」
そういって奥に引っ込んだ前髪さんは、しばらくして何やらゴツゴツした金属製品を持ってきた。
黒光りする金属製の太くて長いそれは、引き金やらマガジンやら銃口やらに見えるものがくっついておりまるで銃のよう。
平和な現代社会にそんなものあるわけないのに……
「はい、特製自動小銃"火竜殺し"よ! 受け取ってレイチェルちゃん!」
なんでそんな物騒な物持ってきてんだよ!?
それ渡してどうするっていうんだよ!?
「レイチェルちゃん一人暮らしだから夜とか怖いだろうし」
こんなもの持ち歩く奴の方が怖いわ!
「ねぇミシェル、どうせならもう少し女の子らしいものが欲しかったんだけど……」
ツッコむ所そこじゃないよ!?
「じゃあこっちの花柄の火竜殺しはどうかしら!」
「おお、これなら!」
柄の問題じゃないと思うんですけど!?
「まぁそれはおいといて……」
おいとかないで!? 元の所にしまってよ怖いから!
「本命はこっち! 時計塔で買ったマクベスの宝珠よ!」
「そんな貴重なものどこで!?」
時計塔でって今言ったばかりじゃん。
「おお! 宝珠! あれだよね! 魔法をガッ! てコンピューターに記憶させて使うときバァーッ! てするんだよね!」
「そうよその通り、前に使ってたのは大分古くなったって聞いたからレイチェルちゃんにあげるわ!」
「嬉しいけど……でもこんな貴重な物いいの?」
「レイチェルちゃんここ最近元気なかったからね! 私からのプレゼントよ!」
前髪さんは屈託のない笑顔で姉御へと話しかけている。
屋敷に来る前危惧していた陰謀などは表情から微塵も感じられないが、どうにも引っ掛かる事が一つ。
前髪さん、この前の時計塔の時に姉御もいたんだからその場で渡せばよかっ……
「あ、アリエルちゃん!? ちょっと待って! こっち来て!」
なんだよ、痛いよ、腕を引っ張らないでよ。
「いいアリエルちゃん? ここだけの話、あの宝珠にはサプライズが仕掛けてあるのよ……だからあの場では渡せなかったし、今勘ぐられて台無しになったら嫌なのよ」
サプライズ? またろくでもないことじゃなかろうな?
「大丈夫よ! ちょっと素直になる魔法がかかるだけよ!」
字面でもう嫌な予感しかしないんだけど……具体的にどうなるの?
「魔法にかかると心の奥の本性や本音が開放されるわ! 本人の意思にかかわらず!」
また倫理無視の洗脳系かこの野郎!
いい加減にしないと前歯全部へし折るぞ!!
「だってレイチェルちゃん最近何か言いたそうにもじもじしてたんだもん! こういうのは溜めこんだらまずいじゃない!」
だからってもっと他に方法あるだろ!?
「ねぇミシェル、これ動かないんだけどどうやって使うの?」
待って姉御それやばい奴! 今すぐそれから手を離……
「レイちゃん私知ってるよ! ここのボタンを押すんだよ!」
「あぁ! 赤毛さん待って! それ二人で同時に持ったらダメなやつで……」
制止を待たず赤毛が起動のスイッチを押す。
すると宝珠から放たれた光と衝撃が辺りを埋め尽くす。
光が弱まり復活した視界の先に立っていたのは……
「レイチェルちゃん……? 赤毛さん……?」
そこに立っていたのは赤毛と姉御。
だが先程と異なり背中に虫のような羽根が生え、額の真ん中にでかでかと「米」の一文字が書かれている。
極めつけはエロスの欠片もない全身タイツ。糞ダサい。
「我々はそのような名前ではない!」
「私達は!」
「お米の力で悪を断つ!」
「「新米妖精コメットさん!」」
なんか始まった!? コメットさんて誰!?
「あれは心の奥を解放した姿……二人が望んだ姿よ!」
あの糞ダサい格好が!?
「多分二人の欲求が混ざっちゃったのね」
お米要素は赤毛の"ごはん食べたい"からだろうか。
ということは妖精要素が姉御の欲求?
「元に戻すには強い衝撃を与えるしかないわ!」
おい待てよなんで銃を構えてんだよ!?
いくらあいつらでも死ぬからな!?
「これ実弾じゃなくて制圧用ゴム弾からだいじょう、ぐはぁ!?」
「さぁお嬢さん! お米を食べなさい! たーんと食べなさい!」
どっからその白米出したんだ姉御!?
手の平から沸いてきたぞ!?
「待って待って! そんなに口に詰められたら喉につま、もがぁ!!」
まぁこれは自業自得だろう、ふぐぅ!?
「お隣のお嬢さんも遠慮せずに!!」
やめろクリス! なんで俺まで!?
離せ!せめてマヨネーズをかけさせて!
「マヨネーズ!?」
「ご飯にマヨネーズは無いでしょエリちゃん!!?」
ツッコミと共に、赤毛のおでこの米の文字が消えた。
「あら、赤毛さん戻ったわ! 相当ショックだったのね!」
なんで!? 魔法が解けるほどおかしいのマヨネーズ!?
「ご飯にマヨネーズは結構酷いと思うわよ」
「お米への冒涜だよ!」
そんな馬鹿な!
姉御は? 大人な姉御なら良さがわかるはず!
「私は姉御ではない! 新米妖精コメットさんだ!」
姉御だけ戻ってない!?
「まさかレイちゃんマヨネーズ許容派!?」
「そんなはずないわ! レイチェルちゃんは白米には何も乗せない派よ!」
「いかにも! 私は白米原理主義派のコメットさん!」
コメットさんの肩書が増えた……
「まぁでも……みんなが色々のせたいっていうなら、許容してもいいかなって……」
原理主義派、懐広いな!?
「どうやら素直になる魔法第二波が起動したようね!」
第一波は何のために?
「きっと今ならレイチェルちゃんの心の内を明かせるわよ!」
無視か!?
「レイちゃん、最近元気ないけど何でなの?」
「べ……」
べ?
「勉強会、アタシも行きたかった……」
勉強会とはテスト対策でルチアさん家に四人で集まった時の事だろうか。
そんなことでコメットさんになるほど悩んでたのかこの人は?
「"そんなこと"なんて言わないで金髪ちゃん! レイチェルちゃんは十三回も留年するほどの学力なのよ! きっと気にしてるのよ!」
「違うわよ! アタシだけみんなからハブられてるみたいで嫌だったのよ!」
呼ばなかったのは姉御が他の仕事も兼任してるからだったのだが、本人にとっては気になるのだろうか。
「そっか、じゃあ勉強会やろう! 今ここで!」
は? 何いってんのお前?
「だってここに4人揃ってるんだよ!? あとはルーちゃんがバイト終われば呼べばいいんだもん!」
今からだと遅くなるだろうが、もう夕方だぞ。
「今日は泊まればいいじゃん」
「ナイスアイディアよ! 空き部屋や使ってないお洋服ならいくらでもあるもの! 好きなだけ使えばいいわ!」
でも……
「金髪、やっぱりアタシみたいなのと一緒は嫌?」
いや、そういうわけじゃないんだけど、こう色々急で……
「素直じゃない娘にはこうよ!!」
俺は新米妖精コメットさん!
お米の力で悪・即・斬!
「エリちゃんがコメットさんに!?」
「さあ金髪ちゃん、あなたの本音をさらけ出すのよ!!」
「エリちゃんの本音って……?」
「もしかしてエッチなことなんじゃ……」
魔法を……
「え?」
魔法を悪用する悪い子はおしおきだあああ!!
「きゃあああ!? なんで私の方に来るの!!?」
「自業自得だと思うわよミシェル」
「コメットさんコメットさん! 私お米食べたい!! 白米だして!」
お前は少し断食しろ!! 毎月食費いくらかかってると思ってる!
「なんでええ!!?」
「ねぇねえコメットさんアタシも! アタシにもなんかやって!」
……姉御はそのままでいいんじゃないかな。
「なんでアタシだけ反応違うのよおお!!?」
「そのままのレイチェルちゃんが好きってことね! そうでしょう!?」
さすがにその年齢で性格の矯正は無理だと思うんで……
「年齢の話はしないでよおお!!!」
「コメットさんコメットさん! 私から一つ意見があります!」
はいどうしましたクリスさん。
「この中に一人コメットさんになっていない人がいます!」
「そういえばいたわね、澄ました顔で傍観者面している奴が一人!」
「ま、待って! 私はそいうのキャラじゃないっていうか!」
問答無用! 者どもかかれええい!
「いやあああ! 誰か助けてえええ!」
エルフの街のセレブ地帯、似合わぬ狂騒が空に響いた。
「捕まえたわよミシェル! さあ宝珠の光を受けなさい!」
「ぐぎやぁああ!! くっ、だがこの程度の洗脳で私は……ッ!!」
よし、追加でもう一発いってみようか。
「ひぎっ……、私は新米妖精コメットさん!」
「やった! 成功だよ!」
その狂騒は、夜が更けるまで長々と続いたそうな。
「さあさあ、ミシェルはどんな秘密を抱えているのかな?」
「話して! 話して!」
「私は……レイチェルお姉ちゃんのことを……ずっと前から……」
「え……ッ!? お姉ちゃんって!? アタシのこと……!?」
「これはまさか……!?」
愛の告白……
「ずっと前から……昔飼っていた犬とそっくりで抱きつきたいと思ってました」
犬と同じ扱いだった!
「もしかして途中で戻ってたのかな?」
「よくも騙したわね!」
「きゃー! レイチェルちゃんが怒ったー!!」
東の大邸宅に笑い声が響く。
丑三つ時まで続いた狂騒の果て、俺を残し疲れ果てて泥のように眠った3人の寝顔はとても満足気であった。
結局勉強会なんてこれっぽっちもしなかったが、本人たちが満足ならそれでいいのだろう。
……ところで明日も学校があるのだがこいつらは朝起きれるんだろうか。