表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルフの森へようこそ  作者: やゃや
1,5章「ストーム・エピローグ」
15/54

4話「時計塔のイチリンソウ(前半)」



 ‎エルフの国には"時計塔"と呼ばれる有名な建築物がある。


 俺の通う高等学校から北に歩いて30分、大きな川に沿って歩くとそいつは見えてくる。

 小学校の校庭くらいの狭さの敷地に、これでもかと詰みあげられた建物の集合体。

 "時計塔"と呼ばれる魔法建築物が見えてくる。


 なんでも古代の魔術師が、"無限に成長して壊しても壊しても再生する、僕の考えた最強の家!"というコンセプトのもと作り上げたものらしい。

 その酔狂な魔術師の死後、自己増築を繰り返す時計塔は権利関係のゴタゴタで司法の介入が難しく、結果不法移民者達の理想郷として無法地帯になり果てた。

 麻薬や売春の横行するこの時計塔は、エルフの国の行方不明者の9割をここに起因するともいわれている。


 そんな危ない時計塔の第2階層、様々な"いわくつき品"を取り扱う店が並ぶこの階層の、路地裏にある魔道具屋へ現在俺は連れてこられている。

 "‎連れてこられている"

 なぜそんな事になったかといえば


「アリエルちゃん!! 見て見て!! 72年式のKF魔力銃よ!! こんなの外じゃめったに手に入らないわよ!!」


 この前髪青肌エルフがどうしてもここに来たいといって聞かなかったのだ。

 まぁ第2階層くらいなら何度も来たことがあるし他フロアよりは治安もいいし、なんて思ってたらこの人めっちゃ騒ぎよる。

 前髪さん落ち着いて叫ばないで自重して。

 店の人が何事かと驚いてるから、厄介事になっちゃうから。


「きゃああぁ!! すごいわ!!! こっちにはマクベスの機械宝珠が!! 掘り出し物ってレベルじゃないわよ!」


 前髪さん! 商品にベタベタ触るのやめよ!?

 店の人がすごい形相で睨んでるから!!


「な、なんてこと!? アリエルちゃん! 反重力装置! 反重力装置よ!!!?」


 反重力装置!!? 嘘だろなんでそんな超レアモノ入荷してんの!? 

 ちょっと見せて!?まさか偽物とかじゃ……


「お客さぁん? あんまり騒ぐようならちょっと上の方で"お話"してもらわにゃいかんのだが」


 騒ぎすぎて店の人がレジから出てきた!

 すんません!! マジすんませんでした!! すぐ出ていきますので!!


「待ってアリエルちゃん! この宝珠だけは買わせて!! どうかこれだけは!」


 前髪さん、あんたここがどこかわかってんのか!? "時計塔"だぞ!

 これ以上面倒事は起こさないで、その宝珠も置いて! お願いだから!!


「落ち着けお嬢ちゃん、騒がずちゃんと買いものしてくれるってんなら別になんもしねえよ、ただね、お嬢ちゃん達にこれの金払えんの? かなりの額になるんだが」

「大丈夫よ! 私これでもいいとこのお嬢様だから!!!」


 前髪さん!? 俺達今どこにいるかわかってる!?

 今俺達のいる場所は、法治国家たるエルフの国唯一の無法地帯!

 そんなところでお嬢さまカミングアウトなんてしたら、何されるかわかったものではないよ!


「ええ!? 私達もしかしてこれから捕まって売られちゃうとか!?」

「あー、お嬢ちゃん達……時計塔といってもここ低層だからね? そういうことするのはもっと上層の方だからね?」

「嫌ぁ! 近寄らないで! 私の貞操はいつか出会う美人のお姉様の為に取って有るんだから!!」

「だからしないつってんだろ!? いちいち騒ぐんじゃねぇよ! 自警団が来るじゃねえか!」

「いやぁあ!! 離して! 妊娠するぅうう!!」

「せめて商品から手ぇ離せやてめえ!!」


 青筋たてる魔道具屋のおっちゃん。 

 ボケが止まらない前髪さん。

 噛み合わない二人はその後も10分ほど俺の胃をキリキリ痛めつけたのち、何やかんやで宝珠の売買契約を交わした。

 無事終わったのが不思議なくらいもめにもめた。


「あー怖かったわ」


 あんたが一番怖いよ俺は。


 胃痛からようやく解放され、店の外で大きく深呼吸。

 魔道具屋の入り口がある路地裏は、薄暗いながらもそこまで不潔ではない。

 時計塔の低層は、自警団が治安維持と共に伝染病予防の清掃活動までしているので、夜の歓楽街と同じくらいの危険度しかない。

 もちろん例外というものはいくらでもあるのだが。


「でも思ったよりかは安全なのね時計塔!」


 そういう場所を選んでるだけだからね!?

 ここモンスターのいる迷宮なんか目じゃないくらい危ない場所だからね!!

 少しは自覚しようね!!!

 

「……そうよねありがとうアリエルちゃん、そんなとこの案内してもらって」


 急にしおらしい態度になるのはやめてくれません?

 ここまでアホな人でなければ口説いていた程度には、前髪さんは美人で巨乳さんなのだから。

 少しどきりとしてしまう。


「こうするとアリエルちゃん照れて素直になるって赤毛さんがいってたわ!」


 あの野郎! 後で絶対とっちめてやる!!


 赤毛への報復を決意する一方で、ここに来る羽目になった経緯を思い出す。

 雨の降りしきる放課後、前髪さんがこの時計塔の住人用入口でうろうろしていたのを発見してしまったのだ。

 "そこから入るのは危ないから止めたほうがいいよ"と声をかけてしまったのが運のつき。


 "なんでそんなこと知ってるの?"

 ‎"もしかしてここの事詳しいの!?"

 ‎"そうなのね! やっぱりそうなのね!? 案内お願いしてもいいかしら!?"

 ‎"え、帰る? 私が? 私の辞書に後退の二文字はないわ!! 前進制圧あるのみよ!!"


 と、流れるようにここの案内をやらされ連れ歩かれている。

 ルチアさんのことをチョロいだの簡単にヤれそうだのと笑えない。


「……ちゃん、アリエルちゃん! ねぇ聞いてるの?」


 追想から意識を戻すと、眼前に紺色の髪と青い肌が広がっていた。

 俺の顔を前髪さんが覗き込んでいたのだ。顔が近い。


「あなたへのお礼は何がいいかなって聞いてたのだけど」


 意外な言葉が前髪さんから飛び出てきた。

 この人にそんな常識あったんだ。 


「人のことなんだと思ってるの!? 無理矢理付き合わせちゃったんだから、お礼くらいしなきゃダメでしょう?」


 ごめんね前髪さん。

 あなたのことを誤解していたようだ、強引なところはあるけどちゃんと常識あるんだね。 


「あ、なんだったら報酬は私の体で支払ってもいいのよ?」


 大丈夫かあんた、頭の病院いく?


「ええ!? そういうのが好きって赤毛さんから聞いたんだけど!?」


 またあいつが原因か畜生!!

 俺は頭がおかしく無い普通の美人なお姉さんと、普通に恋愛して普通のレズ家庭が作りたいだけなのに!!


「でも勘違いしないでね! 私は女の子と自分が絡むより女の子同士が絡んでるのを見るのが好きなんだからね! そこは間違えないで欲しいわ!」


 どんなツンデレだよ!

 ……もういいよ、そこの自販機でジュースでも奢ってくれれば十分だよ。


「そんなのでいいの? 実はまさか超高級ドリンクとかが……」


 一番安い奴でいい。


「……これ飲み物なの?」


 前髪さんが購入してくれたそれはペットボトルにはいったタール状の半固形物質。

 上へ上へと自動増築するこの時計塔の潤滑液であり、緊急時には硬化して骨組みや建材としての役割も果たす。

 ここでしかとれない魔力の塊"デビルアネモネ"の残骸である。


 味はお世辞にも美味しいとはいえないが、歯応えのあるゴム状ののど越しが癖になりつい口にいれてしま、ブホォ!!


「だ、大丈夫!?やっぱりこれ人が飲んではいけないものじゃないの!?」


 気管と食道から逆流するデビルアネモネを必死に抑えながら、俺は前髪さんに否定の意を示す。


 噴き出した原因はそうではない。

 路地裏の外、表通りのむこう側、前髪さんの背中方向に思わぬ人物を見かけてしまったからだ。


 長くてさらさらな金髪、エルフ特有の長い耳、俺と同じ学校の制服、そして何よりこんな暗がりでもよく目立つ黒いローブ!!

 間違いない、奴は累計13回もの留年を誇る伝説のアホ! アラサーの姉御である!


「ねぇ、顔が土気色になってきてるけど大丈夫なの!?」


 大丈夫なわけがない!

 ‎前髪さん一人だけでこの胃痛具合なのに、ここへ伝説のアホまで加わったら俺の胃に穴が開く!!


 すまん前髪さん、ちょっと体調が芳しくないので今日のところは帰りたい。


「そうしたほうがいいと思うわ!? 顔が真っ青よ! 本当はもう少しあなたとお買い物したかったけど、また来ればいいものね!」


 正直二度と来たくない、とは流石に口に出せなかった。話がこじれる。

 とりあえず‎今はここから出ることが最優先なのだ。

 ‎姉御がこちらに来る前にどこか遠くへ……


「ところであなた、さっきから何をチラチラ気にしているの?」


 前髪さんが俺の視線を追い始めた、ジーザス!

 いや、まだだ! 前髪さんが気付くとは限らない!

 おお主よ、どうか我が胃に救いを与えたまえ!


「あれ!? あの子レイチェルちゃんじゃないの!? あの子もここに来てるなんて!」


 前髪さんが姉御を捕捉してしまった。

 神よ、なぜわたしを見捨てたもうた!


「え? み、ミシェル!? それにこの前の金髪!? なんでアンタ達がここに!!?」


 姉御もこちらに気付いてしまった。

 しかも前髪さんと知り合いとは最悪だ、どうあってもこの二人は合流する。

 やっぱり神なんて信じるんじゃなかった。


「っと今はそれどころじゃないわ、お願い二人とも! 助けて欲しいのよ!」


 すでに面倒事抱えてやがったこのアラサー!

 "時計塔"に食べごろの女子3人ってだけでもやばいのに、よりによって俺以外は馬鹿二人、片方伝説級!

 さらにここへ面倒事が追加? どうしろと!


「何があったのレイチェルちゃん? 私達にできることがあれば協力するわよ!」


 待って前髪さん、さっき"帰る"っていったよね! ねぇ"帰る"って言ったよね!

 お願い! 帰ろう! 今すぐ! 嫌な予感しかしないんだよ!!


「落ち着いて聞いて二人とも、今すっごい大変なことが起こってるの!」


 無視しやがったこの野郎!

 やめろ! その先は聞きたくない!


「このままだと……」


 あーあー! 聞こえなーい!!


「このままだと、エルフの国は滅亡するわ!」


 …………。

 どこからつっこめばいい!?

 助けてルチアさん!



 雨の降りしきる放課後、馬鹿三人。

 無法地帯たる時計塔にて、馬鹿達の馬鹿な話が加速する。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ