3話「写る、伝染る、遷る」
「な、なんでもう仲直りしちゃってるの!?」
秋風の薫る穏やかな放課後。
教室のドアの脇で、角付き青肌の前髪エルフが叫んでいた。
赤毛とルチアさんの仲を取り持とうと意気込んでいた彼女は、すでに互いの手を取り合っている二人に驚愕している。
「ねぇアリエルちゃんどういうこと!? 説明してくれない!!?」
"私がいない間に何かしないでね!"と俺に念を押していた彼女は、涙を流し説明を求めていた。
いいだろう説明しよう。
ルチアさんがこの一週間で生まれ変わったんだけど実は生まれ変わってなくて仲直りしたのだ。
「何いってるのアナタ、頭おかしいの?」
全て事実なのだが変な子を見る目で見られた。かなしい。
「あれ? エリちゃんさん、いつの間にミシェルさんとそんなに仲良く?」
事情を知らぬルチアさんが話に入ってきた。
仲良く……というほど親しいわけではないのだが。
「あらあら覚えてもらって光栄だわ栗毛さん! せっかくだし写真とってもいいかしら! 赤毛さんも一緒に!」
「え? なんで写真を?」
この人"そういう趣味"なんだって。
「ふーん?? まぁウチは別にいいっすけど」
「絶対に嫌」
ルチアさんのすぐ隣。
カメラを向けられたクリスは、俺の背に隠れ敵意むき出しの目を向けていた。
「な、なんで? 私何か気持ち悪いことした!?」
「カメラは魂、抜く」
「いつの時代の思考っすか!?」
こいつは幼稚園の頃、孤児院の先輩にそういった嘘を沢山吹き込まれてたのだ。
プリンに醤油かけるとウニになるだとか、注射たくさんすると寿命が縮むとか、サンタクロースは実在するだとか他にもたくさんの嘘を今でも信じている。
「あら、そうなの? でも怯えるその顔も可愛いわね!!」
「ふしゃーッ!!」
拒絶されてなおカメラを下げない前髪さんに、クリスが毛を逆立て威嚇し始めた。
危ないよ、下手に近づくと噛まれるよ。
「クリスちゃんは猫か何かなんすか?」
「こんな可愛い子に噛まれるなら本望よ! バッチ来い!!」
「ミシェルさんはアホなんすか!?」
「ミギャーッ!!」
やばい、女豹のポーズだ!
いよいよクリスが戦闘態勢に!
「戦闘態勢ってなんすか!?」
「オゥイエス! カマンカマン!」
なんてことだ!?前髪さんがガニ股で受け入れ体勢に!
「受け入れ体勢ってなんすか!?」
「フギャーッ!!」
カメラのレンズにおびえた赤毛はついに矢の如く駆けだした!
そのまま放たれた渾身のラリアットが前髪さんを床に沈める!
「噛むんじゃなかったんすか?」
「ぐはッ! ぷにぷにの二の腕!! これはこれでgood!! 我が生涯に一片の悔いなし……」
少しは悔いて欲しい。
とりあえず以後カメラを向けないであげて欲しい。
「ウィーッ!」
「うわ!? こっちに戻ってきた!? 落ち着いてクリスちゃん! ノーカメラ! ウィーアーノーカメラ!」
一度戦闘形態になったクリスに言葉は通じない。
肉や魚などの食い物で気を引くのが手っ取り早いぞ!
「そんなの都合よく持ってないっすよ!」
安心してくれ!
こんなこともあろうかと登校時、俺の制服にはビーフジャーキーを常に忍ばせているのだ!
「うわぁ!? ポケットの中、油でギトギトっすよ!?」
さぁクリス! お前の好きなジャーキーさんだぞ!
「フシュルフシュル……ジャ……ジャーキー……?」
ほーらおいでおいで。
ルールルル、ルールルル。
「クリスちゃんは狐かなんかすか」
「ジャーキーッ!!」
よーしよしよしよし! よーしよしよしよし!!
「完全に猛獣をあやす調教師っすね……」
ジャーキーさんに釣られたクリスは喉を鳴らして飛びこんできた。
頭をわしゃわしゃ撫で、頬を擦ってやると少しづつ目に正気が戻っていく。
小学校、中学校と学校行事のたびにこうやってなだめたものだ。
「まさかカメラ向けられるたびに暴れてたっすか……?」
その通り、おかげで俺のあだ名は小中一貫して"飼育員さん"だったぞ。
そしてそのおかげで今まで俺には友達がいなかったぞ!!
畜生!!畜生……
「泣かなくても大丈夫っすよ!? 今はウチが友達っすよ!!?」
ありがとう! ありがとうルチアさん!
あなたは天使だ! 素敵! 抱いて!
「それは嫌っす」
「フーッ! フーッ!」
ルチアさんへの求愛が失敗したところで、我が腕の中の幼馴染が再び毛を逆立てた。
目線の先、距離150、前髪さんがダウンから復帰したのだ。
前髪さんを見て逆立つ幼馴染の赤毛はまるで焔のよう。
どうどうどう、ほぅら追加のジャーキーさんだぞ。
「フーッ! ふぅ、ふぅ……そろそろ柿ピーとさサキイカも欲しいよエリちゃん」
おまえ、ほんとは正気じゃなかろうな!?
「ふふふ、なかなかいい二の腕だったわ赤毛さん! もう一回堪能したいくらいね!」
さらなる喰い物を求める食王の眼前。
前髪さんが鼻血を垂らしながらゆらりと起き上がった。
「そして話は大体わかったわ! 赤毛さんのカメラ恐怖症、私が治してあげましょう!」
鼻血を出しながら、前髪さんはそういい放った。
俺がエルフとして生を受けて15年、幾度となく挑戦し失敗したそれをこいつは事もなげに言い放った。
「治すったってどうやって?」
「まっかせなさい! こんなときのための"プランZ"よ!」
それだけ言うと前髪さんは、教室の外から台車に乗った巨大な機械を持ってきた。
みたところ中に人が入るタイプのカプセル状の機械だが。
「なんすかこれ?」
「これは精神病院なんかで採用される由緒正しき更生機器、通称Z!!」
ふむ、さっぱりわからん。
「ぶっちゃけ洗脳装置よ!!」
叩き壊してやるこんなもの!!!
「駄目! お願いやめて! これすっごい高かったんだから!!」
冗談じゃないぞ!
こんな非人道的機械でうちの赤毛さんに何するつもりだテメェこの野郎!!!
「落ち着いて、大丈夫! 医療機関でも採用されてる安心安全なものだから!!」
「でもこれ重度のヤク中の更生くらいでしか使わない奴っすよね!? テレビでやってた奴っすよね!?」
よし壊そう、今すぐ壊そう!
「エリちゃん、私これ使うよ」
は? 何を言っているクリスやめなさい!
飼育員さんはそんな危ないこと許しませんよ!?
「カメラはどうしようもなく嫌だけど、でもそれでみんなに迷惑かけるのよくないと思うんだ」
お前自覚あったのか!?
「エリちゃんは私をなんだと思ってたの!?」
「さぁアリエルちゃん! 本人はこう言ってるわよ!」
ぐぬぬ。
「エリちゃんさん、ここはミシェルさんを信じてみましょうよ! この人も悪い人じゃないはずっす!」
うう……わかった。何かあったらすぐ言うんだぞクリス。
「全員承認ね! じゃあ暴れたりしたらダメだからまずこの手錠をハメましょうね赤毛さん! ぐへへ」
「すんませんやっぱり前言撤回っす!」
警察だ! 警察をよべ! この淫行前髪さっさとしょっぴくんだよ!
「ハメたよー」
何ハメてんだお前!?
「いいわその調子よ赤毛さん! さぁそのままこの機械の中に入って服を脱ぎ」
……。
「……脱がなくてもいいんだったわ! うん、思い出した! そして最後にこの魔法針を頭にぶっ挿せば準備完了よ!」
「え……?」
「あ、頭にっすか!?」
いいのか!? 本当に大丈夫なのか!!?
「針っていっても別に脳まで刺さったりはしないわよ? 魔法の媒介になるだけ、それじゃちょっとチクッとしますから」
「ウ゛ン゛ン゛ッ!?」
おい今なんかヤバい声したぞ。
「え!? まだ1mmも刺してないわよ!?」
「ウゴゴゴ……ハッ!? エリちゃん! 私、今ならカメラ大丈夫な気がする!!!」
「まだ機械作動してないわよ!?」
「エリちゃん、ルーちゃん! カメラ! 今なら大丈夫だから早く! カメラプリーズ、ハヤメニーッ!!」
こいつまさか注射までダメなんじゃなかろうな!?
「いいんすか!? また暴れたりしないっすか!!?」
「大丈夫だよルーちゃん、私はもう誰も傷つけたりしないから早く!!」
「まさか、そんなはずあり得ない……ハッ!! これが愛の力だというの!?」
前髪さん、それはない。
「ルーちゃんお願い! 今度は絶対カメラなんかに負けないから!」
「いいんすね!? いくっすよ!? はい、チーズ」
「ウガァアア!!」
見事な即堕ちである。
カメラを向けられた赤毛は鋼鉄の手錠を引き千切り、いまにも機械の中から飛び出そうとしている。
「だ、ダメみたいっすね……」
ジャーキーさん使う?
「まだよ! 愛する人のことを思い出して赤毛さん! もう傷つけないと誓ったのでしょう!」
「!?」
完全に堕ちたかにみえた赤毛が、前髪さんに反応して硬直する。
正確には前髪さんが手に持つ針に反応している。
「グ、グオオオオ!!」
「堪えてる!? クリスちゃん我慢できてるっすよ!!」
なるほど、クリスを抑えるにはこんな方法もあったのか!
メモしとこう。
「もう一押し! もう一押しでいけるかもっす!」
「行ってあげなさい栗毛さん! 貴女ならあの子の暴走を完全に止められるはずよ!」
いや、前髪さんが行った方が確実だと思います。
「まったくウチらも損な役回りっすね、でもそういうの嫌いじゃないっすよ!」
ルチアさん他二人の馬鹿が伝染ってない?
もしかしてまた流れにのせられてない!?
「カメラは私に任せて、あなたは赤毛さんとのベストショットに集中するのよ!」
待って、それルチアさん危ない。
ほら見ろよウチの赤毛さん、堪えてるとはいえ怪獣映画もかくやの暴走っぷりだぞ。
「そうっすね、ピンボケしたらどうしよう?」
そういう問題じゃないよ!?
「まかせなさい、私が何年女の尻追っかけてると思っているの?」
「それを聞いて安心したっす」
どこに安心要素が!?
「じゃ、行きましょうエリちゃんさん」
あぁもう勝手にすればい……ん? おいルチアさん、何故俺の腕を掴む。
「何でってクリスちゃんの初写真っすよ? エリちゃんさんもいなきゃだめでしょ!」
嘘だろ!? アレに近づくってか!?
あんたウチの赤毛さんの有様を見てみろよ!
筋肉が赤を通り越して真っ黒だぞ!!
「だからエリちゃんさんも連れていくんすよ」
や、やめろぉ! 離せ! 俺はまだ死にたくない! 死にたくなぁい!!
うわ、なんだ! やめろ! 腕に胸押し付けるのをやめろ!
糞! こんなの振りほどけるわけないだろうが!!!
「こうすればエリちゃんさん言いなりになるって教わったっす」
誰に。
「クリスちゃん」
ぶっころしてやるあの野郎!!!
「そのイキっすよ!レッツ写真撮影!!」
糞赤毛がなんぼのもんじゃぁあああ!!
<<2時間後>>
激闘の末、我ら3人娘の写真撮影は瓦礫の山と化した教室を背景に見事成功した。
全力を出し尽くし燃え尽きた赤毛の笑顔は、それはそれは晴れ晴れしたものだったという。
「これが……これが噂の3Pッ! 素晴らしいッ! これもアリねッ!! またお願いしてもいいかしら!!?」
二度とやらねえよ。
「これが……これが本当の"シャシンサツエイ"!! 楽しかったッ!! またやりたいねエリちゃん!!」
二度とやらねえよ!!!
「……で、カメラ恐怖症は結局治ったんすかね?」
はっはっはっは、これで治ってなかったらどうしてくれよ
「ふにゃーッ」
あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!
「ああ!エリちゃんさんが暴走した!!」
「待って、エリちゃん! 冗談! 今の冗談だか、ぶげらっ!!」
「2回戦! まさかの2回戦なのね!!?」
秋風の薫る穏やかな放課後。
金髪の自称超絶美少女エルフが教室の真ん中で叫んでいた。
世界は今日も平和である。