1話「アリエル・オルグレンの杞憂」
9月2日、何でも無い普通の日。
授業前の教室。
「なんでウチらの学校にいるんすか自称プロさん」
昨日出会った自称プロが、なぜだか我々の学校に入学していた。
「その自称プロっていうのやめて欲しんですけど……」
「昨日居た人! えーっと、えと、そうだ! レイちゃん!!」
「レイチェル! レ・イ・チェ・ル・よ!! 二度と間違えないで!」
「レイちゃん同じ学校だったんだね!! 友達だね!!」
「ねえこの人他人の話聞かないんだけど!? なんなのコイツ、どういう教育されてるの!?」
ごめんなさい、こいつ馬鹿なんです。
「んなもん見りゃわかるわよ!」
「それよりなんで自称プロさん、ウチらの学校で伝説の不良やってるんすか? しかもその制服、ウチらと同学年じゃないっすか」
「自称プロ呼ばわりは止めてっていったでしょ!?」
留年すること13回って言ってたよな……
「え? レイちゃん留年り? じゃあ年齢的に……」
「あ…………す、すんませんっした……先輩だったんすね……」
「急にかしこまらないでくれる!? 学校では普通の学生で通してるんだから!!」
……仕事しながら学業も両立してるんですね、流石ですぜ姉御。
「姉御言うな!」
「13個年上……つまりアラサー女子高生だね!」
「アラサー言うなぁ!!」
「それでレイチェルの姉御はなんでウチらの学校にいるんすか?」
「留年したって言ってるでしょうがぁあああ!!!」
自分で言っちゃうんだ……
「アタシだって言いたくて言ってるわけじゃないわよ!!!!」
「ねえねえ、それより昨日はレイちゃんあのまま会わなかったけど、どうしてたの?」
そういえば昨日、姉御を最後に見たのは俺とポンコツ火の鳥を転送したときだ。
あの後死神に囲まれていたはず……むぐぅ!?
「……昨日はアタシと貴女達は出会わなかった、いい!? アタシは、昨日は何もしていなかったの! そう言うことなの!」
「な、なんすか急に!?」
「エリちゃんがタコさんに!」
「アタシがああいう仕事をしてるってことは、秘密、秘密なのよ、知られてはいけないのよ!」
しょ、しょういえばエージェントとかどうとか言ってまひたね……
「そうよ! だからあの程度の事件、日常茶飯事なんだから! 常に極秘裏で暗躍してるのよ!」
「その割にはずいぶんウチらに知られてるような……」
「やむを得ない事情って奴よ! いい? 秘密よ! 絶対に言いふらしたりしない事!!」
は、はひ、わかりましゅた……わかったので俺の顔つかむのやめてくだはひ……
俺の美しい美貌が崩れてしまいまひゅ……
「…………は?」
この超絶美少女たる俺の顔に触りたいという気持ちはよく理解できるのですが、あまり乱暴なのは止してほひい……痛たたた!?
「……ねえ、こいつ何言ってんの? 殴っていい? ねえ、殴っていい!?」
「ゴメンねレイちゃん、エリちゃんって昔から"こんな"なの」
あだだだ!? 何? 嫉妬? 嫉妬か、そうか、分かるよ美しいって罪だもんね!
わかるよ、その気持……あああ!? 痛い痛い痛い!!?
「このままコイツの顔握り潰していい?」
「ウチはいいと思うっす」
ちょっと!? 何言ってんの二人とも!?
「ごめんねレイちゃん、エリちゃん"こんな"だから友達少なくて……」
異議あり! 友達少なかったのは誰かさんがアホだったからだと思います!!
誰かさんが給食のたびにおかわり要求してゴネたり、写真撮影のたびに暴れたりしたからだと思います!!
「それは違うよ! 私達が友達少なかったのは、エリちゃんが授業サボって遊びにいったり、クラスの男子に混ざってサッカーしてそのまま乱闘まで発展とかしてたからだよ!!」
「どっちもどっちじゃないっすかね……?」
「……この馬鹿達からは、エージェントの話が漏れる事なさそうね……?」
「馬鹿がまた馬鹿の事を言ってる、程度にしか思われないっすね……」
誰が馬鹿じゃコラぁ!!
「あー、アタシそろそろ自分のクラスに行くわ……なんかあれこれ心配してたのがアホらしくなったわ……」
やーいバーカバーカ、ああああ!? 痛い痛い痛い!!
「ごめん、やっぱりこいつに一発わからせてから帰る」
「今のはエリちゃんが悪いと思うよ……」
「何なんすかこの人、メンタル小学生の男子と同レベルっすか?」
ぬおおおお!? 関節!? 関節技は卑きょ、ぐおおおおお!!!
「あわわ、骨のきしむ音がすごいっす……」
「どうしよう……? 止めた方がいいかな……?」
すぐさま止めようって判断はしてくれないの!?
「いや、だって自業自得っすから……」
自業自得とはいえ、俺にかけられている関節技は、脇、首、腰の3点を同時に極める地獄の関節技、エルフ流コブラツイスト。
このままでは、このままでは死んでしまう……!!
"レイチェルちゃん、その辺でやめたあげたら?"
「!?」
「ど、どちら様っすか?」
地獄の関節技に悶絶する俺へ、どこからか知らぬが救いの手が差し伸べられた。
"ごめんなさいね、レイチェルちゃん昔から血の気が多くて!"
俺と自称プロの姉御の間に割って入った救い主は、前髪で目の隠れた青肌角付きの女生徒。
耳が長いからなんかの異種族との雑種エルフだろう。前髪切れよ。
「嘘!? こいつらアンタと同じクラスなの!?」
「だめよぉレイチェルちゃん、新入生をいじめちゃあ」
助かったのはありがたい。
しかしどちら様でしょうか?
「たしかこの人、ミシェルさんって人だよ、入学式の日にクラス委員長に決まってた人!」
「あ、あの……アリエルちゃん? あなた、昨日も会ったわよね? 趣味が同じだって話もしたはずよね!?」
あの、昨日は死神とか世界の破滅か色々あってそれどころでは……
「昨日の話はするなっていってんでしょうが!!!」
うごおおおお!? 顔!? 顔はやめて!!
「ごめんなさいミシェルさん、エリちゃん、馬鹿だから……」
「さすがに人の顔忘れるのは馬鹿とかそう言うレベルじゃないっすよ……」
「ま、まあいいわ! それ以上に良いものを、今見させてもらってるから! ごちそうさまです!」
「……はい? ミシェルさん何を言ってるんすか?」
「あ、いえ!! ううん、なんでもないわ! そこの金髪ちゃんとレイチェルちゃん、とても仲がいいなぁ……って思っただけだから!」
「仲が……いい……?」
こん……っの、自称プロのアラサーめ!!
いつまでもやられっぱなしだと思うなよ!!
おら、目つぶしを喰らえ!!
「ちょっと、魔法使うのは反則でしょ!! そんならこっちだって魔法使ってやるわよ!!」
プロがカタギに仕事道具使うんじゃねえよ!?
「先にルール違反したのはあんたでしょうが!」
「あらあらうふふ、いいわ、とってもいいわ二人とも……」
「仲が……いいって……どこがっすか?」
「それよりそろそろ止めた方がいいんじゃないかな? そろそろ授業の始まる時間だよ?」
くくく、そっちがその気ならしょうがない!
コイツの出番のようだな!
「ちょっとそれ、昨日のハゴロモじゃない!? なんでアンタそれもってんのよ! やめてよ! そんなものこっちに向けないでよ!?」
ふはは、何か知らんが手元に戻ってきたのだ!
しかしどうやら効果は抜群のようだな!
「冗談じゃないわよ! そんなもの振り回すならこっちだって……」
さあ、決着を!!
「つけてやろうじゃないの!」
「うーん、もうちょっと堪能したかったけど仕方ないわね、じゃあ魔法の言葉使いましょうか」
「魔法の言葉?」
「レイチェルちゃーん、"10歳誕生日の世界地図"」
「あああああ!? 何言いふらしてんのよアンタ!!!?」
あ、あれ? 自称プロの姉御さん?
俺との決着は……?
「なんすか今の? 世界地図?」
「知らなくていい! 知らなくていいから!!」
「ああ、今のはね? レイチェルちゃんが10歳の誕生日におねし……」
「それ以上言ったら顔から上吹き飛ばすわよ!!!」
「あらあら、怖いわぁ」
「……? どういう事?」
……なんとなく察しは着いた。
このアラサーエルフはきっと、人には言えない秘密を抱えているんだろう。
「……? よく分からないっすけどそうっすね、姉御、エージェントっすもんね」
「そそそ、そうよ! エージェントよ! エージェントの何某だから知らなくていいのよ!!」
しかしそうかぁ、10歳までやってたのかぁ……
「それ以上言うなら顔から上を!!」
あー、うん、そうと知ったら少し同情するよ……
大丈夫、俺も小学校入るまではしてたからな、仲間だぞ!
「アンタのシモの事情なんか聞きたくないわよ!?」
自称プロの姉御の叫びが響いたところで、校内放送のスピーカーから予鈴が鳴った。
授業開始の合図である。
「予鈴なったっすよ? 姉御も自分のクラスに帰った方がいいんじゃ……?」
「……はいはい、そうするわよ……結局アタシ何しに来たんだか……」
秘密の暴露?
「違うわ!!」
「なんかもう大丈夫そうっすね、ウチらも自分の席に戻るっすかね」
「あ、ルーちゃん私と隣の席! 窓側!! やったね!!」
「いや……昨日入学式だったじゃないっすか……なんで覚えてないんすか……?」
「あらあら、あの二人も中々ね……いいわ、新しいクラスは豊作よ……!!」
豊作って何が……そう言いかけて昨日の記憶がよみがえる。
"趣味が同じ"の発言。
そうだ思い出した、この前髪の長いエルフは、"女の子同士の絡みが好き"なのだ。
趣味が同じとは、そういうことを指しているのだろう。
……まぁ、俺の場合は少々事情が違うのだが。
「あ、そうだ、アタシ何しに来たか思い出したわ、ねえアンタ……アリエル……でいいんだっけ?」
すこし遠い所に目をはせる俺に、自称プロが声をかけた。
ここに来た目的とは、一体……
「アンタ、自分の事は友達に話したの?」
自分の事って……
え? 何で小学生までおねしょしてた事を、皆に話さないといけないんだ……?
「そっちじゃないわよ!? アンタが外の世界から来てるってことよ!!」
外の世界から……
「その手に持ってるハゴロモ、それは間違いなく外から来たものでしょ? それと同質のアンタも、当然そうよね?」
……流石に自称とはいえプロ、いい洞察眼だ。
「だから自称じゃないっての!!!」
しかし、その事を話す……か……
「別にアドバイスってほどじゃないけどね、そういうの、早めに話しといた方がいいわよ? 言いたいことはそれだけよ」
そう言うと、姉御はクラスの外に出ていった。
学生のままエージェントとして働く彼女なりに、心配しての発言であったのだろうか。
経験者としての、忠告って奴だろうか……
「うふふ、あの赤毛さんと栗毛さん、いいわぁ……熟年夫婦って臭いがするわ……!!」
後ろで前髪の長いエルフが何か言ってる。
たのむ、こっちはシリアスな話をしてるんだ。
すこし静かにしてくれないかな!?
"はい、静かに! 予鈴はもうなってるんだぞ、もう授業を始めるぞ!!"
後ろの変態の妄言を振り払い、思案にふけろうとした所で先生がクラスに入ってきた。
どうしてこう、間が悪いのか!
俺の座る位置はクラスの一番前、教室の出入り口。
先生から隠れてあれこれするのは難しい位置だ、流石に授業中は真面目な振りをしなくてはいけない……
"あー授業前にひとつ、出席番号01番、アリエル君! 後で放課後職員室に来なさい!"
まだ今のところ真面目な美少女の態度でいるはずの俺が、いきなり不本意な呼び出しを受けた。
そもそも入学二日目だ、これといった積み重ねすらも無い!
何故そのような辱めを受けなければいけないのか!?
"君、その手に持ってるモノ、なんだか言ってみなさい?"
先生にそこまで言われて気付く。
俺の手に持っているモノは、先程、自称プロの姉御と喧嘩した際ポケットから取りだした"アレ"。
俺の右手に携えられた、男の股にぶら下がっている"アレ"の模造品。
ボールと棒がセットになっている"アレ"の模造品。
9月2日、何でも無い普通の日。
果たして俺の馬鹿な友人達は、あの借金取りとポンコツの関係のように受け入れてくれるのか?
そんなシリアスな悩みも、超絶美少女としての俺のクラスメイトからの評価も、卑猥な肉の棒によって吹き飛んだ。
9月2日の何でも無い平日。
嵐の後の、少し長いエピローグの始まりは、またしても卑猥な肉の棒からであった。