8話「嵐の中の肉の棒2」
エルフの国の遥か高空。空が赤く色づく夕飯時。
火の粉を舞い上げ、ビルの隙間を縫うように飛ぶ火の鳥を、ロボ死神の第三部隊+俺と自称プロが追いかける。
自称プロの背に乗せられて、俺は空も飛べないのに火の鳥を追っている。
どうしてこうなった……
「ねえアンタ、死神達の作戦、ちゃんと聞いてた?」
俺を背負って空を飛ぶ自称プロが、ビルの隙間を飛びながら話しかける。
作戦、とはなんだろうか……
「……ほんとに聞いてなかったのね」
……あの、ごめんなさい。
「はいはい、じゃあもう一回説明するわね」
お願いします。
「まず今回の作戦、説得は最初から諦めて、そのハゴロモをあのリザって子に突き刺すのが最終目標よ、それをすればあの子は元の神様にもどれるのよ」
説得を諦める? なんで!?
「あの借金大王はともかく、リザって子は"さっきのは偽物です、力の継承は絶対失敗します"なんて言っても信じてはくれないだろうからよ」
……? なんでそうなるの?
「……はぁ、わかった……わかったわ説明するわ……いい? 50%とはいえ、自分の願いがもうすぐ叶いますって時に、やっぱりそれは絶対失敗しますって言ったらどうなると思う?」
……あ、あー!
信じようとはしない、又は信じたくないってなるだろうね。
「だから、説得は最初から無し、奇襲をかけて隙ができた所を、死角からそのイチモツをぶっ挿してしまう、ってのが死神達の作戦よ」
酷い言い方だ……
それに奇襲って、本人に有無を言わさずか……
「そういうわけだから、本物がこちらにある事は明かさない方がいい、結果このハゴロモをぶっ挿す担当は貴女、って事よ、いいわね?」
はい……スイス銀行了解しました……
「その言い方止めなさいよ!? スイス銀行に失礼よ!?」
なんてこった……最後の詰めの部分、それも一番大事な部分に関わることに……
いや、問題はそうじゃなくて……
「世界の命運は貴女にかかっているわよ」
やめて! プレッシャーかけないで!!
「ツッコむ気力があれば大丈夫でしょ、頑張んなさい」
……?
自称プロが、妙に優しい気がするのは気のせいだろうか。
「何よ、文句あんの?」
……もしかして、自称プロはこの作戦に納得してないとか?
「……は? なんでそうなるのよ? アタシがリザ……んっ゛んん゛!! 化け物の事なんて心配するわけないでしょう?」
言い直したね、思いっきり言い直したね今ね。
「……してない」
意地っ張りめ。
「なによ」
まああれだよ、俺も納得がいかないって思ってるので気にしないでくれ。
本人の意思を無視してあれこれするなんて、絶対いい方向に物事が進むわけないのだ。
ロボの考える結論なのだから、その配慮が無いのは仕方ないのだが。
もし、彼らに人の心があったなら……間違いに気付くはずだが……
「どうしたの? いったい何を言いたいの……?」
もしレイチェルさんも俺と同じく納得がいってないって思うなら、作戦の大一番の時に手伝ってほしい。
魔法を一つ使うだけでいいから。
「……? 何? 何かいい考えでもあるっての?」
より多数の人が納得できる方法、無いわけではない。
「何よ、そんな物があるんなら早く言いなさいよ?」
……で、でも、世界の破滅がかかってるんだよなぁ……!!
「この期に及んで何尻込みしてんのよ!! どっちにしたって上手くいきそうにないんでしょ!? だったら納得いく方選びなさいよ!!」
わかった!わかったよ話すよ!! だから揺らさないで!!
えーっと、まず最初にだね……ここをこうして……
「え、マジでそれやるつもりなの……でもそれなら確かに……」
"おい何をやっていル、そろそろ作戦が始まるゾ、配置につケ"
自称プロと悪巧みの最中、ロボ死神が一体近づいてきた。
いい人そうだった死神さんとは違い、この個体は敵意のような圧迫感を感じる。
ロボにも個体差はあるのだろうか?
"合図をしたら私が先導すル、失敗は許されないからナ、心してかかレ"
なんとも事務的な連絡であった。
「作戦前だからでしょ? エルフだって割とそんなものよ?」
そういえば、奇襲してツッコむ、とは言っていたが、具体的にどの用にするのかは聞いていない。
そもそもロリコンとポンコツはどこへ向かっているんだ?
「あいつ等は力の継承に適した場所に向かっているのよ、少しでも成功率を上げるためでしょうね、人類種が神を降ろすにふさわしい場所、そこに先回りするの」
逃げる相手を無理に追うよりは、罠を貼った方が効率がいい。
そう言っていたのはどこの馬鹿だったか。
「ほら、見えてきたわ、ビル街の終端、そして時計塔よ」
エルフの国の首都、西部に位置する空飛ぶビル街。
その終端に位置する北東部から、首都北部にかけては、ある建築物が存在する。
とても大きな時計塔だ。
それが逃げる二人の目的地なのだろう。
そんな二人が今まさに差しかかろうとしているのは、ビルの密集地帯の終端、大きな二つの高層ビル。
「だからその経路、ビル街の出口、そこに罠を仕掛けたみたい」
火の鳥が間を通りぬけようとした、出口の二つの高層ビル。
それそのものが罠であった。
いや、正確には、そのビルは……
"な!?"
(ビルが崩れて……!?)
そのビルは、死神の群れが姿を変えていた偽物であった。
姿形などいくらでも変えられるエルフの国、常識なんてあってないような物。
突如として敵に行く手を塞がれた二人は、しかして狼狽えずに迎撃の体制へ移り変わる。
移動体勢から、迎撃の体制に移る、その瞬間。
隙が、できた。
"今ダ、私が先導する!! 来イ!"
先程の死神が、合図と共に空を駆ける。
それと同時に、外からの視認性を阻害する魔法が我々を覆った。
誘導する先にあるのは、死神の迎撃に気を取られた火の鳥の、がら空きの背中。
囮となった死神達の放つ、ジャミングの嵐の中、驚くほど簡単に背中を取れてしまった。
作戦がいいのか、向こうがポンコツだからなのか。
何れにせよ、あとはこの手の中にある猥褻物を突き刺せばいいだけ。
それで世界が救われる、という作戦、だが……
"……どうしタ? なぜ刺さなイ!?"
このままこのポンコツを元に戻したとして、こいつは納得するだろうか。
納得できたとして、果たしてこいつは元のように仕事を続けられるだろうか。
"納得? 何を言っていル、「これ」はエネルギーの塊、自然現象だゾ!?"
それを決めるのは周りの奴らじゃないだろう。
やる気のない奴に貧乏くじを押し付けるのは、あまりにもアンフェアだ。
"貧乏くジ? 何を言ってル……?"
そんなわけで、自称プロさん、手筈通りお願いします。
「あいよー」
(……え? アリエルさん!? なんでそこに!?)
"ナ、何をするつもりダ!? 何故ステルス機能を解除した!? 止めロ! 今すぐハゴロモをそれに刺せ! さもなくば撃ツ!!"
「撃ったらハゴロモも壊れるんじゃないの?」
"グ……!!"
ちょいとこの馬鹿と話をするに相応しい場所に移るんで、ロリコンの方はよろしくね死神さん。
"な、何をするつもりダ!? この世界の破滅の瀬戸際デ、何をしようというのダ!?"
俺と、このポンコツと、その周りの奴らが、納得できるようにするだけだ。
"マ、待ッ……!!"
「はい、転送準備かんりょー、そんじゃ飛ぶから舌噛まないでね」
青い光が俺とポンコツ火の鳥を包む。
先程自称プロが水晶玉から発したものと同じ光、借金取りのおっさんが俺のスマホから出てきたのと同じ光。
今とさっきで違う点があるとすれば、光の中に破壊してはいけない者が二つあるという事。
"いかン、総員撃つナ!! 中にハゴロモが!!"
"グ……貴様、管理者だろウ! 何故「それ」に与する!?"
「理由……んー、そうね……強いて言うなら、今の作戦じゃ、誰も納得できないのよね」
"納得? さっきから一体何なのダ、あのエネルギーの塊が、納得したからどうなのダ!?"
「結局そこが、ロボとアタシ達の違いよね」
混乱に慌てふためく死神を尻目に、俺とポンコツは転送魔法により、死神の罠から離脱した。
↓
↓
↓
転送終わって夕焼けの下。
(こ、ここは!?)
「な……戻ってきた!? どうなったんや!? うちの娘は!?」
「世界の破滅、どうなったっすか!?」
「あ、エリちゃん、お腹空いた! なんか食べ物無い?」
自称プロに送られ転送してもらった場所は、先程飛び立ったばかりの屋上。
借金取りのおっさんや、クリス、ルチアさん等がいる屋上であった。
(アリエルさん、何故私をここに転送したんですか!? そこまでして私の願いを妨害しなければならないんですか!?)
「リザちゃん、違うんすよ! 色々と訳があって……」
(何ですか訳って! 家族と共に居たいことの、何がいけないんですか!?)
「エリちゃん大変! この娘、人の話を聞かない!」
このポンコツの反応、やはり、あのまま強制的に神様に戻しても、うまくはいかなかっただろう。
もう、この"リザ"という存在は、誰かと共に在ることを知ってしまっている。
大事なものを、家族や恋人を犠牲に人の願いを叶える、なんて事をするたびに、精神は擦り切れ、いつか壊れるだろう。
あのロリコンが途中で180度行動指針を変えたのは、実際に接触してそれを知ったからかもしれない。
(そんな事の確認のために私達の邪魔をしたんですか!)
「いや、だから落ち着いてリザちゃん……」
「確認はいいじゃろ、とりあえず成功率0%の儀式はなんとかなったんやから」
まあ、まずは第一段階成功というわけだ。
ひとまず世界破滅の危機、一つ目を回避できた。
「でも、根本的解決にはなってないよ?」
「じゃあこれからどうするんすか?」
"どうするも無いだろウ、このままそのエネルギーの塊には、神となる儀式を行い仕事をしてもらウ! 我々の管理下のもとでナ!!"
「げぇ!? さっきのやらかしモブ!?」
「そういえばいたね!」
「おい、うちの娘に触んなや!!!」
名前は確か、No42号。
よかった、ちゃんといた。
"くくくク……自分の失態は自分で取り戻ス! この私の更なる昇進の為ニ、そして世界のためニ、神を造り上げるのダ! 他の誰でもなイ、この私ガ!!"
そうそう、その通り。
誰かがやるしかないのだから、結局貧乏くじを引く役目は、適正のあるものがやらなければならないのだ。
「エリちゃん!?」
「その役立たずに同調するんすか!?」
(まさか、お父さんの目の前に連れてきたのは……最期の別れをさせるためですか!?)
俺は誰もが納得いく手段をとりにきた、それだけである。
"くくくク、私には何でもいいがネ、仕事を完遂させればそれでいイ! この仕事を成功させたとなれバ、私はさらに昇進できるのだかラ!"
おう、よくいった、それでこそロボだ、"人の心がない"って素晴らしいね。
「あ、エリちゃんさん……まさか……」
だってさっきいい人の方の死神さんが言ってたじゃん、力の移譲は簡単、でもその後の力の維持は、"人類種には"負担が大きすぎるって。
"そう、その通り! だからこそ適性のある……"
だから願いを叶える神様も、そろそろ近代化するべきだよね。
"……? お前、何を言っテ……"
(あー……なるほど、そういう事で! ならば、準備しますね!)
モブ死神は、リザを元に戻そうと、ちょうど接触している。
力を持つ本人も、ようやく意図に気付いたようだ。
今この瞬間、移譲の条件はすべて整っているというわけだ。
"な!?"
出世、おめでとう。
死神から神様に昇格だよ。よかったね。
"マ、待テ! 止めロ!! 近寄るナ!! それ以上近寄るト……"
(おっと、撃たせませんよ?)
"ナ、なぜダ!? なぜセーフティロックが急ニ……!?"
リザはこの世界にいられる、こいつは出世できる、世界も救える。
これ以上ないハッピーエンド、我ながら素晴らしい作戦だ!
"ヤ、やめロ!!! そんな事、本国の計画には無イ……ア、ア、ヤメッ……"
9月1日、夕焼けが輝くエルフの国。
この日、火の鳥に抱かれた黒衣の鉄の塊から、神が誕生した。
これぞこれ以上ないハッピーエンド。
誰もが納得のいくハッピーエンド!
……の、はずであった。
しかしまあ、これ以上ないハッピーエンドなんて物はあるはずも無く。
そんな考えを誰かが思いつかないはずも無く。
日付は変わって9月2日。
何でも無い普通の日。
(まっっっったく!!! 何て事をしてくれたんだい、この問題児が!!!)
俺は朝からおばちゃんにしこたま説教される羽目になるのであった。
何故だ。