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SF的な日常でパーティーを始めるっていうこと

居酒屋の漫然とした騒がしさの中で佐野さんは言った。


「次、何読みます?」

「あのその課題図書制、まだ続けるんですか」

「え? しないんですか」

「しないですよ、てゆーかそもそもなんでこうしてここ最近一緒にご飯食べてるんですか?」

「嶋井さんのSFの話聞きたいから」


赤ウインナーを食べる私の前で普通にしれっと隣でハムエッグ食べている佐野さんではあるが。


「別に今日、特に本勧めてないし、SFの話特にしてないじゃないし、そもそも飲む約束してなかったじゃないですか」

「読んできましたよ、貸してくれた『あいどる』」


まああれはこの前語り尽くしたというか、ぶちまけてけっこうスッキリして当分はもういいかっていうか。


「これがサイバーパンクなんですか? ギブソンってサイバーパンクなんでしょ」

「うーん、『あいどる』がサイバーパンクかは判定が難しいけど、ニューロマンサーはサイバーパンクです。……よく知ってましたね、サイバーパンク」

「調べました。wikiで」

「サイバーパンクっていうと小説より映画のほうがわかるっていうかたくさんあるイメージ。ブレードランナーとか12モンキーズとか。ああいう退廃的近未来、超さいこー。大好物。ごっつぁんです。」

「ブレードランナー、続編やりましたね」

「ブレードランナーは2つで充分ですよ。……じゃなくて、佐野さんは他に約束あったりするでしょ、ほら」

「いや、いないけど」


彼女とか彼女とかそういう方面ですよ。彼女とか。特定の彼女とか不特定多数な彼女とか。


「佐野さんはお忙しかったりするんじゃないですか? ほら」

「今は全然。」


デスマーチとかバターン死の更新とかそういうのあるんじゃないんですか。佐野さんSEの割にホワイト気味だな。


「嶋井さん、ひょっとして嫌だった? 俺と飲むの」

「いや、あ、いや、いやってわけでは……」


いや、私も気兼ねなくこう、単純に感想だけ話すのって楽しいし、いやでもそっちが楽しいとはかぎらないし。本なんて根暗な趣味付き合わせるのも悪いし。いや友達はけっこう進めると読んでくれるけどそれはそもそもオタク気質で押さえとく的な発想あるってのもあるし、佐野さんのようなカタギにはちょっとわかりにくいというか、ステージが違うっていうか。


「待ち合わせしなくても、LINEで『今飲んでる』とか『これ読んでる』って教えてくれればいいだけですよ。今日みたいに時間が合えば一緒に飲んで、気になったら読んでみて。そういう軽い感じでいいんですよ。」


……まあそれくらいなら。


「でも面白いですか? 別に佐野さんはSFが好きとかそういうのじゃないんですよね」

「嶋井さんが俺にすすめてくれる本は面白いし、嶋井さん、話面白いし」

「そういうもんですかね」

「そういうものなんですよ、男は」


まあ私の周りの頭おかしい残念な人たちの熱に浮かされた話は面白いけど、私、そこまでじゃないし、そんなに面白くもないけど。普通だし。


「いや、自分、まだ新参者なんで」

「なんで急に高倉健みたいになってるんですか、いつも単騎で千里走るノリなのに」

「SFってのは青背1000冊読んでからが白線スタートラインなんです。私なんかマイナスだから、マイナスからのスタート、すいませんだから。1000冊読んで、1981年のSF大会の話される馬乗りマウンティングですからね」

「マウンティング?」

「あ、いや、そういうのオタクにありがちな自慢大会になりやすいっていう。だからご新規さんが少ないっていうかジャンルが衰退しちゃうんですよ」

「衰退してるんですか?」

「だって佐野さんは読んでなかったでしょ? でも湊かなえとかミステリは大人気でファンタジーは異世界なろう系も大人気で、SFだけなんか現代のアイコンがないじゃないですか。」


伊藤計劃も、劇場アニメ化したり、その劇場アニメ制作していた会社が倒産したりで話題になったけど、なんか大勢がSF知ってるって感じがしないんだよな。こう老いも若きもみたいな。なろう系の異世界第繁殖みたいなスピード感もないし……。


「SMAP解散の時、キムタクのタイムリープ話流行りましたよね。」

「ああー、あったね。最近すぐ世界線処理するからつまらないんだよね。あれって甘えだよね。辻褄合わせる気がないってことだもん。バタフライエフェクトみたいにさ……」

「あれってSFですよね。あんな感じでみんな当たり前にSFしてません?」

「あ、ああ……!」

「今ってSFは日常なんじゃないですかね」


佐野さんの発言に眼球がつるんと出ちゃうくらいに気づきを得て、そして深く納得してしまった。エ、エウレカ! エウレカセブン ハイエボリューション!

そっかインターネットでスマホでウェアラブルデバイスでiPS細胞でテロリストの時代で宇宙ステーションでこれって、そっかSFが今なんだ。私、SFなんだ!


「よーし、もっとたくさん現代小説(SF)読むぞー! 最近盛り上がってるアジア系SF買うぞー」

「やっぱSFって海外が多いんですか」

「佐野さんにすすめたのはオービタルクラウド以外外人ですね。いやいや日本も素晴らしいSFたくさんありますよ!何と言っても星新一」

「それはさすがに知ってます」

「あとは筒井康隆御大でしょ、小松左京でしょ、眉村卓でしょ……。まだまだ他にもいっぱいいますけど、現役日本人だとー、神林長平好きです。いろいろあろんですよね。思春期に読んでおけばよかったベスト『七胴落とし』とか猫SF『敵は海賊・猫たちの饗宴』、みんな戦闘機が大好き『戦闘妖精・雪風』、ラジオドラマで聴きたい心のベストテン第一位の『死して咲く花実のある夢』私も神林作品を全部読んだわけではないからまだまだ面白いのはいっぱいあると思いますよ」


いろいろありすぎてどれをすすめていいのか、なかなか判定に困るところですが、是が非でも読んでおくべき作家ではある。

やっぱ「雪風」がキャッチーになるのかな? 「ぼくらは都市を愛していた」も好きなんだけどね。あれだけぽんと出されてもなかなか入りにくい人もいるんだよなあ。その前に「猶予の月」を読んでおいた方がいいかな。いや、「いま集合的無意識を、」かなー。この辺のさじ加減難しいんだよな。合わないのから読んじゃって、こういう人なのねって避けるにはもったいなすぎる作家だからね。


「嶋井さんが一番好きなのは?」

「魂の駆動体!」

「どういうのなんですか?」

「ジジィが車作ろうぜ?ってキャッキャウフフする年上好きにはたまらん小説!」

「嶋井さんは年上が好みなの?」

「え、あ、いやそういわけではなくて……、別に……そのパートも面白いですけど超未来のパートがあって、こう世界の終わりとハードボイルドワンダーランドみたいな感じの構成がとてもよく、面白く、小説が! とても面白いんです」

「ふーん、それで……」

「あ、最初にすすめるなら神林長平長編処女作『あなたの魂にやすらぎあれ』ですかね!あのラストのために読んでいたと言っても過言ではない美しく悲しく残酷で高潔なラスト! あのシーンがとってもとっっても美しいんですよ。たまに読み返しますが、実はあらすじを覚えていなくて、読んでると面白いんですけど、最後のシーンのインパクトがすごくて読後感がそれ一色なんです! それくらいもうとにかくカタルシス? うーん、映像的にバーっと広がる開放感が最高なんですよ!」


喋りすぎて喉が渇いてビールを飲む。放置した飲みかけのビールは喉を潤す液体以上の役割を果たさなかった。

ニコニコと私を見る佐野さんはなにどう考えているのかわからなかった。いや他意はないですよ。ほんとだから謎のイケメンスマイルで黙りこくらないでください。


「嶋井さんは本当に読書が好きなんですね」

「いや、他のジャンルはあんまりだし、長いの登場人物多いのダメだしゆるく読んでますよ」

「ほんと楽しそうに話しますね」

「楽しいことを楽しそうに話さないでなにを話すんですか?」


楽しいことだけ話していたい。ずっとずっと面白いことで溢れてほしい。社会的性別とか年齢的抑圧とか旧態依然な常識だとかそんなつまらないものは会社の中だけでいい。ひょうきんな仲間と愉快な飲み屋でワイワイしていたい。面白い話で楽しく笑って、新しいことでワクワクしたい。余計なものなく楽しいことだけ楽しみたい。そう、わたしの魂に安らぎは終わらないパーティーのことかもしれない。

本当は終わらないパーティーなんてないんだけど、終わりのことを考えて悲しくなるなんてもったいない。今この楽しいことだけを考えて美味しくお酒を飲めればいい。


わたしとそしてあなたの魂に安らぎあれ。

サイバーパンク……SFのサブジャンル。今一番サイバーという言葉が使われているのはアイドル現場であると思う。よっしゃいくぞー。


2つで充分ですよ……4つくれるならありがたくもらう。


青背1000冊……これはいつから言われていることなのでしょうか。もう1000冊どころの話じゃないよね。


星新一、筒井康隆、小松左京、眉村卓……あれがないじゃないかとかありますでしょうがパッと思いついたものを順不同で並べました。ところでなぜ私は筒井康隆には御大とつけてしまうのか……。


神林長平……おそらくバーナード嬢曰くの神林しおりの名字のネタ元。言語SF? 思考SF? 考えさせられるタイプですぐに理解ができないこともあるんだけど、あとあと「あれってこのこと言ってるんだ!」って気付かされて神林長平天才かよって道の真ん中で叫びたくなる時がある。


「死して咲く花実のある夢」……空飛ぶ鯨と産業廃棄物で埋もれた街、首相の猫オットーを探すマタタビ装置、情報軍所属の軍人三人。パーツが素晴らしくワクワクさせてくれるのもあるが、この小説の魅力は何よりも軍人三人の会話につきる。おそ松さんの流れでイケボな声優によるラジオドラマとかあったら聴きたいのでよろしくお願いしたい。


「魂の駆動隊」……神林長平のいくつかの作品は新装丁ででたものがあるが、この魂の駆動隊がその新装丁に選ばれなかったことを大変遺憾に思います。お話はジジィが車作ろうぜって言ってキャッキャする話。楽しそうに車について調べて話すジジィが可愛くないわけがない。バイプレイヤーズとか流行ったからドラマ化しねーかなー。このジジィパートだけでもドラマ化しねーかなー。


「あなたの魂に安らぎあれ」……この表題は作中の宗教の挨拶。あなたのが誰を指しているのかわからないのと同様に、魂がなにを指しているかわからない。

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